「クイズの賞品」は有給休暇? 真の問題点は企業体質にある。(榊裕葵 社会保険労務士)

企業としてどのようなところに問題があったのか。
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Rost-9D via Getty Images

自動販売機事業の大手・ジャパンビバレッジの支店長が、クイズに正解しなかった従業員に有給休暇を取得させなかったと報じられ、大きな社会的批判を浴びています。

■支店長1人の問題ではない

「とんでもない支店長がいたものだ」「こんな支店長は解雇か降格にすべきだ」というのが世論の大勢であると思います。もしこれが事実であれば、私はこの事件を支店長1人の問題として終わらせてならないと考えています。

このような支店長を生み出し、放置していた会社の企業体質自体に問題がなかったのかというところにまで踏み込んで改善しなければ、同じような事件が再発してしまう恐れがあるからです。

企業としてどのようなところに問題があったのか、3つのポイントに整理して本稿では説明をしたいと思います。

■管理職教育や人事制度の問題

第1の問題点は、社内で管理職教育が充分にできていなかったのではないかということです。

部下の労務管理に責任を持つ管理職は、労働基準法に無知であって良いはずがありません。

有給休暇は労働基準法第39条で労働者に認められた権利であり、6か月以上継続勤務し、8割以上の出勤率があった労働者には10日間の有給休暇が付与されます。その後、勤続1年ごとに新たな有給休暇が法定の日数付与されていくことになります。

そして、発生した有給休暇を労働者は原則として自由に取得することができる権利も労働基準法に定められています。

確かに会社にも「時季変更権」があり、事業の運営に重大な影響が生じる場合は、有給休暇の取得日の変更を命じることができます。しかし、あくまでも取得日の変更を命じることができるだけであり、有給休暇の取得自体を拒むことはできません。

加えて、そもそも「時季変更権」を行使することができるは「この日に彼が休むと当社の事業に重大な影響が生じてしまう」というようなやむにやまれない状況が生じる場合のみで、「この日はちょっと忙しいから」といった程度で「時季変更権」を行使することはできないのです。

■労働基準法を知らない支店長?

これほどまでに労働基準法が労働者の権利として強く保護しようとしている労働者の権利を、管理監督者がクイズの道具にして良いはずがありません。

会社がどのような管理職研修を行ったのかは分かりませんが、少なくともこのクイズを出した支店長には、労働基準法や有給休暇を取得する権利の重要性が伝わっていなかったのだと思います。

この事実をとらえると、ジャパンビバレッジ社は管理職研修が不十分であったか、あるいは邪推になってしまいますが「数字を出していれば労働基準法の順守は後回しで良い」などと考え、管理監督者であることが不適切な人物を黙認してその地位にとどまらせてしまったという可能性は無かったでしょうか。

加えて、流出したクイズのメールの文面を見ますと、「不正回答は永久追放」とか「降格」といったような過激な文言も散見されています。これも事実であれば支店長という立場でこのような文言を不用意に用いることはパワハラに該当します。

こういった文言を従業員に向けて発信してしまう点をとってみても、当該支店長は管理職としての適性に欠けていたことは疑う余地がありません。

会社としてパワハラ防止に関する管理職研修が不十分であったか、仮に研修を行っていたとしても、このような行動を取る支店長を解任できなかったのであれば、企業として体質自体に問題があるか、管理職の適性把握や人事評価制度がうまく機能していなかったのではないかと考えられます。

■「数字」を分析し、経営判断に生かせていたか

第2の問題点は、会社は人事労務に関する「数字」をきちんと把握し、経営に生かしていたのかということです。

テレビ朝日系(ANN)が報道したところによると、クイズを出された従業員の1人はインタビューに対し次のように答えています。

「正直、これを正解すれば有給休暇が取れるんだと、取るチャンスがもらえるんだと正直、思いました」

(2018年8月18日 テレビ朝日系(ANN)映像ニュース)

このコメントを聞くと、当該支店で有給休暇を取得することがいかに困難であったのかということが伝わってきます。

ジャパンビバレッジ社の採用サイト(リクナビ2019)によると、2016年度実績で有給休暇の平均取得日数は4.5日と表示されています。とするならば、集計した数字を出せるのだから、少なくとも会社として有給取得日数の統計管理は行っているのだと思われます。

有給休暇を誰が何日取得したという管理自体ができていない会社もありますので、ジャパンビバレッジ社が統計管理を行っていること自体はとても良いことだと思います。

しかしながら、統計の元データの中には、問題のあった当該支店のデータも含まれているはずなので、有給取得実績がこの支店だけゼロだったり、他支店と比べて低かったり、あるいは個人レベルで有給がほとんど取得できていない人がいたりしたら、本社人事部や監査部は、支店長や当該支店に所属する従業員にヒアリングをして実態調査をし、もっと早い段階で問題として把握をし、社内で改善を図る余地が無かったのかということです。

私はジャパンビバレッジ社の内部事情は報じられた範囲でしか把握していません。したがって真実がどうだったのかは分かりませんし、結果論になりますがせっかく数字を集計して把握しているのであれば、その数字から問題点を見つけ出し、早期に改善につなげることができたら今回のような問題は回避出来たのではないかと思います。

■内部通報制度は機能していたか

第3に、内部通報制度が機能していなかった可能性があるということです。

ジャパンビバレッジ社は、サントリーグループの1社です。そして、サントリーグループのホームページには、CSRに関するコンテンツ内に次のように書かれています。

サントリーグループでは「企業倫理綱領」に反する行為があることを従業員が知った場合、まず上司に報告・相談することを基本としています。しかし、そうした報告・相談が適さない場合に問題を早期に発見し解決するため、国内グループ全体の共通窓口としてコンプライアンス室と、社外の法律事務所の2カ所に「コンプライアンス・ホットライン」を設置しています。(サントリーグループホームページより抜粋)

このようなしっかりとした内部通報制度がありながら、ジャパンビバレッジ社は、従業員側との交渉の中で次のように答えています。

「こちらとしても初めてこうやって目にしますので」

(2018年8月18日 テレビ朝日系(ANN)映像ニュース)

今回の有給休暇のクイズ事件は一昨年に発生したものだということです。報道の通り、このような問題が起きていたのであれば、そして内部通報制度が本当の意味で機能していたのであれば、然るべき場所に通報され、早急に解決が図られていたのではないかと思います。

ジャパンビバレッジ社は、トラブルの解決と今後の防止はもちろん、なぜ内部通報制度が機能しなかったのか検証しなければならないと考えます。

内部通報制度は、どうしても「告げ口」とか「報復される」というようなネガティブな印象でとらえられがちですが、「社会問題化して大問題になる前に企業内で早期解決し自浄作用を図る」という意味で、企業の風評的なダメージを防ぎ、企業価値を守るということにつながりますので、決して悪いことでも恥ずかしいことでもありません。そのことが従業員にしっかりと伝わっていなかったのかもしれません。

■まとめ

「クイズに正解しないと有給休暇を取得させない」というインパクトが強烈なため、支店長個人の問題として本件は認識されてしまいがちですが、その背後には企業全体の体質や管理体制の問題があります。 「トカゲのしっぽ切り」で支店長を処分して終わりにするのではなく、ジャパンビバレッジ社全体、あるいはサントリーグループの問題として認識し、再発防止に取り組んでいっていただきたいと筆者は願っています。

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榊裕葵 ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー 特定社会保険労務士・CFP