今年3月15日、「横浜マラソン2015」が開催された。2万3千人あまりが参加、沿道には62万人の応援者が繰り出した。そこで想定外のハプニングが発生した。
横浜マラソン組織委員会では、大会後、日本陸連に公認コースの申請をする予定だったが、フルマラソンのコースで186.2メートル、10キロのコースで94.1メートル距離が不足していたのだ。
同大会は今年が初めての開催であり、事前受付や沿道の給水・給食所、仮設トイレの運営など、多くの大会関係者やボランティアの準備は本当に大変だったと思う。それだけにマラソン競技として距離不足という重大なミスは悔やまれる。
今大会でもサブ4(4時間以内完走)や自己ベストを目指す市民ランナーが大勢いたはずだが、そのようなランナーの悔しさは、いかばかりだろう。
マラソンの距離が現在の42.195キロになったのは、1924年のパリ・オリンピックからだ。マラソンのような道路競争の距離は、測定誤差許容範囲を全長の0.1%以下(マラソンは42メートル)、コースの長さは種目の公式距離より短くてはいけないと規定されている(日本陸連競技規則第240条)。
この距離に決まった由来には色々逸話があり、端数のある距離に特別なこだわりを感じる人も多いだろう。
近年、大規模な市民マラソン大会が増えているが、その背景には市民参加型のイベントがもたらす地域活性化への期待がある。
横浜マラソンも参加ランナーや横浜市民、多くの観光客を巻き込む一大イベントとして企画されたものだ。給水・給食所では、様々なパフォーマンスが繰り広げられ、沿道の応援も趣向を凝らしたものが多かった。私もランナーのひとりとして大いに楽しんだ。
このような大規模な市民マラソン大会には、エンターテイメント性および競技性の二面性がある。最近では、エンターテイメント性を重視した競技性にこだわらない"マラソン大会"も増えている。
ランニングを楽しむことは結構なことだが、走りスマホや道幅いっぱいに広がって走るグループラン、ランニングに不適切な靴や衣装など、競技として支障が生じる懸念があることも事実だ。全国各地で盛んになる市民マラソンは、エンターテイメント性と競技性をいかに両立させるかが課題だ。
「マラソンは42.195キロのコースに人生を描くようなものだ」と言われることもあり、競技を通して起こる様々な人間ドラマは、市民マラソンの大きな魅力のひとつだ。しかし、それも一定のルールによる競技性に基づくイベントだからではないか。
来年以降、「横浜マラソン」が競技性を踏まえた上で、どのように地域の活性化につながってゆくのか、その目指すゴールに大いに注目したい。
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(2015年4月21日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
社会研究部 主任研究員