森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を幅広く発信しています。8月号の「時評」では、京都学園大学教授・京都大学名誉教授の森本幸裕さんが、都市における生態系の保全に着目しながら、新しい雨水活用の動きについて紹介しています。
◇
「雨水」と書いて「うすい」と読むか、「あまみず」か。実は、天と地ほどの違いがあるのをご存じだろうか。
下水道法第2条1において、下水とは、「生活若(も)しくは事業に起因し、若しくは付随する廃水(=汚水)又は雨水」と定義している。建築基準法、都市計画法等の法律においても、雨水は汚水と同様に速やかに排除するものと位置づけられている。こうした分野では普通、雨水は「うすい」と読む。
これに対して、本年3月に日本建築学会では、画期的な「蓄雨(ちくう)」という新語を掲げて「雨水活用技術規準」を出版した。これは2011年に、雨水活用を初めて定義して刊行された「雨水活用建築ガイドライン」の続編で、これらの雨水は「あまみず」と読む。2014年4月に成立した「雨水の利用の推進に関する法律」でも「雨水の利用」は「あまみずのりよう」と読ませる。健全な水循環を目指す水循環基本法のもとに、新たな法的枠組みがスタートしたわけだ。
つまり雨水は速やかに排除すべき邪魔者ではなく、健全な水循環と活用を目指すものになったのである。
さて、この「蓄雨」は、防災、治水、利水、環境の四つで構成される。敷地内の「防災蓄雨」と公共が担当する排水処理など従来型の「治水蓄雨」には遵守すべき目標値を設定し、さらに散水や風呂水などへの「利水蓄雨」と、ヒートアイランド現象緩和などの都市環境と生物生息環境に貢献する「環境蓄雨」を推奨している。これらを合わせて蓄雨高100mm程度を想定しているのが特徴である。
気候変動に伴って集中豪雨の頻度が増し、雨水を河川に排水しきれないことで起こる内水氾濫(ないすいはんらん)のリスクがどんどん高まっている現在、蓄雨高100mmを目標とすることは、こうした都市型洪水対策として大きな意義がある。
ここでグリーンパワー、特に生物多様性の視点から注目してほしいのが「環境蓄雨」だ。雨は洪水氾濫ももたらすが、そうした攪乱は多様な生き物の次世代の活力ともなる。都市化が原因で絶滅した植物や絶滅危惧となった種のすみ場所は、湿地や氾濫原、さらに原野と呼ばれる草地の方が、森林よりもはるかに多いのである。雨を窪地で受け止めて一時貯留し、多様な植物などで修景も図る「雨庭(あめにわ)」はこうした植物にとってのレフュージア(避難場所)ともなる。
●京都駅ビルに設置されたビル型雨庭「緑水歩廊」。京の原風景の植物を育む3種のプランターに雨水と地下湧水を徐々に流す=京都駅ビル開発(株)未来委員会資料より
近年、世界中で大きな展開がみられるこの「雨庭」。これを既存の京都駅ビルに設置した試み「緑水歩廊」はラムサール条約のホームページでも取り上げられ、モニタリングも継続されている。京の原風景をモチーフとした、絶滅危惧種も含む展示には、都心であるにもかかわらずイソヒヨドリが飛来したり、フジバカマにアサギマダラが吸蜜に訪れたりと、いわゆるエコロジカルネットワークの「飛び石」としても機能し始めている。小さな雨庭でも、みんなが取り組めば大きな成果が期待できそうである。