NYタイムズ初の女性編集トップはなぜ〝クビ〟になったのか

米国のメディアウォッチャーは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。ニューヨーク・タイムズ初の女性編集トップ、編集主幹のジル・エイブラムソンさんの、突然の退任発表があったからだ。
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米国のメディアウォッチャーは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。ニューヨーク・タイムズ初の女性編集トップ、編集主幹のジル・エイブラムソンさんの、突然の退任発表があったからだ。

アーサー・サルツバーガー会長による社内向けの人事発表の場にエイブラムソンさんの姿はなく、各メディアの見出しは「解任」となっている。

デジタル化を推進し、ネット課金も軌道に乗っているこの時期に、エイブラムソンさんはなぜ、〝クビ〟になったのか。

●「気まぐれでぶっきらぼう」

人事は発表されたのは14日午後。サルツバーガー会長がまず幹部会で説明し、さらに編集局の全体会で改めて編集主幹を現編集局長のディーン・バケーさんに交代する、と発表したようだ。

交代の理由は「編集局の運営の問題」としか説明されていない。

タイムズのメディアコラムニスト、デビッド・カーさんの連名の署名記事では、こう表現している。

事情を知る社内関係者によると、彼女はサルツバーガー氏と深刻な緊張関係にあったという。多くの関係者が、サルツバーガー氏が彼女の(編集局)運営に懸念を持っていたという。彼女のスタイルは、気まぐれでぶっきらぼう、と評される。編集主幹就任以前にも、両者の間で対立があった上に、バケー氏とも衝突していた。

この記事によると、エイブラムソンさんは、ガーディアン米国版編集長として成功を収めたジャニン・ギブソンさんを、バケーさんと同格の「共同編集局長」に据えようとしたようだ。

ギブソンさんはピュリツアー賞を受賞したスノーデン事件報道で中心的役割を担ったことで知られ、この夏にはロンドンの本社への異動が決まっていた。

だが、この採用計画はバケーさんには相談がなかったことで、2人は対立。このトラブルが、その運営を疑問視していたサルツバーガーさんの知るところとなり、今月初めに解任を決断。バケーさんには先週、この交代を伝えたという。

私は真剣に耳を傾け、現場に出て、皆さんと一緒になって取り組む。

バケーさんは就任のあいさつで、そう述べたようだ。「上から目線で戦闘的」とウェブニュース「ポリティコ」のメディアブロガー、ディラン・バイヤーズさんが評するエイブラムソンさんのキャラクターとは、正反対でいく、という宣言のようだ。

エイブラムソンさんは、公式コメントでこう述べている。

タイムズでの在任期間は、すばらしいものだった。世界最高のジャーナリストたちと仕事をするチャンスにめぐまれ、数多くの堂々たるジャーナリズムを手がけることができた。

だがコメントでは解任のいきさつには一切触れていないし、今のところ、メディアの取材にも応じていない。

この人事は同日付で、すでに発行人欄の幹部リストにエイブラムソンさんの名前はない。後任の編集局長を含む新体制の人事には、なお数週間を要する、という。

●賃金格差をめぐる確執

この解任劇の背後の確執には、根深いものがありそうだ。

雑誌「ニューヨーカー」のベテランメディアライター、ケン・オーレッタさんは、賃金格差をめぐる確執を指摘している。

それによると、エイブラムソンさんは、給与額、年金受取額が前任の編集主幹、ビル・ケラーさんよりも低かったことから、「社のトップ」に掛け合った、という〝事件〟があったという。

ニューヨーク・タイムズには、過去に、性別による賃金格差が問題化した経緯があり、エイブラムソンさんの〝事件〟はしこりとして残った、とオーレッタさんは指摘する。

ただ、ポリティコのバイヤーズさんの記事にあるタイムズ側の説明では、給与額には差はなかったのだという。ただ、年金受取額については、タイムズ在籍期間と、給与額に基づいて算出することになっているのだ、と。

1997年にウォールストリート・ジャーナルから移籍してきたエイブラムソンさんと、1984年入社のケラーさんとは、そこに違いが出る、ということのようだ。

オーレッタさんは、2番目の伏線として、BBCから移籍してきた最高経営責任者、マーク・トンプソンさんと、エイブラムソンさんの確執を挙げている。

ネイティブ広告の導入など、ビジネス面での積極的な施策が目立つトンプソンさんと、エイブラムソンさんがうまくいっていなかった、との見立てだ。

そして、3番目の伏線にあげたのが、バケーさんとの対立だ。

●会長の長男からの提言

さらに、「『読者を開発せよ』とNYタイムズのサラブレッドが言う」で紹介したばかりの、デジタルファースト移行のための編集局改革レポートがある。

この解任劇の1週間前、編集局内にお披露目された大幅な組織改革案のとりまとめにあたったのが、解任を決断したサルツバーガー会長の長男、アーサー・グレッグ・サルツバーガーさんだった。

公共放送「NPR」のメディア記者、デビッド・フォルケンフリックさんは、この解任劇を読み解く連続ツイートの中で、このレポートが、タイムズのデジタル改革が不十分な現状を指摘した、と位置づけている。

確かに、このタイミングの一致は、背後に何かがあるようにも見える。

●女性トップの失脚

この解任劇は、「女性トップの失脚」という点でも議論を呼んでいる。

構図としては、サルツバーガー会長、トンプソンCEO、バケー編集局長という男性幹部と軋轢を生んでいた女性編集トップが、包囲網の中で解任、ということになる。

この解任の編集局説明会の現場の様子を伝えるニュースサイト「キャピタル・ニューヨーク」の記事によると、この場で女性幹部が不満の声を上げた、という。

ナショナルエディターのアリソン・ミッチェルさんは、初の女性編集トップであるエイブラムソンさんをロールモデル(目標)としてきたタイムズの女性ジャーナリストにとって、この解任は納得できない、と述べたようだ。編集局次長のスーザン・チラさんも、これに続いたという。

確かに2011年9月からのエイブラムソンさんの在任期間中、編集幹部の大幅なリストラや、ボストン・グローブなどの売却、マルチメディア特集「スノーフォール」のピュリツァー賞受賞、そしてネット課金の購読者約80万人、とタイムズは大きな課題を乗り越え、実績を残してきた。

また、最近でもモバイルアプリ「NYT Now」、追加課金サービス「タイムズプレミア」、データジャーナリズムの新サイト「アップショット」などの新規施策が相次いで公開されている。

これといった〝失策〟がない中での解任は、女性登用への逆風につながる、との懸念が出てくるのも無理からぬことだ。

●編集局長の移籍説

一方で、バケー編集局長をめぐっては、ブルームバーグが引き抜きに動いた、とのニュースをハフィントン・ポストが6日に報じていた。

サルツバーガー会長としては、エイブラムソンさんか、バケーさんか、という選択を迫られる状況にあったのかもしれない。

アフリカ系では初の編集主幹となるバケーさんの横顔については、伝記「スティーブ・ジョブズ」の著者として知られるウォルター・アイザックソンさんが、タイムに記事を寄せている。

いろいろ考えさせる〝事件〟ではある。

(2014年5月15日「新聞紙学的」より転載)