太平洋のある島で、妊婦さんがなかなか検診に行かない3つの理由

バヌアツでは子どものことを「私達全員の子ども」と言います。

太平洋にある人口27万人の小さな国・バヌアツを知っていますか。日本ではまだまだ馴染みのない国です。私はその国のクリニックで保健師として2年間働きました。そこで出会った患者さんのストーリーは、日本の常識からはみ出るようなことばかりでした。でも、恋愛をして、結婚して、家族が出来て、という過程は国が違っても、根本は同じです。

全10回の連載で、バヌアツのディープな性事情を紹介しながら、そこから見える日本の性や生きることを皆さんと考えていきたいと思っています。

「出産は病気じゃない。」と、よく言いますが、、、

バヌアツにいると本当にそれを実感します。

第4回目の連載はバヌアツでの妊産婦健診について。

でも、その前にひとつ確認。

日本では妊娠が分かったらどうしますか?

まずは、、、市役所に妊娠届けを提出、母子手帳をもらい、決められたタイミングで検診にいく。検診回数や検査内容まで詳細に決まっていて、妊産婦検診の費用には補助制度もあります。

一方、バヌアツはどうかというと...

妊娠届けなし。

母子手帳なし。

政府からの補助なし。

検診の仕組みも決まっていないので、検診にくるタイミングや回数は妊婦によりそれぞれです。ただし、WHO(世界保健機関)は妊娠期間中に最低4回の受診を勧めているので、バヌアツもそれに従ってプロモーションをしています。

検診や出産費用はどうなのかというと、首都の国立病院の診察料は毎回300円、出産費用は大よそ1500~3000円くらい。

検診や出産自体にはあまりお金はかかりません。

でも、「検診にいこう」というモチベーションを高めるのが難しいなぁと感じる、バヌアツでの妊産婦検診なのです。

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胎児心拍の確認中

バヌアツの妊婦さんと関わっていて個人的に感じる「検診に来ない理由3つ」をご紹介します。

理由①「別に私は元気だから大丈夫」

子だくさんな国バヌアツ(第3話参照)なので、「妊娠する」ってことにあまり「特別感」がない。初産婦だとしても妊娠7,8か月になってから初診を受ける女性に出会うことも良くありました。病院の助産師たちは「妊娠4か月までに最低1回は妊婦健診を受けましょう」と呼びかけていますが、当のママ達は「だって私元気だし。赤ちゃんもちゃんと動いているし大丈夫。病院いくと色んな検査されるし怖いんだもん。」と話します。

理由②「検診に行くまでの道のりが大変」

医療施設にたどり着くまでの過程が大変なのです。首都がある島は交通の便は比較的良いほうです。しかし、島や僻地の村は医療施設に行くこと自体が小旅行です。たどり着くにはボート、車などの手配が必要だし、天気が悪ければ交通手段も絶たれるので行きたくても行けない。そしてボートや車を出すにはお金も必要。さらに、車やボートも入れないような場所は「徒歩」で向かうしかない。片道3時間くらいかかるケースでも「そんなに遠くないよ」と平然というバヌアツ人の妊婦さんには個人的に驚きました。

そのようなアクセス上の問題があるので、妊婦さんたちは医療機関にたどり着くまでの苦労が多いのです。そんな中、首都の病院では毎週火曜日だけを初診日と決めています。僻地の島や村も同様に小さな診療所に看護師が一人のみという状況も多いので、曜日でサービスを制限せざるを得ません。アクセスの制限に加えて、週1回のチャンスに間に合わないと受診がどんどん遅れていくのです。

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村にある診療所から隣のコミュニティに行くまでには徒歩30分。足場の悪い川や森の中を超えていくこともあります。

理由③「検診に行っても長い時間待たされる」

バヌアツの医療施設は病院、ヘルスセンター、ディスペンサリー、エイドポストという4つのレベルに分割されます。病院には医師と看護師・助産師、ヘルスセンターとディスペンサリーには看護師のみ、エイドポストはトレーニングを受けた住民ボランティアが簡単な薬の処方のみをする、という感じです。出産が出来るのはエイドポスト以外の医療施設。日本とは異なり、バヌアツの看護師はお産の介助もします。

バヌアツでの活動期間中、私は首都の国立病院で妊産婦健診の初診補助をしていました。初診患者は1日で大体70~100人です。この人数を産婦人科医、看護師、助産師計5~6人で診察します。スタッフ側も精一杯で丁寧に時間をとって問診や検診結果について説明することが難しく、患者さん側も朝8時に来て長い時間を待って、お昼過ぎになってようやく終了。検査や健診結果は問題が無ければ母親達にフィードバックすることもないので、きっと受診している母親達は何をされているのか分かってない、と感じます。医療者側も患者側も一苦労な1日なのです。

