ドキュメンタリー映画『大いなる沈黙へ』は時の流れが違う異世界に観る人を引きずり込む

時の流れ方が最近早くなったと感じる。1週間も1ヶ月も1年も随分短く感じる。次から次へと新しい情報に接することが多くなったからかもしれないし、僕が年を取って1日1日を顧みていないからかもしれない。
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ミモザフィルムズ

時の流れ方が最近早くなったと感じる。1週間も1ヶ月も1年も随分短く感じる。次から次へと新しい情報に接することが多くなったからかもしれないし、僕が年を取って1日1日を顧みていないからかもしれない。

仕事中と旅行中なら時間の流れの感じ方は明らかに違う。旅行でも都市部と大自然ではやはり違う。時間は誰にでも平等だが、感じ方は環境に強く左右される。

映画もそう。同じ2時間の上映時間でも早く感じるものもあれば、長く感じるものもある。通常早く感じる映画の方がいい映画、という認識だろう。それだけ情報量が多く、密度の濃い作品だったのだろう。

大いなる沈黙へは、多くの人にとっては、どちらかというと上映時間を長く感じる作品だろう。(実際の上映時間も169分と長めだが)しかし満足度が低いということではない。現代日本とは時間の流れ方の違う世界に観る者を強く引きずり込み、異世界で暮らしているかのような錯覚を与える。

大いなる沈黙へが見せるのは、これまでだれもカメラに収めたことのなかったアルプスの深い山に立つグランド・シャルトルーズ修道院での修道士たちの日々の暮らし。カトリックの中でも戒律に厳しいことで知られるカルトジオ会の男子修道院である同院は、これまでカメラに収められたことはほとんどなく、今作も撮影許可に16年の歳月を要したという。

ここでの修道士は、静寂に包まれた厳粛な修道院で、淡々と日々の糧を作り、祈りを捧げる毎日を繰り返す。冬は雪に閉ざされ、雪解けになると鳥のさえずりがようやく聞こえる。たったそれだでもここでは賑やかなほう。修道士たちは大半の日を1人で過ごすので会話も少ない。言葉を発するのは祈りと霊的読書の時間くらい。カメラは淡々と彼らの日々の生活を収めていく。時間の流れは極めてゆっくりで、忙しなさとは無縁の世界だ。撮影許可に16年間もかかったのも、本当にここだけは時の流れが違っているのではという気分にさせられる。

時折無音で挿入される修道士たちのクローズアップは、非常に強い印象を与える。完全な無音状態のインパクトはすごい。無音効果では2001年宇宙の旅の宇宙遊泳のシーンが有名だが、この映画の無音も強烈に視線を鷲掴みにする。

映像は照明すら使っていない、ほとんど加工のないものだが、確かにここは異世界だと感じさせてくれる。CGがなくても映画は別世界を体験させることができるのだ。