受けたかった模擬テスト、受けさせたかった模擬テスト
いつもの教室とは異なる空気、その緊張感で中学生の顔はこわばっていた。普段なら他愛のない冗談を話している子どもたちも、この日ばかりは言葉数が少ない。ほとんどの子どもたちにとって、人生で初めての模擬テストだった。
いま、多くの自治体で自宅に学習環境が整っていなかったり、学習機会が充分でない子どもたちへの学習支援が行われている。地元の公民館などに集い、スクール形式や個別指導形式で授業がなされる。育て上げネットでも、現在、都内3自治体と協働し、10箇所で主に中学生(小学生がいる場所もある)に対して学習の機会を提供している。
子どもたちの状況を聞くと、学習機会が得られないことだけでなく、さまざまな体験や経験が不足しており、子どもたちも"できることならやってみたい"ことを心に秘めている。それを少しでも実現できるよう、サマーキャンプやJリーグ観戦、職場見学などを行っている。
特に夏休みは給食がなくなったり、周囲がいろいろなアクティビティに取り組むこともあったりと、一部の子どもたちにとっては"楽しみにできない"期間でもある。毎年、春頃に「今年の夏休み期間に何を提供するか」について検討する。恒例のキャンプの他、今年は昼食を準備し、夏期講習のような形で宿題を終わらせたり、個々の課題に取り組む企画も準備している。
そのなかで、職員から出たのが「模擬テストを受けさせてあげたいんです」という一言だった。特に中学生に対する学習支援で期待されるのが高校進学であり、それには高校受験を要する。しかし、多くの子どもたちは学校外部で行われ、"多くの友達が何度も受講する"模擬テストを受けることができないというのだ。
実際、中学生が受験本番までに何回ほど模擬テストを受けるのかはわからないが、自分の現在地を知り、志望校との距離を測る。学校の成績などと模擬テストの結果をセットで進学先を決定する。それだけでなく、受験会場の独特の雰囲気のなかで、これまで身につけた力を発揮するための慣れや準備という役割もある。
さまざまな事情で模擬テストが受けられない、受けさせてもらえない子どもたちにとって、高校進学や受験に臨むにあたっては小さくないハンデだと考えた。とは言え、教室で聞いてみると、「俺はそんなの受けないし」といった言葉もある。本当に受けるつもりがないのか、受けることができない環境を隠すかのように強がるのか。そこらへんはわからない。
今回、中学三年生のほとんど全員が模擬テスト受験に手を上げてくれた。部活や用事があり受けられなかった子どももいる。それ以外の子どもたちが受けなかった理由はわからないが、これほどまで受講するとは予想外だったが、「やっぱり子どもたちは受けたかったんだ」ということは確実にわかった。
また、保護者からは「学習機会だけだと思っていたが、ここまでしていただいて本当にありがとうございます。受けさせてあげたいのですが・・・」という言葉をいただいた。
志望校と"現在の自分"との距離
当初、20名前後が受講するのではないかという予想で、受験希望者を募ったところ、40名が手を上げ、当日会場に来たのは36名であった。希望者には中学二年生(7名)、中学一年生(2名)もいた。
当日は、一般的に開催されている模擬テストと同じ環境で進めた。いつもの仲間もいるため、多少私語があったりするかと考えていたが、会場の雰囲気なのか、初めての模擬テストだからなのか、私語はほとんどなく、静かな緊張感が漂っていた。
職員が諸注意を伝える。教室コードや受験番号、氏名、QRコード添付の説明。志望校コード記入について。試験中は飲食禁止であり、体調不良の場合は手を上げて職員を呼ぶこと。携帯電話はマナーモードにするか、電源を切って鞄にしまうこと。
そんなことは聞き飛ばしていた、というひともいるだろう。ただ、初めての子どもたちは必要以上に真剣に耳を傾ける。「途中退室からの再入室は認められない」という言葉は子どもたちをより緊張させた。
志望校コードについて、実際に行きたいと思う高校をコード表のなかから選択し、記入する。職員から「行きたいと思う高校が自分に合っているのか、現時点での判定がでます」と伝えたとき、子どもたちにとっては、目標と"現在の自分"が否応なく意識される初めての機会だった。
最初は国語だ。沈黙の時間を切り裂くように、「始め!」の合図があり、子どもたちはテスト用紙をめくり、鉛筆の「カツカツ」という音が響き渡る。「テスト終了5分前です」というアナウンスもまた子どもたちにとって緊張感につながったようだ。その後、数学、英語、理科、社会と続いていく。
