何故「成長戦略」の中身が見えて来ないのか?

農業に限らず、日本にはまだまだ多くの産業が税に寄生する事で生き延びている事と思う。日本経済の成長達成のためには、監督官庁の対策も含め一つ一つ丁寧に対応していくしかない。何れにしてもオリンピック招致が無事決まった事でもあり、安倍政権は一度「成長戦略」について最初から考えてみるべきと思う。
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日経新聞の伝えるところでは、成長戦略の手詰まり映す「経済政策パッケージ」との事である。「2020年夏季五輪の東京開催を勝ち取り、アベノミクスの「第4の矢」だと勢いに乗る首相の安倍晋三。そのカゲで実は手詰まり感が漂うのが「第3の矢」となるべき経済産業省主導の成長戦略だ。安倍が14年4月から消費税率を8%に引き上げる決断に向かう大詰めで、政権内部では不協和音も目立ってきた」

アベノミクス「第1の矢」の財政出動と「第2の矢」の金融緩和効果で日本経済は着実な成長を開始し、その結果失業率も低下傾向にある。野村證券金融経済研究所 経済調査部は 2013年度実質GDP成長率を+2.5%と予測し、一方日経新聞は、失業率は3.8%を伝えている。安倍首相が東京オリンピックをアベノミクスの「第4の矢」だと胸を張るのも決して間違ってはいない。私自身も、東京オリンピック開催をどうやって経済成長に結びつけるか?で、同じ主張をしている。

とはいえ、アベノミクスの本丸は飽く迄「第3の矢」の「成長戦略」である事は間違いない。アベノミクス「第1の矢」の財政出動と「第2の矢」の金融緩和は飽く迄「第3の矢」が目的とする「成長戦略」を達成するための環境整備であり、「第4の矢」の東京オリンピックを利用しての経済成長は臨時ボーナスとでも理解すべきと考える。それでは、何故「成長戦略」の中身が見えて来ないのか? である。

■経済産業省主導の「成長戦略」というのがそもそも問題ではないのか?

冒頭参照した日経の記事には「成長戦略」は経済産業省が主導すると記載されている。確かに第二次世界大戦によって灰塵に帰した日本の製造業の復興に際し経済産業省は一定の役割を果たしたと思う。日本の再生に必要な「製鉄」や「石油化学」にターゲットを絞り、必要な技術は進んだ欧米から取り入れ、資金は銀行が国民から集めた預貯金を傾斜投入した。その結果、便利の良い臨海工業地帯に最新鋭の一貫製鉄所や石油化学コンビナートが完成した。集団就職で多くの若者が地方の農村から大都市に移動し、旺盛な工業地帯の労働需要を満たした。そして、そこから生産される高性能な超高強度鋼板や廉価で汎用性の高いプラスチック製品がその後の自動車や家電産業台頭のベースになった事は間違いない。

問題は半世紀以上も前の成功体験が2013年の日本に通用するのか? という疑問である。スマートフォンが人気の売れ筋商品であるからといって、海外から必要な技術を導入して日本で生産して巧く行くとはとても思えない。第一に、こういった商品はサイクルが早く、市場に投入出来た頃にはブームが去っているだろう。第二に、売れる要因は技術だけでなく、デザインやブランディングも含めた総合的なマーケティング能力によるものだ。最後は、勝ち組のアップルや三星電子も実際の生産は中国に委託している。戦後の製造業復活を下支えしたのは経済産業省主導の資金の特定産業への傾斜配分であるが、今資金は余っていて、寧ろ国内で投資機会が少ないのが問題となっている。これが、対外純資産296兆円世界一の債権国日本の背景である。この状況では、経済産業省が「成長戦略」立案を命じられても、まるでダルマの様に手も足も出ないのでは? と思う。

■官僚に「成長戦略」の立案は可能なのか?

日本の様な成熟した先進国においては経済の主役は飽く迄民間企業であり、政府や役所に出来る事は極めて限定的である。一方、経済を構成する主役は「市場」である。製品であれ、サービスであれ「市場」の評価を得る事が出来なければ企業は疲弊しやがて破綻してしまう。一方、企業に勤務する従業員も「労働市場」に絶えず値踏みされざるを得ない。勤め先が不幸にして破綻した場合、市場価値が高ければ良い条件での転職が可能である。しかしながら、低ければ大幅な年収ダウンを受け入れての転職を余儀なくされる。最悪の場合は職が見つからず失業者への転落も覚悟せざるを得ない。企業も従業員も「市場」を理解せねば話にならないという事である。

それに対し、官僚は一体どの様な教育を受け、如何なる市場との拘わり合いを過去に経験したのだろうか? 実に気になるところである。飽く迄個人的な推測であるが、先ず中高一貫の名門校に進学する。アルバイトは禁止で結果「市場」との接点を持つことは叶わない。東大か東大に雁行する名門大学に進学し、図書館と自宅を往復する生活を続け、中々合格出来ない事で有名な上級公務員試験に合格すれば目出度くキャリアー官僚の身分を手に入れる事になる。後は、余り突飛な冒険は行わず、波風を立てずに組織の中で旨く立ち回ればそれなりに出世し、一定の年齢になれば天下りして悠々自適の余生を楽しむというのが官僚のキャリアパスではないのか? 官僚とは畢竟リスクをとことん回避し、「市場」との拘わり、関与を絶ち、石橋を叩きながら渡って行く人達である。一方、「成長戦略」とは? 本来「市場」でリスクを取り、果敢にチャレンジする事に他ならない。これが、官僚に「成長戦略」立案を丸投げする事に疑問を感じる所以である。

■日本の失われた20年というのは本当なのか?

