今なぜ、残業習慣を是正しなければならないのでしょうか。
その主な理由は、時代の変化によって1. 投入時間が価値創出に比例しにくい経済構造になったこと、2. 長時間労働は育児・介護を抱えた従業員や外国人など、それに「ついていけない人」を排除し続け、人材不足に拍車をかけているからです。
労働時間と企業・組織との関係は、これまで労働経済学の分野を中心に研究が蓄積されてきましたが、職場のコミュニケーションや就業意識、ピープル・マネジメントなどのインフォーマルな要素についての科学的エビデンスは十分ではありません。
また、企業の動向を見ても、働き方改革の名で行われる「長時間労働対策」の効果が「削減残業時間」という単純なKPIで測られ、より重要なはずの組織コンディションが適切に測定されていません。
そうした課題意識の中、パーソル総合研究所と人材育成の専門家である中原淳氏との共同プロジェクトである「希望の残業学」では正社員6000人を対象とした独自の定量調査・分析を実施してきました。本稿では、そこで得られたデータの中から、残業の実態と業種/職種との関連性についてご紹介します。
■働く時間が長い業種は何か
最初に、長時間労働が根付いている業種が何か、という端的な実態把握から始めます。以下にランキングでまとめました。
【図】業種別長時間労働 メンバー層(非上司層)
※残業時間:「所定時間を超えて働いた時間の合計」で、休日出勤を含む。
メンバー層(非上司層)の平均残業時間の上位は、「運輸・郵便業」、「情報通信業」、「電気・ガスなどのインフラ業」と、よくメディアでも取り上げられることの多い業種が入ります。このあたりは、月平均30時間以上残業する従業員が3割を超えてくる業種です。次に、主任・リーダー層以上の「上司層」のランキングを見てみましょう。
【図】業種別長時間労働(上司層)
全体的に、メンバー層よりも上司層のほうがより長く働いていることが分かります。繁忙期には平均で月50時間残業するというかなりの過重労働となる業種もでてきます。2つの順位を比較すると分かる通り、「上司層」と「メンバー層」の労働時間の長さにギャップが大きい業種と小さい業種があります。参考として、上司層とメンバー層のギャップが大きく、上司の方がより働いている業種を以下に挙げておきます。
■「サービス残業」という風習
また、日本の労働社会を特徴づける現象の一つに、給与が支払われていない残業、いわゆるサービス残業があります。残業をしても報酬に反映されず、そして従業員側も特に異議を申し立てないという、国際的に見ても特異な風習が広く蔓延しています。サービス残業は事業所や企業が回答する調査データでは正確な把握が難しい側面もあります。
【図】業種別サービス残業
本プロジェクトの調査では、サービス残業が特に多い業種として、「教育・学習支援業」「不動産・物品賃貸業」「生活関連サービス・娯楽業」などが上位に入りました。サービス残業をしない人の割合も多いため、全業種の平均値は6時間を越える程度ですが、それでも単純計算で一人あたり月に1万2000円程度、年間15万円弱の残業手当を受け取っていない推計になります(※1)。
■業種・職種別の残業実態マップ
さて、業種別に残業の実態をランキング形式で一望しましたが、より直感的な理解を助けるために、サービス残業率(残業時間における給与不払いの割合)を横軸にし、残業時間数を縦軸にとって業種をマッピングしてみましょう。まず、業種別のマップが以下になります。
【図】業種別残業実態マップ
こうしてみると、よくメディアで取り上げられる運輸業やITなどの情報通信業は、「残業時間が多いが、残業代が支払われているグループ」に入ることが分かります。そして、右側の「残業時間はそれほど多くないが、残業代が支払われていない」グループに入ってくるのは、「不動産業」「教育・学習支援業」「娯楽業」「生活関連サービス業」などです。次に、同じマップを職種別に見てみます。
【図】職種別残業実態マップ
