7月、台風が多発するシーズンに入りました。先週も台風第8号が発生し、沖縄や長野をはじめ、大きな被害が発生しました。私たちの研究チームは、気象庁が発表する台風情報と、多数の人々が発信する災害情報をマッシュアップしたウェブサービス「台風リアルタイム・ウォッチャー:台風情報と「減災リポート」のリアルタイム・マッシュアップ」を公開しました。
人間は、とてもすぐれた"センサー"でもあります。周囲の状況をすみやかに捕捉し、発信する能力を持っています。今回の試みは、こうしたボトムアップの、いわば「人間センサー」で、トップダウンの観測情報を補完しようとするものです。
「台風リアルタイム・ウォッチャー」では、国立情報学研究所(NII)の北本朝展さんによる「デジタル台風:台風画像と台風情報」そして株式会社ウェザーニューズのサービス会員「ウェザーリポーター」が提供する「減災リポート」のデータがマッシュアップされています。
以下の北本さんのツイートにあるように、「減災リポート」のデータは、これまでオープンデータ化されていませんでしたが、今回、特別にAPI経由で提供していただくことができました。
「デジタル台風」と「減災リポート」のデータは1時間ごとに収集・更新されます。さらに気象庁発表の台風情報が30分毎に反映されます。「減災リポート」のデータは、投稿時にユーザが付与するカテゴリで色分けされています。また、ウェブサイト上には過去72時間のデータがアーカイブされており、タイムスライダーで遡れるようになっています。さらに過去のデータもすべてサーバに蓄積されます。
「減災リポート」のデータは、前々回の記事で解説した「東日本大震災マスメディア・カバレッジ・マップ」と同様、地面から鉛直方向に時間軸を設定し、時空間的なビジュアライゼーションを施しています。これによって、各地における災害の推移がわかります。
その一例として、沖縄のようすを以下に示します。下から上に向けて時間が経過しています。台風通過前後で、アイコンの色が「緑(災害に対する備え)」→「赤(強風被害)」→「青(水害)」と変化していることがわかります。
その後、NHKニュースでも報道されているように、沖縄では以下のようなできごとがありました。
気象庁は、7日から8日にかけて沖縄県に発表した特別警報を9日未明までにすべて解除しましたが、その後、雨が強まったとして改めて大雨の特別警報を発表しました。こうした対応について気象庁は「台風は遠ざかりつつあり、勢力もやや弱まったため、台風に伴う特別警報は解除したが、解除した段階ではその後の大雨を予想できていなかった」と説明しました。
「台風リアルタイム・ウォッチャー」に投稿された「減災リポート」は、こうした状況をよく再現しています。
さらに、台風中心はまだ遠くにあるにも関わらず、恐らく梅雨前線に対する刺激によって、新潟付近で豪雨による災害が発生していることも見て取れます。水害を示す青いアイコンが新潟に密集しています。トップダウンの台風情報のみからは、こうした災害を感知することはできません。
このように、今回の台風第8号について、私たちの試みはある程度の成功をみたといって良いと思います。ただし、例えば長野・南木曽町の土砂崩れの兆候や報告は、このマッシュアップに表示されていません。全国すべての場所に「ウェザーリポーター」がいるわけではありませんし、人口稠密(ちゅうみつ)地帯に偏っているかも知れません。恐らく、災害状況報告の数は人口密度に依存しています。この点をどう改善するかは、今後の課題です。
さて、私たちのチームはこれまでに「マスメディア報道の空白域をビッグデータで可視化する」試みを続けてきました。今回の台風第8号襲来にあわせて、何か有用なサービスを提供できないだろうかと考え、7月7日の夜中につくりはじめ、翌8日の朝に公開しました。公開時の私のツイートを以下に示します。
このツイートと、知人へのメール以外に積極的な宣伝はしておらず、サービスは、あくまで実験的に公開したものでしたが、7月8日〜10日の間に、約30万ページビューのアクセスがありました。アクセスログ(PDF版)をこちらに公開しています。新聞、ニュースサイトでも多数報道され、「NHK NEWS WEB」「TBS 報道特集」などのTV番組でも紹介されました。私たちはこうした大きな反響をまったく予測しておらず、驚かされました。
ユーザのかたがYouTubeに投稿された説明動画を以下に示します。プラグインのインストールからはじめて、使用方法を丁寧に説明してくださっています。他にもGIGAZINEの記事をはじめ、詳細な使い方がウェブ上で広まっていったことも、今回の試みにみられた特徴です。
このように多数のアクセスがあり、ユーザコミュニティが自然にできあがっていった理由はいくつかあると思います。台風襲来直前のタイミングであったことはもちろんですが、私は「コンテンツのデザイン」と「リアルタイムのアップデート」に鍵があると考えています。
「台風リアルタイム・ウォッチャー」には、アーカイブズ・シリーズや震災ビッグデータの可視化コンテンツに用いられてきたインターフェイス、システムデザインのノウハウが活かされています。私たちはこれまでの仕事を通じて「入り交じる情報をひと目でつかみやすく」×「大量のデータを軽快に」ユーザに提示するための手法を蓄積してきました。こうした手法をそのまま、今回使うことができたのです。
さらに、台風の状況の変化やタイムライン上の反応を見つつ、アップデートを施していきました。例えば30分ごとにデータを自動更新する仕組みを実装した流れを、このやりとりに見ることができます。
チームには、NHKスペシャル「震災ビッグデータ」の阿部博史ディレクターも参加しており、報道現場の視点から生まれたリクエストがどんどん届きました。台風アイコンのわかりやすいデザイン、台風中心位置に自動ズームする機能などは、阿部さんからの要望に応えて実装したものです。さらに、ウェザーニューズ社の宇野沢達也さん、中神武志さんともやり取りしながら、仕様を随時アップデートしていきました。
こうした、状況に応じて即時更新するスタンスは、「通行実績情報マッシュアップ」などの東日本大震災発生直後の取り組みで身についたものです。また、かつて首都大・渡邉研の学生たちが手がけた「計画停電MAP」のことも思い出しつつ、作業に取り組みました。つまり、いま手元にあるデータと人的リソースで何とかする、というやり方です。こうした活動のあり方は、災害など「リアルタイムのアップデート」が必要な局面の、少なくとも「初動」には有効かと思います。
反面、万が一制作者が倒れたらあとを継ぐものがいなくなるという難点もありますし、そもそも大量のアクセスが想定されるシステムを、個人ベースで運営することは難しいです。実際この一週間、私は半徹夜状態でした。「NHK NEWS WEB」出演時にも述べたように、個人のクリエイターの「初動」を受けて、自治体や大企業が本格的なシステムを運用していくような、社会的な枠組みが必要だと私は考えています。東日本大震災発生直後、「通行実績情報マッシュアップ」や「計画停電MAP」と同趣旨のサービスが、GoogleやYahoo!によって提供されていった経緯は、先行事例になると思います。
「台風リアルタイム・ウォッチャー」は、今夏〜秋に掛けて運営していきます。さっそく台風第9号のデータが反映されはじめました。日頃の備えにご活用いただければ幸いです。