ネット選挙運動 誹謗中傷も「けっこうじゃないですか」

インターネット選挙運動の解禁によって、誹謗中傷から捏造、なりすまし、人気投票の懸念など取りざたされ、過保護なほどに心配されていますが、こういったことも選挙のうち。語弊はあるけれど「けっこうじゃないですか」と割り切ったらどうでしょう。
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「誹謗と中傷は選挙運動の華」とまではいいませんが、現実の選挙戦というのは、対立候補より抜きんでるための誹謗中傷合戦の側面はあります。政治学的に体よく言えば、政治選挙とは何も束縛のない言論の自由のもとで思想を戦わせ、相手の弱点を攻撃し支持を得る過程であるからです。

インターネット選挙運動の解禁によって、誹謗中傷から捏造、なりすまし、人気投票の懸念など取りざたされ、過保護なほどに心配されていますが、こういったことも選挙のうち。語弊はあるけれど「けっこうじゃないですか」と割り切ったらどうでしょう。

そもそも誹謗中傷から「怪文書」などの虚偽捏造は、これまで主として選挙関係者とその周辺、そして新聞記者たちに実質的に内在化され、広く有権者に伝わらなかった、伝えてこなかっただけのことです(注1)。しかし、候補者の政策や評判、マスコミが報じる下馬評だけではなく、むき出しで虚実混じりあった言論活動である選挙戦情報も、有権者として知る権利があると思います。ネット選挙運動によって新たな問題は起こるに決まっていますが、この件に関して総務省を責めることは筋違いでしょう(これまで解禁しなかったことは「不作為犯」かもしれませんが)。

過ぎてしまったことはしかたがないのですが、アメリカでは90年代のネット(正確にはウエブ)の黎明期から普及とともに、情報伝達媒体の一つとしてネットを使った選挙運動がごく自然に始まり今に至っています。理念だとか、制度設計とやらの議論もほとんどされていません。その必要もないし、なにより選挙運動も含めて言論活動を規制することは憲法違反だからです。

日本の場合は、一般的なネットだけではなくソーシャルメディアまでが社会に普及した時点で、いきなりネット選挙運動ですから、相応の混乱はあるでしょう。通過中の快速列車に飛び乗るようなものですから。でも、けがを承知、自己責任で最終列車に乗らざるを得ないのです。

「理念なき導入」だとか「制度設計が十分ではない」といった(新しいことに対して決まって現れてくる)お決まりの家父長的な議論がされていますが、理念は目的である「自由な言論」で十分だと思います。議論が尽くされていないに至っては論外ですが、制度設計が不十分だという主張に対しては、言論活動の一つである選挙運動を規制することは願い下げです(規制ではなく、運用の仕方が制度設計だという反論はあるでしょうが)。

もちろん候補者や政党の政策における理念、政策実現のための制度設計は必須です。でも、政治、特に選挙はそれだけではありません。冒頭に書いたように、選挙戦は政策や理念だけではなく、誹謗中傷合戦の側面もあります。政治的な言論の自由は、もちろん事実のでっち上げは許されませんが、最大限の自由が許されるべきです。

その理由は、政策論争では政策の実現性から整合性を徹底的に非難しなければならないし、さらに突き詰めれば、政策を実行する候補者・政治家の人格、性格、本当は何を考えているか、裏で何をやっているのかまで俎上に載せる必要があるからです。必要なことは、虚実織り交ぜたものであれ選挙情報を規制されずに有権者が自由に得ることができること、そして候補者に対して(たとえ誹謗中傷であろうと)自由に意見の発信ができるようになることだと思います。ミル(J.S. Mill)の理論を引っ張り出すと、真実と虚偽は言論で戦わせる必要があるからです。

もちろん、有権者側としては選挙運動の情報に対してリテラシーが求められるでしょう。それは、なにもネット選挙運動に限りません。

では、誹謗中傷はともかく虚偽捏造情報が個人のリテラシー能力を越えるような制御不能にまで広がった時はどうすればいいのでしょうか。

そのときこそ、人的資源と情報を一番握っているマスメディアの出番だと思います。前回のブログ(でも書きましたが、新聞社やテレビ局の役割は、「こんな情報がある、あんな情報がある」と中立を装うのではなく(そもそも中立なんてムリなんですから)、積極的に評価検証することです。あまりにも広がってしまった虚偽、なりすましについては、情報の正誤の判断についてマスメディアは積極的に介入なり裁定をしたらどうでしょうか。

誹謗中傷なんか心配しないで、野蛮な部分もあるでしょうが自由な言論の戦いをネット観戦、時には「参戦」したうえで投票できることを素直に喜びたいと思います。

★余談 今年4月の渡米後すぐに日本領事館で在外投票の手続きをしました。滞在3か月後から、つまり7月の参院選に投票できると信じていたら・・・実は3か月後にやっと領事館が日本の旧住所の役所に問い合わせをして、その返答を待って在外投票権が与えられるということらしいです。領事館と役所のやり取りに数か月ぐらいかかりそうで、参院選の在外投票は絶望的になりました。ネット時代なんだから、滞在3か月ですぐに在外選挙権が得られるよう、こちらの「制度設計」をしていただきたいものです。

注1 マスメディアではネット選挙運動の誹謗中傷が問題視されていますが、記者の多くは候補者をアホ呼ばわりしながら「あいつは、実はこう思っている」「んなこと言っているけど、ほんとうは裏ではこう」なんて言いながら、「でも書けねーんだよなー」と悪態の限りを尽くしています。しかし、マスメディアの記事やニュースになりえない「誹謗中傷」「罵詈雑言」は候補者の「実態」を反映することが多く、個人的には投票決定の要素になりうるという思い出があります。