今大会話題のブラジル代表のアカペラ国歌斉唱。元祖はチリ。

今や名物となったブラジル代表のアカペラ国歌斉唱。伴奏が終わってもなお歌い続ける観客、そして選手たちの姿に、度肝を抜かれた方もいるかもしれない。
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CUIABA, BRAZIL - JUNE 13: Chile line up and sing the National Anthem before the 2014 FIFA World Cup Brazil Group B match between Chile and Australia at Arena Pantanal on June 13, 2014 in Cuiaba, Brazil. (Photo by Clive Brunskill/Getty Images)
Clive Brunskill via Getty Images

今や名物となったブラジル代表のアカペラ国歌斉唱。伴奏が終わってもなお歌い続ける観客、そして選手たちの姿に、度肝を抜かれた方もいるかもしれない。ところが、この現象はブラジルだけに留まらなかった。どうやら、同じ南米からの出場国チリにも飛び火して、6月29日に行われた「ブラジル対チリ」では、スタジアム全体がオペラハウスと化した。 

2014年ワールドカップのチリ国歌斉唱

ブラジルの国歌斉唱については、一年前のコンフェデレーションズカップの時に、『国歌斉唱にみるブラジルの"本気度"』というコラムをフットボールチャンネルで書いている。また、ハフィントンポストでも、大会が始まる前に『ワールドカップといったら国歌斉唱だ!』と題して触れているので、参照していただきたい。

チリもまた、1分半で唐突に打ち切られる伴奏の後、客席と選手が国歌の続きを歌い続けるのである。中には感動のあまり泣きながら歌っている人もいる。そういえば、ブラジル代表のネイマールも毎回感動にむせび泣いている。偶然にもこの二カ国が対戦することになったのだから、胸が熱くならないはずがない。

◆「国歌を切るなんて失礼極まりない」 

実は、チリ代表はブラジル代表よりも前からアカペラによる「歌い続け」をやっていた。 ことの始まりは1998年のフランスW杯の大陸予選の時だった。当時チリ代表をけん引していたイバン・サモラノとマルセロ・サラスの『ササコンビ』。そのFWサラスが、毎回短く切られてしまう国歌斉唱に対し、「国歌を切るなんて失礼極まりない、けしからん」と発言をしたのだ。 

そのことがきっかけになり、ファンが率先して伴奏が終わっても歌い続けるようになったのである。それを受けて、本大会ではロングバージョンの国歌が使われた。当時のキャプテン・サモラノの熱唱をおぼえている人もいるかもしれない。もちろん、サラスも大満足だったという。 

1998年ワールドカップのチリ国歌斉唱 

時を経て、チリ国歌はふたたびショートバージョンの伴奏が使われるようになったわけだが、ブラジルの国歌斉唱が引き金になったのか、チリ代表も今大会アカペラを再開した。W杯が始まる前にチリサッカー協会は、『客席が歌い続けるので、国歌の時間を前もって調整してほしい』との要望を、運営側に出したそうだ。そのおかげで?両国国歌がかぶってしまうという事故は起きなかった。(もっとも、ブラジル戦においてチリの国歌斉唱は、後に歌うブラジルの客席から壮大なブーイングを受けていたのだが)

◆スペインからの独立を歌う国歌 

チリ国歌について、少しだけ触れておこう。この国歌は、宗主国スペインがナポレオンに侵略された19世紀初頭に起きたチリ独立戦争がモチーフになっている。自由への戦いで血を流した祖先たちを尊ぶ歌詞が付けられている。チリの第二戦はディフェンディング・チャンピオンであるスペインが相手だった。優勝候補を完封で破ったのは、勇敢な先祖たちの見えざる後押しがあったのかもしれない。 

チリ国歌はブラジル国歌に共通して、自由・独立に対する熱い思いと、神から授けられた大地への賛歌だ。伴奏が終わり、アカペラがはじまるのは、最後の二行「自由のために死にゆく者の墓となることを。迫害されし者の安らぎの地となることを」の繰り返し部分である。

 『チリ共和国国歌』

 チリよ 汝の青空は澄みわたり

 清らかなそよ風が薫るよ

 花に満ちた大地は エデンの園そのもの

 白き雪を頂く雄々しき山は

 神が与えし砦

 汝をを包み込む 静かなる海は

 輝ける未来を約束する

 優しき祖国よチリの祈りを 受け取り給え

 自由のために死にゆく者の 墓となることを

 迫害されし者の 安らぎの地となることを 

◆アカペラ国歌合戦 

日本時間の29日(日)早朝1時から行われた「ブラジル対チリ」。決戦の場になったのは、ベロ・オリゾンテにあるエスタジオ・ゴベルナドール・マガリャンイス・ピント。クルゼイロECとアトレチコ・ミネイロのホームスタジアムは、この日、圧倒的なカナリア色と、負けじと押し寄せたラ・ロハ(赤の意。チリ代表の愛称でもある)で埋め尽くされた。 

結果はブラジルの勝利。チリは激闘の末の延長戦、PK合戦まで進み、わずかの差で今ワールドカップを終えることになった。それでも、王者ブラジルをぎりぎりまで追い詰め、そして国歌斉唱でも勇士を見せたチリの選手、サポーターの姿は、世界に感動を与えたに違いない。間違いなく、今大会ベストゲームと呼べる一戦なので、録画を見る機会があるのなら、国歌斉唱から見直してみていただきたい。

2014年ワールドカップのブラジル国歌斉唱

(2014年6月28日「フットボールチャンネル」から一部転載)

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◆『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)いとうやまね著

スタジアム中にこだまする国歌斉唱。ネイマールが思わず涙するブラジル国歌、伊達男たちが情熱的に歌い上げるイタリア国歌、歌詞がないのに客席はハミングのスペイン国歌......。国歌にまつわる歴史やエピソードを満載。ワールドカップの必読書。

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◆「サッカー×国歌」

フットボールde国歌大合唱!』内で紹介してる各国国歌を、本を読みながら映像&音楽付きで楽しめる連動サイト。

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◆いとうやまね

ライターユニット(いとうみほ+山根誠司)。著書には、『フットボールde国歌大合唱!』『サッカー誰かに話したいちょっといい話』(東邦出版)、『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)、『蹴りたい言葉~サッカーファンに捧げる101人の名言』(電波実験社)、他がある。サッカー専門誌、フィギュアスケート専門誌のコラムニストとして、またサッカー専門TV 番組、海外サッカー実況中継のリサーチャーとしても活動。スポーツ以外の執筆も多数。