引退した競走馬がつくる里山の未来

長野県松本市郊外の里山に昨年夏、重いそりをひく「ばんえい競馬」の引退馬がやってきた。

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ヤマトと原薫さん=長野県松本市、朝日新聞社撮影

■大きな馬が集落にやってきた

長野県松本市郊外の里山に昨年夏、重いそりをひく「ばんえい競馬」(北海道帯広市)の引退馬がやってきた。馬の名はヤマト。この集落に本社がある柳沢林業の社長原薫さん(43)が、伐採した木材を馬で運び出す試みを始め、ヤマトを中心に人の輪が広がっている。

3月下旬の週末。森の入り口近くの少し開けた草地で、集落の人が集まっていた。「ヤマトに乗りたいー」「かわいい」「おっきい」。触ったり、くらをつけずにヤマトにまたがってひき馬をしてもらったり。昼過ぎには屋外のピザ窯で焼いたピザが振る舞われた。放し飼いにされたヤマトを囲んで、ゆったりとした時間が流れる。

もとは畑や牧場だった荒れ地を、原さんと近所の仲間がこの1年で人が集まる場に変えた。

馬小屋もピザ窯も、地元の人がこの半年に手作りした。

手作りのピザの材料を持ってきてくれた地元のフランス人の男性、元騎手の女性、ヤマトのことを地元の人に紹介してくれる女性、高校生などさまざまだ。

ピザ窯の小屋を作った上條正明さん(56)は、半導体製造会社で働く。「会社員だと木を切る機会はないけれど、ここに来たらチェーンソーを握れる。ここはいつも本当に楽しい」。車で10分かけてくる。毎週末訪れ、修繕箇所などを見つけては手を動かす。「(集落の)岡田をもっといきいきさせたい」と話す。

この土地の所有者の福嶋昭子さん(76)も、この日ひ孫の小学3年小森獅子(れお)くん(8)と共にかけつけた。人が集まる場所になったことが「何よりもありがたい」と話す。

この場所はバブル期のゴルフ場計画などに翻弄され、農業の担い手を失った。思い入れのある土地に草木が生え荒れ果ててしまったことが気にかかっていた。

「昔はバーベキューをこの丘の上でやっていたのよ。下から水をくみ上げてね」と福嶋さんが言うと、素早く原さんが聞いた。

「昔の水の流れを教えてください」

原さんは、土地を最大限生かすために、地層や固有の水の流れを知っておきたいと思ったからだ。だが、それを知るのは地元の人しかいない。熱心に聞き込んだ。

この日、ヤマトのいるこの場を訪問する人は、日がかげるまで続き、結果的に20人超になった。「ヤマトがいろいろな人をひきつけてくれるのです」と原さんは話す。

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伐採された木材を運ぶヤマト=朝日新聞社撮影

■馬が通った後には山の幸

馬に木を運ばせる馬搬は、林業の伝統的な搬出方法だった。だが、経済効率のよい重機による大規模伐採が主流になると廃れ、この手法が誇るのは全国で北海道や岩手などに限られる。

訓練された馬を使えば、伐採しなければいけない木だけを小回りをきかせて切り出すことができるという利点がある。重機の通り道を整備する必要もなく、必要な木だけを伐採して運び出せるので、森を丁寧に扱える。そのため山の所有者から喜ばれる。

副産物もあるという。馬が歩くとひづめで土が掘り起こされて、土中の微生物が活発化し、馬ふんは土の肥料になる。馬が通った道の脇にはワラビなど山菜が豊かだという。

一方で、ヤマトは枝が脚にあたると嫌がるので、ヤマトが動くところは丹念に枝を払ってやらなければいけない手間はかかる。

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集まった住民たちとともに=朝日新聞社撮影

ヤマトの体重は約1トン。力強い脚とひづめで山の道を蹴り歩き、軽々と数メートルのアカシアやナラなどを運んでくれる。専用の馬具をつけて傾斜地などにも慣れさせ、序々に現場で活躍させようとしている。

「ヤマトは里山も豊かにしてくれるはず」と原さん。ヤマトとふれあいたいからと人が立ち寄り、山の木々は、家具などになって人の暮らしにいかされ、山の恵みを人はいただく。里山の人と自然との営みの循環を作りたいのだと原さんはいう。

「自分たちで自分の土地の魅力を最大限に活用できる術を自分たちで作り、価値が循環できるような形にしたい」と原さんは語る。川崎市から移住したからこそ見える、松本の価値。この土地の持つ魅力を引き出すことに情熱を傾けている。

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こうした趣旨に賛同し、馬主らは購入・調教費用の支払いを待ってくれているという。クラウドファンディングA-portでは、ヤマトの購入費や調教費などを集めている。支援の締め切りはあと数日だ。支援はこちら

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おしゃべりしながらピザを食べる人たちと放し飼いされたヤマトとふれあう子供=朝日新聞社撮影

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