試験と試験の間は、疲労感からなのか、机の上に臥せってしまう子どもも少なくなかった。普段であればおしゃべりをする時間も、次の科目に備えるかのようにひとり過ごす子どもたち。昼食は私たちの方で準備をしたが、友達同士でわいわい食べる子どももいる一方、普段の姿とは異なり、ひとり黙々と食べる姿も見られた。
「昼食の時間、静か過ぎて食べにくかった。」という感想もあった。
倍増する疲労感
初めての模擬テストで、何時間も集中をした子どもたちはぐったりしていたが、あきらめていた模擬テストを受験した子どもたちはさまざまな感想をくれた。
「難しいものが多く、学校で習っているところの応用もあり、少し驚いた。」
「得意分野であっても、しっかり復習していないと解けない。まだ習っていないところも予習しておかないと全部は解けない(わからない)。」
「学校の試験と違いテストの出方など違うから勉強方法を変えてみたりしたいと思った。わからない所が多かったので、しっかりと復習したいです。」
「社会がとてもできた(やってみて)。今度も受けてみたい。」
「授業と同じ時刻だが倍も疲労を感じた。」
「思ったよりも基本的な問題が出たから、もっと学習しておけば解けたと思う。もっと空欄をへらせばよかった。」
「むずかしい。一年生と二年生の内容をわすれていてぜんぜん書けなかった。」
※文章はそのまま転記している。
実際、普段から学習支援を担当している職員も、いつもとは異なる子どもたちの姿が見えたという。いつもであればしゃべり過ぎるくらいの子どもが、普段教室が異なる人間がいるため外向けの表情となっている子ども、見せたことのない緊張感を醸し出す子ども、前述したが、昼食時であってもひとり黙々と食べることを選択する子ども。
来やすい雰囲気、楽しく学べる環境を目指して運営している"いつもの教室"とは違う場所で見せる子どもたちの表情は真剣そのものであり、私も数名に声をかけたが、あきらかに笑顔ではなく緊張して硬くなっているのがわかった。
今回の模擬テスト実施で私たちが学んだことはいくつかあるが、ひとつは、子どもたちは模擬テストを受けたいと願っていたこと。普段の生活(学校や学習教室)と異なる空気に慣れておかなければ緊張に飲まれてしまい力が発揮できないかもしれないこと。
そして、本当のところはわからないが、受講後アンケートで「受けてよかった」がほぼ100%に対し、「このような模試を他の人にもすすめたいと思いますか?」に、「どちらとも言えない」に4割くらいが解答したことだ。
ここからは職員との想像でしかないが、模擬テストを費用負担なく、昼食付きで受験できたことを、他の友人に伝えることは、自らの状況を知られてしまう恥ずかしさ、つらさにつながるのではないかということだ。
僕はラッキー
その意味で、子どもたちのために提起したいことが二つある。模擬テストは子どもたちが任意、自己負担で受験するものではあるが、諸事情によりそれが難しい子どもたちに対して、相応の経験、かつ、スティグマが発生しない形での実施をすべきではないかということ。一回でもいい。
もうひとつは、いくつかの行政が民間に委託する学習支援関係の事業を見たところ、学習環境と学習機会には予算がついているが、模擬テストのようなことに予算拠出ができないように読み込めるものがある。
入札における仕様書のなかで、模擬テストにかかる予算拠出ができないとは書いていないが、一般的な事例のなかで「教材費」だけではなく、模擬テストなど試験対策にかかる費用設定も可能である、といった趣旨のことを記載していただけると、提案時の予算書に入れ込みやすくなるのではないだろうか。
ある男子中学生が言った。
「僕はラッキー、恵まれている。」
彼はそう考えたが、模擬テストに限らず、このような機会が運不運で左右されないよう、子どもたちの成長や学びに対して社会的な投資をかける国であってほしい。民間の小さなチャレンジで終わらせてはならない。
※解答解説イベントは別日で設定している
※模擬テストは、教育開発出版の模擬テストを採用した
※模擬テスト費用および昼食代、会場までの交通費などは「子ども未来応援基金」助成金を活用した
※育て上げネットでは子どもたちの学びを支える職員等を募集してる
(2017年8月10日「若者と社会をつなぐ支援NPO/ 育て上げネット理事長工藤啓のBlog」より転載)