フェイクニュースがカタールの断交をあおったのか。
サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)などが、相次いで断交を発表した中東の小国、カタール。
その断交危機の火付け役となったのは、サイバー攻撃によるフェイクニュースの拡散だった。しかも実行犯は、フリーランスのロシアの雇われハッカー...。
米連邦捜査局(FBI)によるそんな見立てを、米ニューヨーク・タイムズや英ガーディアンが紹介している。
報酬次第でフェイクニュースの拡散を請け負う。そんなフェイクニュースの"オンデマンド化"は、カタールの件に限らないようだ。
トレンドマイクロは、フェイクニュースの拡散の一切を請け負う地下サービスの実態などをまとめた報告書「フェイクニュース・マシン」を公開した。
81ページにのぼる報告書で目を引くのは、「マシン」と呼ぶべきフェイクニュース請負ビジネスの相場。中国、ロシア、中東、英語圏などで具体的な料金表とともにまとめている。
選挙や国民投票に、フェイクニュースを使って介入するなら、サイトの立ち上げからフェイクニュースの作成・配信、ソーシャルメディアでの拡散まで、しめて40万ドル――。
そんなフェイクニュースの経済圏がすでに広まっているようだ。
●午前零時の「ニュース」
発端は日付が変わって間もない5月24日午前零時14分。
カタール国営通信のサイトに、同国のタミム首長が前日に軍事学校の卒業式で行った演説とされる内容が掲載された。
曰く、カタールはトランプ大統領と"緊張状態"にあるが、同政権は長続きしない。イランやパレスチナのイスラム政治組織ハマス、イスラエルとの友好推進を――。
カタールは米軍の中東拠点となるアルウデイド基地を擁する。サウジなどとともに米国と歩調を合わせる湾岸協力会議(GCC)メンバーでもある。
一方で、サウジと敵対するイランなどと友好関係にある。
「ニュース」は、GCCに亀裂を入れ、サウジなどアラブ陣営からのカタール批判を後押しするかのような内容だ。
サウジやUAEの衛星放送は、「ニュース」が配信されてから20分以内にこれを報道。カタール断交への発火点となった。
カタール政府は即日、サイバー攻撃による「虚偽の声明」だと釈明。捜査を表明する。
●"雇われハッカー"による攻撃
CNNなどによると、カタールの要請を受けて米連邦捜査局(FBI)が調査チームを派遣。カタール国営通信へのサイバー攻撃によって、システムに侵入された形跡を確認した。さらに、サイバー攻撃は、ロシア人ハッカーによる可能性が極めて高いとした。
ただ、米ニューヨーク・タイムズや英ガーディアンによると、FBIの見立てでは、サイバー攻撃はロシア政府の指示ではなく、様々な国家に雇われるフリーランスのハッカーが"傭兵(ようへい)"として動いたようだという。ガーディアンは、"雇い主"としてサウジやUAEが取り沙汰されていると指摘している。
サイバー攻撃はこれにとどまらなかった。
6月8日、カタールの衛星テレビ局、アルジャジーラは、「組織的、継続的なサイバー攻撃を受けた」と公表した。
だが、この時はシステムへの侵入などはなかったようだ。
しかも、攻撃の標的はカタールだけではないという。
タイムズは、このようなサイバー攻撃を絡めた情報戦が、UAEなどアラブ側に対しても行われ、内部メールの流出などが相次いでいる、と報じた。
米大統領選をめぐっては、ロシア政府からのサイバー攻撃とフェイクニュースの流布による介入、という構図が指摘されている。
だが今回のカタール断交危機をめぐっては、フリーの"雇われハッカー"が、報酬次第で地域紛争の火付け役になるという、より見通しのきかない現実があるようだ。
●「スマホ100台の遠隔操作」160万円
では、このような"オンデマンド"のフェイクニュース工作の値段の相場はいくらぐらいなのか。
トレンドマイクロは13日、その相場感を示す報告書「フェイクニュース・マシン」を公開した。
報告書は、フェイクニュース拡散の構造的な実態を手際よくまとめている。
特にわかりやすいのが、拡散の核となる配信元「フェイクニュース・マシン」の料金表だ。
例えば、中国ではフェイクニュースの外注に使える1000~1500語のコンテンツ制作が200元(3000円)。また別の業者では、中国の人気ソーシャルメディア「シナウェイボー(新浪微博)」で24時間以内で1万フォロワーを追加するサービスを300元(5000円)で販売。
さらにクリックも操作できる「クリック・ファーム」の販売も行われ、100台のスマートフォンの遠隔操作ができるサービスの価格は10万元(160万円)となっている。
●ロシア、中東でも
同様の請け負いサービスの値段表は、ロシアついても紹介されている。
これもなかなかきめ細かい。
動画をユーチューブのトップページに2分間表示(3万5000ルーブル<6万7000円>)、サイトに1万ビジター(1000ルーブル<1900円>)、ユーチューブに100件のコメント(150ルーブル<290円>)など。
中東でのレートも示されている。
例えばツイッターでは、海外発信のボットによるリツイートは500件で2ドル(200円)だが、アラブ・中東在住の人間によるものだと130ドル(1万4000円)に跳ね上がるという。
●「選挙介入」4400万円で
報告書では、これらの相場をもとに、フェイクニュースを使った様々な事例の費用推計をしている。
例えば、選挙や国民投票などの重要な意志決定手続きに介入する場合には、いくらかかるのか。
まずはフェイクニュース発信の拠点となる、ターゲットの地域、テーマに合わせたウェブサイト。その購入価格は1サイトあたり3000ドル(33万円)と見積もる。
さらに、フェイクニュースをどんどんと配信し、サイトを更新していく運営費用が月間5000ドル(55万円)、年間で6万ドル(665万円)。
そのフェイクニュースをユーチューブなどでプロモーションしていく費用が、月間3000ドルで年間3万6000ドル(400万円)。
フェイクニュースについて、引用や言及の形でそれなりに知られたメディアに登場させる費用として、月額1万ドル(110万円)。
それらを後押しするターゲットの地域、年代、フォーカスグループからの投稿やコメントが3万5000ドル(390万円)。
20本以上の動画をユーチューブの「急上昇」に登場させるのに1万ドル(110万円)。
10本以上のフェイクニュースを、メジャーなニュースサイトで取り上げられるようにするのに2万7000ドル(300万円)。
これらをまとめて、1年間のフェイクニュース工作を実施し、ターゲットとなる人々の判断に影響を与えるには、最低40万ドル(4400万円)の予算を組む必要がある、と報告書は見積もっている。
国家レベルの施策としては十分可能な額だろう。
しかも、これは1年間の工作プランだ。
カタール断交危機の火付け役となったサイバー攻撃とフェイクニュース1本の値段は、これよりはるかに安価だったのではないだろうか。
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※「はじめに」「目次」と170件の「参照URL」を公開中
(2017年6月17日「新聞紙学的」より転載)