手遅れ医者---救急外来のかかり方

先日、小児科外来に生後4ヶ月の赤ちゃんを連れたお母さんがやってきました。下痢が4日間続いているそう。しかし前日に区のやっている夜間診療所に行ったところ、「なんで来るのが遅いの。」と医者に言われたとのこと。お母さんは涙目でした。
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森戸やすみ

先日、小児科外来に生後4ヶ月の赤ちゃんを連れたお母さんがやってきました。下痢が4日間続いているそう。しかし前日に区のやっている夜間診療所に行ったところ、「なんで来るのが遅いの」と医者に言われたとのこと。お母さんは涙目でした。お子さんを診察すると特に異常所見はなく、脱水も起こしていないし、オムツかぶれもありません。「連れてくるのが遅かったでしょうか?」とオロオロするお母さんに、心配ないと説明すると同時に一体その医者が何を遅いと言ったのかと考えました。

1つはそのお母さんが思い込んだように、病状がもっと軽いうちに連れてくるべきだったのかということ。1日4回程度の下痢が昨日の時点では3日目。赤ちゃんは機嫌も活気もよく、母乳をいつもどおり飲めているとのことで、手遅れという状態では全くありません。このくらいの月齢のお子さんは便が緩いことが多く、本当に下痢なのか便の水分を吸収能力が未熟だから緩いのか判断するのは難しいですが、全身状態からして病気じゃなくて未熟性なのではないかと私は考えました。もちろん下痢止めは処方しません。

その時間外に診た医者はそれとも、もっと早くに受診したら緩い便を魔法のように"治す"ことができたとでも言うのだろうか?と疑問に思いました。仮にもっと軽症なうちに医療機関にかかるべき患者だったとしても、不安に震える母にそういうことを言うべきではありません。落語の"手遅れ医者"じゃあないんですから、医者自身の保身だと思われてもしかたがないでしょう。

もう1つの可能性は、その医者はどうして日中の外来ではなく、時間外になってから来たのかということを責めたのではないかということです。救急外来、時間外診療というのは、翌日の普通の外来までの急場をしのぐところなんです。本来は。受付時間内に行けなかったけれども、緊急性があるから受診するというところですね。だから一般的な医療機関では時間外にできる検査はとても限られているし、処方される薬も1日分だったり、1回分の頓用だけだったりします。数日前からの症状だったら、日中に行ったほうがいいはずなんです。私も研修医のときに当直をしていて「子どもの症状は1週間前からの咳です。日中は夫がいないから車を出してもらえなくて...。」と夜間に連日来られるとがっかりしたものでした。

というのも、医師に関しては労働基準法の労働時間はあってなきが如しだからです。私が研修医のときは朝8時からの採血から始まり、日中をハードに働き、そのまま時間外に来た患者さんのために夜通し働き(大学病院だったのでその間、病棟に入院中の患者さんも何かあれば診る)、翌日もまた朝の採血、回診、日中のルーチンワーク...という働き方をしていました。夕回診後の19時に帰れたとして、35時間労働ですね。

現在の研修医制度では多少、改善されているようですが、やっと患者さんが途切れて仮眠できると思った夜中に「ひどくはないんですけど日中に来ると混んでいるので...」なんて言われると理不尽を感じずにはいられませんでした。恐らく「なんで来るのが遅いの。」と言ったその医師は、日中を自分の医療機関で普通に働いて、当番制で夜にその外来診療をやり、翌日もいつもどおり働くのでしょう。私もその医者の気持ちはわかりますが、結局お母さんには何も伝わっていなかったのです。

最近の親御さんは多くが1人か2人しか子どもがいないし、少子化のため病気の子どもを見る機会もあまりないでしょう。だから、何が心配なサインで、どこまでは家で様子を見てもいいという判断が難しいのです。小児救急電話相談事業(#8000)や、日本小児科学会監修サイト(こどもの救急)があるので、ぜひ参考にしてもらいたいと思います。

前者は厚生労働省がやっている事業で、#8000に電話をかけるとお住まいの都道府県相談窓口に自動転送され、小児科医師・看護師からお子さんの症状に応じた適切な対処の仕方や受診する病院等のアドバイスを受けられるというものです。後者は日本小児科学会が行っているもので、夜間や休日などの診療時間外に病院を受診するかどうか、判断の目安を提供しています。

しかし、もっと行政が病気について教える機会を持ってくれるといいと私は思います。小児科医が減っているというのをご存知だと思いますが、いくら少子化とはいえ軽度の疾患で24時間診療をし続けたら、やはり小児科医の負担は大きいです。更に小児科医は減るでしょう。どういう症状になったら時間外でもやっている医療機関に連れて行った方がいい、それ以外は家で様子を見ていいと親御さん達が知っていれば、小児科医の燃え尽き症候群が予防できます。親御さん達は安心感を得ることができ、子ども達は急いでかかるほどでもない軽症で夜間に連れ出されることが減るでしょう。

そして、市区町村の多くは乳幼児医療費・小児医療費を負担しています。保護者の加入している保険会社が7割程度の医療費を持ち、残りの3割を市区町村が負担するため、保護者の実質的な金銭負担がないのが普通ですが、不要不急の受診が減るとその医療費が削減できるのです。保健所や市役所などで講演会、講習会を行うと、保護者・医師・市区町村全ての負担が減らせる一石三鳥となるんですが、いかがでしょうか。