新専門医制度が物議を醸し出している。この制度が施行されれば、多くの学会が、研修期間中に基幹施設に在籍することを義務づけることになる。「大学に労働力を集めるため」と批判する人もいる。
実は、このやり方は、一部の若い医師に重大な決断を迫ることになる。私のような地方公務員の医師も、その中に含まれる。その結果地域医療の発展を阻害する可能性があることがわかった。私の経験をご紹介したい。
私は東京生まれ、東京育ちの医師だ。千葉県で初期研修を終えたあと、被災地で学びたいと考え、2014年に南相馬市立総合病院の脳外科に就職した。当院は、2011年3月11日に東日本大震災で被災した。
福島第一原発から23キロに位置する基幹病院で、震災時には多くの患者を受け入れた。原発事故で、常勤医は一時的に4人まで減ったが、現在は約30人に増え、「被災地の元気な病院」として知られている。
私は、この病院で多くの患者を診療する機会をいただいた。ただ、当院の研修には問題がある。脳卒中の患者は多いが、脳腫瘍の経験が積めないことだ。
そこで、2017年4月から、南相馬市立総合病院と連携する福島県立医大の脳神経外科で研修することとなった。新専門医制度では、福島県立医大が基幹施設、当院が連携施設という位置づけになる。
福島県立医大は齋藤清教授が頭蓋底手術のテクニックを用いて、難易度の高い脳腫瘍摘出を行い、神経膠腫に関しては藤井正純医師が覚醒下手術を行なっており、どちらも全国トップレベルだ。私にとっては理想的な環境で学ぶことができる。
しかし、この研修に関して問題が生じた。南相馬市立総合病院は南相馬の医療を充実させるためには医師の技術の向上が重要と考えており、市職員の身分と給与を保障したまま他施設での研修をさせてくれる。
今までの研修先では何らこの制度に問題はなかったが、脳神経外科の専門医認定に関する内規の中に基幹施設(私の場合は福島県立医大)に半年間在籍しなければならないとあり、一度南相馬市立総合病院を退職して福島県立医科大学の職員にならなければならないという問題だった。
一般的に、大学病院の専攻医は有期契約で週4日勤務の非常勤職員である。給与が安く、大学外での勤務(アルバイト)しなければならない。そのバイトも1日で7万円の高い給与のところもあれば、もっと安い給与のところもあるだろう。
また、有期雇用であるため、病気や妊娠のときに、雇用が継続されるか否かは雇用者の判断に委ねられる。可能であれば南相馬市職員(地方公務員)の身分を保障されたまま研修を行えればと考えるのは人の常であろう。
私の場合は独身であり、身分が保証されないなら研修はしないということにはならないが、これは女性医師や、家族を抱える医師なら非常に悩ましい点ではないだろうか。
私の場合は基幹病院での在籍義務規定が存在する以前の後期研修であるため、福島県立医科大学と南相馬市立総合病院の折衝で、何ら問題なく南相馬市立総合病院(地方公務員)の職員のまま研修をすることが可能となった。
しかしながら、新専門医制度の施行を踏まえ、多くの学会では基幹施設での在籍を義務づけるようになった。在籍が義務づけられるなら、その間は基幹病院の職員に身分が変更され、給与も基幹病院から支給されることになる可能性が高い。身分、給与などの点で、不利益が生じる可能性が出てきたわけである。後期研修制度は当然のことであるが、研修時期は初期研修医制度より年齢が高く、かつ就業期間も長い。
後期研修終了時には多くの医師は30才を超える。社会人として十分に認められる年齢にもかかわらず、研修という名の下で多くの場合、身分や給与の保証は二の次とされてきたのではなかろうか。現時点でも様々な問題点が指摘される新専門制度であるが、研修施設を変更する際の身分や給与についても何ら検討がされていない。
また、この点のために技術の向上のための研修に二の足を踏む医師もいる可能性があり、地域の医療の向上という点でこの制度はマイナスに働く可能性がある。新専門医制度を主導する日本専門医機構には、新専門医制度が始まる前に、現時点でも問題のある在籍義務や病院変更に際しての専攻医の身分についても、是非検討を願いしたい。
(2017年5月12日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)