日本の失われた20年というのは実は嘘という話が、このForbes.の記事が公表されてから私の回りで結構話題になった。経済の駆動力の元である民間企業になにか根本的な問題があり、その結果、日本が低成長を余儀なくされていたという事であれば、官僚主導で問題解決をすれば日本経済は再び成長路線に回帰するはずである。しかしながら、どうも原因はそんな単純なものではない様である。実は私はこのForbes.記事以前から同じ疑問を持っていた。友人の紹介で白川日銀前総裁による昨年一月のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでの講演内容を読んだからである。強く印象付けられたのは(2000-2010年)の就業者当たりの成長率は先進国で一番高く、総合と一人当たりが逆に一番低いという点である。日本の、現役世代は先進国で一番頑張っている訳である。

総合で日本が低いのは人口の推移(1980~2011年)を見れば明らかであろう。日本が30年間横ばいなのに対し、アメリカは1.5倍に増えている。アメリカのGDPが増加する一方、日本が横ばいに留まるのは致し方ない。一方、日米の人口動態統計を見れば明らかな様に、日本の一人当りが低いのはアメリカでは引退する人数と学校を卒業して新たに職を得る人数が拮抗しているのに対し、日本では少子高齢化の影響で引退して働かない人数の方が多いからである。少子高齢化を伴う人口の横ばいが失われた20年の正体という事になる。

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■実効性のある「成長戦略」とは?

ここまで説明すれば経済産業省が産業政策を立案してどうにかなる問題ではない事を理解戴けたと思う。日本はこれから少子高齢化を伴う人口減少時代を迎える。従って、構造改革も含め国全体で取り組まねば話は一向に進まない。実行性のある施策を一つ一つ丁寧に実行して行くしかない。日本を「知財立国」にして現役世代の生産性を上げるという施策はどうだろうか? 成果を上げるためには、現在総花的に配布されている補助金を研究大学トップ20に集約する様な荒療治も必要である。日本の大相撲がモンゴル人力士で維持されている様に、日本は世界に門戸を開いて広く研究者を求める様な施策も必要となる。「おもてなし」は何もオリンピックまで7年間封印する必要はない。来年からでも優秀な研究者を世界から招聘すべきだ。そのためには、どうやったら来て貰えるか知恵を絞らねばならない。

労働人口が減り続ける日本で、若者を長期に大学で遊ばす事は人的資源の浪費と割り切る時期に来ている。ユニクロの大学一年生採用内定の新システムは、広く日本企業に取り入れられるべきと考える。日本経済に取って労働戦力の補強という意義に留まらず、人生の早い時期から「市場」に触れさす事で商売感覚を身に付け、生産性の高い人材に育つと思うからである。

遊んでいる人間に働いて貰う事も大事である。雇用調整助成金は国が企業に不要な社員の雇用継続を依頼し、その費用を負担するというものである。一時的な痛みは生じるであろうが直ちに廃止すべきである。歴史のある大企業では、業績悪化に悩む家電業界などは流石に追い出し部屋の様な荒療治を始めたが、まだまだ体面を気にして不要な社員を抱え込んでいる企業が殆どと聞いている。雇用調整への規制を緩和して、企業が不要となった従業員の解雇を容易にすべきである。企業の負担が減り業績が回復すれば新規雇用に向かう事になる。解雇される社員には気の毒であるが、企業が不要と認識している社員は現在社員であっても仕事のないケースが多く、無理に仕事を作っている場合も多い様に思う。それでは、何の事はない、遊んでいるのと同じ事である。解雇はその瞬間は確かに辛いかも知れないが、それによって以前より遣り甲斐があり、生産性を伴う仕事に向かうチャンスをつかむ事も可能である。

■生産性の低い仕事から高い仕事に移動する事が必要

生産性が低過ぎる国内農業に一日も早くメスを入れるべきである事は、日本は何故TPPに加盟すべきなのか?で説明した通りである。今朝の朝日新聞が伝えるところでは、「日本の農業収入、半分が政府支援」OECDが指摘との事である。「日本の農家の農業収入の半分強が政府支援で成り立っていると、経済協力開発機構(OECD)が18日発表した報告書で指摘した。生産効率を下げているとして、コメの生産調整(減反)の廃止を勧めている」こんな事をOECDから指摘されるというのは本当に恥ずかしい話と思う。こういった勧告に何時までも木で鼻を括るが如き対応を続ければ、何れ日本は世界から孤立してしまう。断っておくが私は国内農業に対し個人的な悪意があるわけではない。補助金によって本来整理統合すべき産業を、まるでゾンビの様に延命さす事は税の無駄使いのみならず、現役世代を生産性の低い職場に縛り付ける結果となるので二重の罪悪であると指摘しているのである。農業に限らず、日本にはまだまだ多くの産業が税に寄生する事で生き延びている事と思う。日本経済の成長達成のためには、監督官庁の対策も含め一つ一つ丁寧に対応していくしかない。何れにしてもオリンピック招致が無事決まった事でもあり、安倍政権は一度「成長戦略」について最初から考えてみるべきと思う。