2020年の東京オリンピック・パラリンピックを実現させた招致委員会チーム。このチームを現場のリーダーとして引っ張ったのがミズノ前会長で招致委員会副理事長の水野正人さんです。招致委員会のメンバーは東京都庁や民間企業から出向のかたちで招集された方々の混成チームで総勢約130人。仕事のやり方も考えも異なるメンバーをまとめていくには、様々な工夫が必要でした。
水野さんはいかにこのチームとして1つにまとめ上げて、東京招致という成果を生み出したのでしょうか。今回、教育学者でベストチーム・オブ・ザ・イヤー実行委員会 委員長の齋藤孝教授が水野さんの方法を分析しつつ、その秘密に迫りました。後編はチームの動かし方と本当に伝わるプレゼンテーションの方法に迫ります。
■和の助け合い精神は本当に過去のものなのか?
齋藤:ご縁という言葉でいえば、最近、チームとしてやっていく際に、昭和的な一体感、つまり、和の助け合い精神のようなものが薄れていると思うのですが、これは日本にとっては大きな損失だと思うのです。私は日本型のチームワークがあると思うのですが、欧米のそれと比べて、その違いを感じるときはありますか。
水野:私もアメリカ人の友達がたくさんいますが、その中には日本人よりも日本人らしい人がいます。その一方で、日本でもアメリカ人よりもドライな人がいる。要するに、人次第だということです。
もちろん風習や風土がありますから一概にそうとは言い切れませんが、レッテルを貼って決めてしまうのもどうかと思います。アメリカでも日本的経営をしているところがありますし、日本でもドライな会社もありますから。それは経営のスタイルだから一杯あってもいいものだと思いますね。
齋藤:なるほど。日本では割と人間関係で年齢が重視されるところがありますね。ちょっと上の人は言いにくい。役職だけでなく、年齢も含めてちょっとした遠慮や垣根があると思うですが、チームでそうした側面が強いとやりづらいことはありませんか。
水野:スポーツに置き換えるとわかりやすいですね。俺はおまえよりも先輩で歳をとっているから、俺に打たせろと言っても、ヒットを打てなければバッターボックスには立てません。スポーツの世界は実力があるものが認められることを理解しているのです。
私たちもチームをつくるときは、どれだけ能力を持っているかで集めたわけです。それでポジションニングをして大きな間違いはなかったと思いますね。
■成果を上げるにはタテよりヨコの連携
(水野正人 招致委員会副理事長・専務理事。1943年生まれ。甲南大学経済学部卒、米ウィスコンシン州カーセージカレッジ理学部卒。70年ミズノ入社。88年よりミズノ社長、会長を歴任。2011年より現職。)
齋藤:日本の会社だと年功序列で、ある程度給料も決められます。それはそれで安定感をもたらすのですが、若い人が求めているのは給料だけではなく、自分が組織の中で重要な役割を担っているという意識だと思うのです。
若手だからと軽い仕事しか任されないと、組織への思いは減少していきますから、若手でもデキそうな人間には重要な仕事をどんどん割り振っていくことが給料と関係なく、それが充実感になると思いますね。
水野:私もそう思います。サッカーで1軍、2軍のチームがあったとして、公式戦には1軍が出ますね。2軍は出ないからモチベーションは下がってしまう。
2軍のモチベーションをいかに上げるのかは、チーム全体として重要なことですから、練習試合などを通して、どこかで活躍の場をつくらなければなりません。
例えば、京大アメフト部では1、2回生は勉強しなければいけないから雑用をしなくてよくて、3、4回生がごはんの用意などの雑用をしているといいます。
齋藤:日本の体育会系では画期的なシステムですね(笑)。
水野:なぜ京大はノーベル賞受賞者が多いのかと言うと、学際で研究できるからです。つまり、学部同士のヨコの連携がすごくある。そこでいろんな研究を一緒にやるから、ノーベル賞も多いのでしょう。成果を上げるにはタテ割よりヨコの連携が重要なのです。
■男女をミックスしたほうがアイデアは出やすい
齋藤:成果を上げるチームをつくるためには、男女という区別も取っ払ったほうがいいのでしょうね。