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妊産婦検診を待つ長蛇の列が朝から出来て椅子が全部埋まってしまうこともあります。外の芝生で座って待つ人もいます。

肝心の妊産婦健診の内容はというと、、、

初診では、①血圧②体重③身長④尿検査⑤血液検査(B型肝炎、梅毒、HIV)⑥超音波検査⑦医師又は助産師の問診と診察⑧次回受診日の予約、以上の8つの作業が通常行われます

毎回この8つがちゃんと行われることが理想ですが、バヌアツに「ルーチンワーク」という概念は存在しません。血圧、身長、体重、次回の予約は最低限やりますが、

「尿検査の試験紙がない!」

「血液検査の検体チューブがない!」

「エコーの技師さんが来ない!」

「医者が来ない!?」

などなど。その日の状況次第で検査が無くなることもあります。

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待合室には椅子があるものの、診療室は職員宿舎を再利用しているので通路がとても狭い。妊婦さん達は立って待ってもらうことも多くて、人が行き来するのも窮屈です。

なので、初診日のお手伝いは「今日の健診では何をやって何をやらないか」を確認しつつ、その日のベストな状況で70~100人の患者をコントロールするという「綱渡り」な診察体制です...

以上のような状況を合わせると「自分も赤ちゃんも元気だし、何されるかよく分からない検診にわざわざ行くメリットはない」というのがママ達の本音なのでしょうか。

「妊婦健診に行かないなんて信じられない」と日本人だったら感じるかもしれません。

でも、「検診」に対する価値観を国民レベルで共有するのは本当に難しい。

日本では「当然」ですが、他国ではそうではないこともある。

逆も然りです。

例えば、子宮がん検診などはどうでしょうか。

子宮頸がん検診の受診で子宮頸がんによる死亡率は下がることが証明されています(国立がんセンター:子宮がん検診の勧め)でも、日本人女性の受診率は40%程度。他の先進国の70~80%前後と比較したらとても低い数値です。(その他の胃がん、大腸がん検診も日本の健診受診率は40%前後。(厚生労働省HPより)

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H28年国民生活基礎調査より
厚生労働省

検診に行かないのか、行けないのか、行きたくないのか、その背景にある状況は国や地域それぞれで異なります。

バヌアツにはバヌアツの理由が、日本には日本の理由があります。

でも、問題のレベルや程度は違うにしろ、バヌアツの妊婦さんが訴えていた「元気だから検診受けない」「お金と時間がないから検診受けない」「怖いから検診受けない」というのは、日本でも同じ。人間の心理の根本は、さほど変わらないなぁと感じたのでした。

少し話題を変えて+アルファなバヌアツ産後産後休暇事情について。

妊産婦検診と同じく、日本だったら普通なことと言えば「産前産後休暇」。日本であれば、産前6週と産後8週に仕事をお休みすることは法的に認められていることです。

 バヌアツの産前産後休暇に関しては、特に制度として明確な決まりはないので職場次第。勤め先のある妊婦さんからよく聞くのは、「休暇は産前産後合わせて1か月」だそうです。なので、産後に赤ちゃんと一緒にいる時間を長くしたければ、出産の超ギリギリまで働いて、産後に休むという感じ。ただし、産前産後の休暇は短い分、授乳中のママたちは時短で働けるし、お昼には授乳するために一度帰宅することも出来ます。

日本と比較したら妊産婦に対する制度は殆ど整備されていない訳ですが、バヌアツでの子育ての方が母親達にとっては良い環境だと感じることも多くありました。

それはなぜか。

「家族やコミュニティが子育てをサポートしてくれるから」だと思います。

バヌアツでは、子どものことを「私達全員の子ども(ビスラマ語でPikinini blong yumi)」とよく言います。家族、地域で子どもを育てることが本当に普通のこととして定着しています。どこの子どもだか分からない子が普通に家にいて、一緒にご飯を食べて、夜には自分達の家に帰る。赤ちゃんが泣いていれば4,5歳くらいの子どもから、おばあちゃんおじいちゃんまで全員が気を配ってあやす。極め付けは、泣いている他人の赤ん坊に自分の母乳まで飲ませてあげるママもいました。

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巡回診療後にコミュニティーメンバ―と。村全体が一つの家族のように機能しています。

最初は本当に驚きました。でも、母親と赤ん坊の2人だけでなく、困ったときに頼ることが出来る人がこんなにもたくさんいるコミュニティはすごいと思いました。だからこそ、制度はなくとも、子どもの数は多くとも、みんなの力を合わせて乗り越えられてしまうのかもしれません。

もしかしたら、日本よりもバヌアツは子育てする環境にとても恵まれているかも、と思う部分もありましたが、「安全に」お産が出来るかという点ではまだまだ課題がたくさんあります。今回はこの辺にして、次回は「バヌアツの出産事情」についてお伝えします。