現職検察官が国賠審の法廷に立たされる前代未聞の事態

完全にベールに包まれてきた検察内部の意思決定のプロセスが公開の法廷での事実審理の対象にされることになった。

給与の源泉徴収をめぐる問題が、徴税という国家作用のために、無理矢理「脱税事件」に仕立て上げられ、源泉徴収で納税する多くの給与所得者に対して重大な脅威を与えた八田隆氏の事件。

国税局と検察の面目、体面を保ち、両者の関係を維持するという「組織の論理」により、不当な告発、起訴、そして、一審無罪判決に対する検察官控訴、という検察官の権限の濫用は、1回結審で棄却、上告断念という検察の大惨敗に終わった。

しかし、不当な告発・起訴・控訴が、単に、裁判所の適切な判断によって失敗に終わった、ということだけで終わらせてはならないと考えた八田氏は、刑事事件で無罪を勝ち取った小松正和弁護士、喜田村洋一弁護士に、私と森炎弁護士が加わった弁護団を結成し【#検察なう(393)「国家賠償訴訟に関して(2)~代理人ドリーム・チーム結成!」】、不当な権限濫用が行われた真相を解明し、将来にわたる冤罪の防止に結びつけるための国家賠償請求訴訟の提起に踏み切った。

当ブログでも、このような国賠訴訟の意義や背景について、2014年7月の提訴の段階での【八田隆氏の対検察国賠訴訟の意義】【八田隆氏が国家賠償請求訴訟で挑む「検察への『倍返し』」】などで詳しく述べたほか、昨年4月、私が主に担当している「控訴違法」の問題をめぐる審理の展開について詳述している(【八田氏国賠訴訟、「控訴違法」で窮地に追い込まれた国・検察】)。

その八田氏の対検察国賠請求訴訟は、とうとう"国・検察にとって前代未聞の重大な事態"を迎えた。

来たる9月11日(午後2時半)に、東京地裁で、現職検察官、しかも、地検次席検事の要職も務めた中堅検事の証人尋問を行うことが決定されたのだ。

八田氏の刑事事件については、そもそも国税局が告発したことも、その告発事件を検察官が起訴したことも、全くデタラメだが、何と言っても最も明白に違法なのは、一審で無罪判決が出た後に、それを覆す見込みが全くないのに、検察が無理やり控訴したことだ。

検察官側からの控訴は、検察内部での慎重な検討を経て、控訴審で新たな証拠を請求し、採用される可能性がある場合など、一審無罪判決が覆せる十分な見通しがある場合でなければならないと考えられてきた。

しかも、裁判員制度の導入に伴う控訴審のあり方の見直しに伴い、控訴審では第1審の判断を尊重すべきという観点から、平成24年2月13日の最高裁判決で「控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。」とされたことによって、無罪判決に対する検察官の控訴も、さらに制約を受けることになった。

ところが、控訴違法に関する被告(国)側の主張は、「検察官は、第一審の事実認定が不合理であることを『具体的に』示すことができない場合に控訴申立てをしても、国賠法上違法ではない」とまで言い切って、無罪判決に対する検察官控訴は全く制約を受けないかのような無茶苦茶な主張を続けてきた(【八田氏国賠訴訟、「控訴違法」で窮地に追い込まれた国・検察】)。

その後、被告(国)側は、「検察は、言い渡された無罪判決の内容を十分に検討しないまま控訴を決定したのではないか」との原告の主張に対して、反論のための書面提出に長い期間を要求したり、曖昧な反論しかせずにごまかしたりするなどの不誠実な対応を続け、審理を引き延ばしていたが、5月8日の期日で、裁判所は、とうとう、一審公判の担当検察官で、控訴の検討でも中心となったはずの、現在東京地検検事の検察官の証人尋問を行うことを決定し、その後、尋問期日が9月11日に指定されたのだ。

国家賠償請求訴訟で、現職検察官が証人尋問の場に立たされるというのは前代未聞の事態だ。不当極まりない検察の控訴の決定が、検察内部でどのような経過で決定されたのか、現職検察官の証人尋問によって明らかにされることになる。完全にベールに包まれてきた検察内部の意思決定のプロセスが公開の法廷での事実審理の対象にされることになった。

国税局の告発で東京地検特捜部が起訴した事件において過去に例がない「前代未聞の無罪判決」(『勝率ゼロへの挑戦 史上初の無罪はいかにして生まれたか』(光文社))が出されたことが発端となって提起された八田氏国賠訴訟は、現職検察官の証人尋問という、さらなる「前代未聞の事態」を引き起こし、「検察の暴走」の真相究明に向けて最大の局面を迎える。

(2017年5月24日「郷原信郎が斬る」より転載)