輸出入の量をコントロールするなどの目的から、人為的に市場に介入し為替レートを適切と考えられる水準に導くことは、"為替介入"として先進国の間では嫌われ、時に為替介入実施国として他国からの制裁を課されることがある。
また、一般の市場参加者が株式市場で株価を安定的にコントロールしようと取引すれば、金融商品取引法第159条第3項(*1)に該当する相場操縦行為の一種として、刑罰の対象となる可能性が高い。
しかし、金利に関して中央銀行の行うイールドカーブ・コントロールは、経済の安定や成長、物価上昇への期待の醸成といった観点から容認される行為とされている。ところが、容認されていることと、債券市場が十分円滑に機能しているかどうかは、まったく別の問題である。
日本銀行が四半期ごとに市場参加者にアンケートしている債券市場サーベイの結果を見る(図表)と、債券市場の機能度は、特にイールドカーブ・コントロールの導入以降大きく悪化しており、その後も低水準での停滞が続いている。
機能度が高いと回答した比率と低いと回答した比率の差を取ったDI(Diffusion Index)の水準は、2016年以降、ずっとマイナス33から45の範囲にある。もしこれが、日銀短観調査で公表される大企業製造業の業況判断DIだったらどうか。
マイナス33から45というDIの水準は、近年では、2008年のリーマンショックや2001年のITバブル崩壊当時の水準である。いわゆる景気の後退期であると認定されたような水準である。そういった低水準の状態が1年以上継続しているということに、市場参加者は深い憂慮を覚えている。
国債の長短年限の流通利回りに対する操作を行うのに重要な手段の一つが、日銀による指値オペの実施であり、そもそもの国債買入オペにおける買入額の増減も、同様の効果を持っている。
財に対する需要と供給の関係によって価格が定まるというのが市場原理であり、市場参加者の中でも約4割という最大の国債保有シェアを誇る日本銀行が、国債市場をコントロールすることは極めて容易なことなのである。
果たして中央銀行が市場を支配し価格統制を行うことは望ましいことなのだろうか。おそらく市場参加者の誰もが、また、当の日本銀行ですら、それは決して適切な状況ではないと考えているように思われる。
あくまでもデフレ経済からの脱却を実現し、安定的な物価上昇の期待を醸成するための緊急避難的な措置であると考えているはずだ。ところが、緊急的な措置も長期間にわたって継続する場合には、その正当性が問われることになる。
例えば、刑法第37条の緊急避難は"現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為"と定義されている。既に、マイナス金利政策の導入が発表されてから1年半近くが経過し、イールドカーブ・コントロールの導入からもまもなく1年が経過する。
日銀による価格統制の結果として、債券市場の価格変動性は低下し、債券ディーラーの多くが本来の収益機会を失っている。証券会社やメガバンクによる債券ディーリングの機能は失われつつあり、長短金利操作付き量的質的金融緩和が撤廃されても、市場機能が簡単には回復しないことが懸念される。
純粋な古典的資本主義経済においては、政府による経済への介入は不適切とされる。しかし、そのことが公害や独占・寡占といった不具合をもたらしたことで、現在の修正資本主義の世界では、ある程度の政府による経済への介入が肯定されている。
また、戦後の日本経済の復興・発展は、むしろ計画経済の導入による国家社会主義的な取組みの成果であったと見ることもできよう。経済が行き詰まっている緊急避難的局面において、純粋な資本主義的な手法でない市場介入や価格統制が行われることは是認されよう。
しかし、当初の目標を達成できなかったからと言って、目標達成の期限をなし崩しに延長することは不適切である。そろそろ異次元の金融緩和全体について、改めての総括が必要なのではなかろうか。
(*1) 何人も、政令で定めるところに違反して、取引所金融商品市場における上場金融商品等又は店頭売買有価証券市場における店頭売買有価証券の相場をくぎ付けし、固定し、又は安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等をしてはならない。
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(2017年7月13日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
金融研究部 主席研究員