「保護主義」が鮮明となったトランプ次期政権の「通商政策」--足立正彦

トランプ次期政権は、米国内での雇用創出を最優先課題に位置付けたことで、通商政策について保護主義を鮮明にしたのである。

3日後の1月20日にバラク・オバマ大統領は2期8年間の任期を全うしてホワイトハウスを去り、民主党から共和党へと政権交代が行われ、ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に就任する。いよいよ新政権が始動することになる。

1月3日から召集されている第115議会(~2019年1月)では、新政権の始動を控えて、現在、各閣僚候補の指名承認公聴会がそれぞれ所管の上院常任委員会で開催されている。

民間企業に対する相次ぐ「政治圧力」

トランプ次期大統領は「米国第一主義(America First)」を掲げて、米国内での雇用機会の増大を選挙キャンペーンでの公約の中核に位置付けてきた。

次期大統領当選後2カ月以上も経過してから、初めてとなる記者会見を1月11日にニューヨーク・マンハッタンにあるトランプタワーで行ったが、大統領としての最優先課題として、米国内での雇用増大を挙げつつ、「最も多くの雇用を創出する大統領になる」と誓っている。

その一環として、米国内外の企業のメキシコにおける工場の新設、あるいは既存工場の拡張計画をツイッター上で次々に槍玉に挙げ、政治圧力を加えている。

北米自由貿易協定(NAFTA)が発効したのは23年前の1994年1月であり、米国、カナダ、メキシコの相互依存関係が深まるとともに、世界各国の企業は自動車メーカーを中心にNAFTAや北米市場への隣接性、安価な労働コストを背景にメキシコへの積極進出を図ってきた。

こうした中、NAFTAをはじめとする自由貿易協定のネガティブな影響を受けた米国内労働者の不満の受け皿となり、大統領選挙で歴史的勝利を収めたのがトランプ氏だった。

そして自身の政権では、メキシコから米国市場に輸出する場合、国境税を課す方針を明確にした。選挙キャンペーン中の2016年4月、大手自動車メーカーのフォードは、メキシコで30年振りとなる新規工場を10億ドル投じて開設する方針を明らかにした。

だが、同方針が発表された直後にトランプ氏はツイッターで「恥知らず(absolute shame)」と書き込み、フォードの経営幹部の判断を厳しく批判していた経緯がある。

トランプ氏は次期大統領当選後も、フォードやGM、トヨタ、BMWなど米国内外の自動車メーカーのメキシコでの工場新設や拡張計画を引き続き批判してきた。そうした中、フォードはメキシコへの工場移転計画を撤回し、ミシガン州にある既存工場の拡張と雇用の増大を柱とする新たな計画を発表した。

また、大手空調メーカーのキャリア社は、インディアナ州から優遇税制を受ける見返りに、引き続き州内の工場を稼働させて約1100人の雇用の維持を図ることを発表した。このように、大手企業が相次いでトランプ次期大統領からの政治圧力に妥協せざるを得ない状況に追い込まれている。

さらにトランプ氏は、1月11日の記者会見で、米国の製薬企業の工場が相次いで国外に移転している状況を批判し、米国内にそれらを取り戻す必要性に触れており、今後、製薬業界に向けても同様の政治圧力を行使することが必至と予想される。

共和党は長年産業界の支持に支えられてきており、伝統的に自由貿易の推進を党是としてきた政党である。にもかかわらず、トランプ次期政権は、米国内での雇用創出を最優先課題に位置付けたことで、通商政策について保護主義を鮮明にしたのである。

通商関連ポストに対中強硬派を起用

トランプ氏はホワイトハウスに「国家通商会議(National Trade Council=NTC)」を新設する方針を発表しており、初代議長にカリフォルニア大学アーバイン校のピーター・ナヴァロ教授を起用した。

ナヴァロ教授は大統領選挙キャンペーン当時からトランプ氏に不公正貿易の是正や保護主義政策の導入を助言し、通商政策面で多大な影響を及ぼしていた政策顧問の1人である。

とりわけ対中国強硬派として知られるナヴァロ教授は、中国の台頭は米国経済にとり脅威であり、中国はアジア地域において経済的かつ軍事的に支配的国家を目指していると指摘。

米国政府は「1つの中国」政策への言及を止め、むしろ潜水艦開発プログラム支援をはじめとして台湾に対する米国の関与を強めるべきだと訴えており、通商、安全保障両面から中国に対して厳しい姿勢を示す必要性を主張している。

トランプ氏がNTC議長にナヴァロ教授を起用すると公表した2016年12月21日付声明の中では、ナヴァロ教授の役割は、(1)米国の対外貿易赤字の削減(2)米国経済成長の拡大(3)米国内の製造業ベースの強化(4)米国内の雇用機会の流出の阻止、の4点を目的とする通商政策を立案することで、ナヴァロ教授の起用は、米国の製造業を再び偉大にするというトランプ氏の決意の表明であるとの説明がなされている(トランプ政権移行チーム公表の声明「President-Elect Donald J. Trump Appoints Dr. Peter Navarro to Head the White House National Trade Council」参照)。

ナヴァロ教授は、NAFTAや環太平洋経済連携協定(TPP)といった通商協定は米国の製造業ベースなどの弱体化をもたらすだけであるとの否定的見方を鮮明にしている。実際、トランプ氏も大統領選挙キャンペーン当時から、TPPについては米国の製造業を破壊しているとし、NAFTAについても米国が締結した史上最悪の通商協定と糾弾してきた。

また、トランプ氏は、米国通商代表部(USTR)代表に、レーガン政権でUSTR次席代表を務め、日本に対して米国市場向け鉄鋼製品の輸出規制を要求したロバート・ライトハイザー氏を指名した。

同氏は、USTR次席代表離任後は米国の鉄鋼業界の顧問として、とりわけ中国製鉄鋼製品が安価で米国に輸入されており、米国の鉄鋼業界に深刻な損害を与えているとして、米国政府の関係省庁に対して厳しい措置を求め続けてきた人物である。

さらに、次期商務長官に起用されたウィルバー・ロス氏は、ニューヨークの日米交流団体であるジャパンソサエティの会長も務め、対日投資も行っている知日派として知られているが、ライトハイザー次期USTR代表とともに、中国製鉄鋼製品の対米輸出について批判的立場を示し、TPPについても反対の立場を表明している。

期待できない方針転換

歴代大統領は、選挙キャンペーン当時に訴えていた選挙向けの公約と大統領に就任した後の実際の通商政策が異なることは当たり前であった。

実際、オバマ大統領の場合も、ヒラリー・クリントン上院議員(当時)との2008年民主党大統領候補指名獲得争いが佳境を迎えていたオハイオ州などの中西部や北東部の工業州での民主党予備選挙の直前には、NAFTAの見直しを有権者に訴えていた。

だが、大統領就任後は自由貿易推進の立場に変更し、TPPに合意するなど、歴代の中でも最も積極的な自由貿易支持に覚醒した大統領となった。

トランプ氏の場合、次期大統領当選後の一連の言動や彼を大統領に押し上げた支持基盤、そして通商関連の主要ポストの布陣で判断する限り、選挙キャンペーン当時からの通商政策上の立場を変更するとは考えられない。

となると、残念ながら中国、メキシコ、そしてわが国をはじめとする貿易相手国に対し、厳しい姿勢で臨む可能性があると予想される。


足立正彦

住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。

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(2017年1月17日フォーサイトより転載)