「営業系」「クリエイティブ系」「教育系」の職種が、右上、つまり相対的に「残業時間が多く、残業代も支払われない」グループにあたることが分かります。これらの職種は、月給に予め固定の想定残業代が加算されているいわゆる「みなし残業制」が適応されている割合も高く、営業職、クリエイティブ系職の従業員で18%を超えます。それらと比べると、生産技術や製造(組立・加工)などの生産現場関連の職種や、受付・秘書などは比較的残業も少なく、サービス残業率も低くなっています。
また、「福祉系専門職」や「保育士」は、残業時間自体は比較的少ないですが、「サービス残業率」が非常に高く、残業に報酬が支払われないことが常態になっている様子がうかがえます。
■どんな職務要因が残業時間を増やすのか
残業時間は、業種・職種ごとに大きな違いがあることを確認しました。では、残業時間を増やしている職務特性には、どんなものがあるのでしょうか。重回帰分析(OLS)という手法を使って影響力の強さを分析しました。
【図】職務特性と残業時間
上から、「突発的業務」「仕事の相互依存性」「外部とのやり取りの多さ」の順番で影響力(標準化偏回帰係数)が強くなっています(※2)。これは多くの方の直感にも沿う分析結果ではないでしょうか。急な顧客からの呼び出しやリクエストなどでの深夜帰宅や、チームでの連鎖的な集団残業など、多くの人が実際に経験したことがあるはずです。
こうした特性を職種別に見るために、職種を6区分に分け(※3)、残業を増やす要因を中心にそれぞれの職務特性を偏差値化して比較してみたのが以下の図です。
【図】職種別職務特性
突発業務が多く、休みも惜しんで作業する「医療・福祉系」、先に帰りにくい「IT技術系」、始業よりも早く来る「販売・サービス系」、相互依存型の「ブルーカラー」など、それぞれの特色がみられました。職種ごとに特色が異なっており、「残業対策」とひとくくりにするこれまでの多くの議論、または企業単位の対策の限界が示唆されます。
また、それぞれの職種別詳細ランキングは以下のようになっています。
【図】職種別職務特性ランキング
福祉系専門職で「突発的な業務」、営業系、教育関連職種は「社外やり取りの」が多く、建築・土木系技術職は「突発的業務」と「仕事の相互依存性」がともに多くなっています。
■まとめにかえて
今回は、業種・職種別の残業実態と、職務に紐付いた残業要因を見てきました。職務特性は業務そのものに紐付いている傾向が強く、それ自体は企業にとっても個人にとってもなかなか変えにくいものです。例えば「急な顧客対応をしない」と決められる営業職や、「今日から自分の仕事だけしかしません」と言える建設系技術職はごくごく一部でしょう。次回以降、より組織ごとの「働き方」に紐付いた残業要因を明らかにするべく、職場における残業発生メカニズムを見ていきたいと思います。
【脚注】
※1 メンバー層割増代込み時間当たり給与2000円として計算
※2 性別・年齢・業種・職種・企業規模などを統制。サンプル数と分布の偏りを考慮し、残業60時間以下の残業時間の従業員に絞ったモデルを採用。 n=4776、調整済決定係数0.137)
※3 区分けごとの主な具体的職種は以下。職種特性のデータ傾向と社会通念上の共通性を組み合わせて区分けした。ホワイトカラー:営業、総務、事務職など7職種。ブルーカラー:ドライバー、製造、建築・土木系技術職など5職種。企画・クリエイティブ:商品開発、企画・マーケティング、クリエイティブ系職種など9職種。販売・サービス接客:販売・サービス、受付など3職種。IT系技術職:IT系技術職のみ。医療・福祉:医療系専門職、医療系営業職など3職種。
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■調査概要
調査対象者:全国20-59歳の正社員 ※企業規模10名以上
対象人数:6,000人(上司層1000人、メンバー層5000人)
調査期間:2017年9月末
■引用・転載にあたっては、事前にご連絡をいただく必要はありませんが、必ず以下の【出典記載例】に則って、出典をご明記ください。
【出典記載例】
出典:「パーソル総合研究所・中原淳(2017)長時間労働に関する実態調査」
(2018年3月12日「パーソル総合研究所」より一部修正して転載)