昨日12月13日、参議院内閣委員会で統合型リゾート施設(IR)整備推進法案(カジノ法案)が自民党、日本維新の会などの賛成多数で可決されました。
また同日、年金支給額を抑制する新ルールを盛り込んだ年金制度改革関連法案(年金カット法案)も、自民党、公明党、日本維新の会などの賛成多数で参議院厚生労働委員会で可決されました。
両法案は、本日14日の参議院本会議で可決・成立する見込みです。
私はカジノ法案について、現在でも深刻な国内のギャンブル依存症問題を悪化させ、ホームレス問題などの貧困問題を深刻化させるものだとして、反対の論陣を張ってきました。
こうした主張をすると、必ずと言っていいほど、「パチンコはいいのか?」という意見が飛んでくるのですが、私はパチンコへの規制も強化すべきだと考えています。少なくとも、駅前などアクセスしやすい場所での出店は規制すべきです。
参議院内閣委員会では、ギャンブル依存症対策を明示することなどの法案修正が行われましたが、生活困窮者支援の現場においてギャンブル依存症に苦しむ人たちを何人も見てきた者として、「対策をすれば、カジノを解禁してもよい」という主張はギャンブル依存症の怖さを全く理解していない言説だと言わざるをえません。
もう一方の年金カット法案も、将来にわたって高齢者の貧困を拡大させかねません。
今年3月に生活保護世帯に占める高齢者世帯の割合が初めて半数を超えました。その背景には、増え続ける低年金・無年金の高齢者が生活保護に頼らざるをえないという状況があります。
その後も生活保護を申請する高齢者世帯は増え続け、全体の生活保護世帯数も過去最多を更新し続けています。
生活保護世帯の増加に対して、厚生労働省の担当者は「依然として、1人暮らしを中心に高齢者世帯の増加に歯止めがかかっていない。高齢者が貧困に陥らないよう対策を検討していく必要がある」とNHKの取材(今年12月7日のNHKニュース。ネットはリンク切れ)に答えていますが、今回の年金カット法案は全く逆の方向を向いており、生活保護世帯の更なる増加を助長するものだと言えます。
このように、今国会における与党や日本維新の会の動きは、「政治が貧困問題の解決を遠ざけている」と言わざるを得ないものでした。
「左派と見られるのが怖い」症候群?
私が気になるのは、こうした政治の動きに対して、生活困窮者支援に関わっている人たちからの問題提起が少なくなっているのではないか、ということです。
拙著『貧困の現場から社会を変える』でも書きましたが、今年2016年は日本国内で貧困問題が「再発見」されてから10年という節目の年になります。
この10年間に、子どもの貧困対策法や生活困窮者自立支援法が制定され、貧困対策は徐々に制度化されつつあります(後者に対しては私は批判的ですが)。
民間レベルでも、「子ども食堂」や貧困家庭の子どもへの学習支援が広がるなど、10年前に比べると、広い意味で生活困窮者支援に関わる人の数は増えてきています。そのこと自体は歓迎すべきことだと思います。
私自身も、つくろい東京ファンドという団体で、「子ども食堂」や自前での住宅支援事業を展開しており、目の前で困っている人たちを支える活動の重要性は充分に理解しているつもりです。
そうした民間レベルでの支援活動を広げるためには、時には行政機関と連携する必要もあり、また企業も含めた幅広い人たちに活動を支持をしてもらう必要もあります。
しかし、貧困問題に関わる団体や個人が「幅広い支持」を求めるあまり、今の政治の動きに対して「まずい」と思っていても沈黙をしてしまう、という傾向が生まれてはいないでしょうか。
カジノ法案や年金カット法案、生活保護基準の引き下げといった「政治的」な課題に対して意見を述べると、自分たちの活動が色メガネで見られるようになり、支持が広がらなくなってしまうのではないか、と恐れてしまう。「左派と見られるのが怖い」症候群とでも言うべき現象が広がりつつあるように、私には思えます。
政治が良くも悪くも貧困に対して現状維持の立場を取っているのであれば、国政の課題にはタッチせず、目の前のことに集中する、という姿勢も有効かもしれません。
しかし残念ながら、今の政治が貧困を拡大させ続けているのは明白です。一人ひとりの生活困窮者を支えていく現場の努力を踏みにじるがごとき政治の動きに対して、内心、憤りを感じている関係者は多いのではないかと思います。
そうであれば、貧困の現場を知っている者として、社会に発信をしていくべきではないでしょうか。団体での発信は難しい場合もあるかもしれませんが、個々人がSNSなどで意見を述べるのは自由なはずです。
貧困問題を本気で解決したいのであれば、「誰が貧困を拡大させているのか」という議論を避けて通ることはできないのです。
現場レベルで貧困対策を少しでも進めることと、将来にわたる貧困の拡大を防ぐために政治に物を申していくことは決して矛盾していません。
その両方に取り組んでいくことの重要性を改めて強調しておきたいと思います。
(2016年12月14日「稲葉剛公式サイト」より転載)