水野:我々のチームも素晴らしい能力をもった女性たちがいて、活躍してくれました。
齋藤:私の研究では、男女が混ざったほうが良いアイデアが出やすい傾向があります。男だけのグループだともう一つなんですね。意識的に女性を登用しないとバランスが悪くなるように思いますね。
水野:そうですね、私の経験から見ても、女性のほうが男性より強いですよ。子供を生んで育てますから、忍耐力や順応性は女性のほうが圧倒的に強い。その点、男性は弱いですが、一方で、あるプロジェクトを振ったりすると目が少年のように輝いて、活き活きします。男性は純粋ですね。
■「自己実現」よりも「他者実現」が大事
(齋藤孝 明治大学教授。1960年生まれ。東京大学法学部卒。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。「齋藤メソッド」という独自の教育法を実践。著書に『声に出して読みたい日本語』『雑談力が上がる話し方』『人はチームで磨かれる』など多数)
齋藤:良いアイデアを出すために男女をミックスしたり、役職、年齢に関係なくブレーンストーミングのように相手の意見を否定せずにどんどんアイデアを出していくことは、これからますます大事になってくると思います。
水野:そうですね。何が人を説得するのかということを突き詰めることが大事であって、それが本質なのです。招致の場合もIOCをいかに説得するかが大事でした。
齋藤:発想としては招致もビジネスに近いですね。自分の売りたいものを売るのではなく、相手が今何を欲しいのかということですね。ドラッカー流に言えば、誰が顧客なのか。求められているものに応えること、「自己実現」よりも「他者実現」が大事なのですね。
水野:IOCがオリンピック開催都市に何を求めているかで、私たちが訴えかけるべき言葉も決まってくるのです。
■プレゼンではキーワードを3つに絞る
齋藤:人を説得するにはキーワードを3つにすることが、効果的だと考えています。今回の招致のプレゼンを見ていてもそう感じました。
水野:我々も「Delivery」「Celebration」「Innovation」の3つをキーワードに掲げました。
Deliveryは安心して任せて下さい、しっかりした運営をやります。Celebrationはエキサイティングな都市の中心で祝祭感あふれる大会を開催します。Innovationは日本の最も得意な分野であり、日本の技術と革新性によって世界中のスポーツに恩恵をもたらしますとアピールしたのです。
齋藤:今回のプレゼンではリレーでやっていくなかで、キーワードが3つずつ出てきながら、言葉の概念の連動が良かったように思います。
水野:我々のプレゼンは、「言葉は短く」「やさしく」「わかりやすく」を心がけました。そのほうが我々も言いやすいですから。短くてインパクトがあって、みんながわかりやすいほうがいいわけです。
■英語はペラペラと早くしゃべらなくてもいい
齋藤:みなさんの英語のスピーチを聞いていて、これは日本人にとって教育的な効果があると思いました。日本人はよく英語コンプレックスがあると言われますが、それは英語をペラペラ話そうとするからで、本当はゆっくり話してこそ伝わるものだと感じました。
水野:なるほど、その見方は面白いですね。気がつかなかった。
齋藤:日本人は英語がうまい人のことをペラペラと話すと言いますが、相手に伝えるにはゆっくり話したほうがいい。ペラペラしゃべろうとするから、かえって何を言っているのかわからなくなるのです。
水野:日本語だってゆっくりしゃべったほうがわかりやすいですからね。
齋藤:今回のプレゼンは、プレゼンの教科書にもなるし、英語の教科書にもなると思うのです。つまり、相手の心を動かすにはゆっくりしゃべることが大事だということです。
水野:最終のプレゼンは「サプライズ」と「エモーション」をキーワードにしました。「えっ」と「感動した」の二つの要素をスピーチに織り込まなければならない。スピーチする順番も通常なら偉い方から始めるのですが、そうはしなかった。オーダー(順番)もサプライズにしたのです。
■プレゼンの基本はシンプルであること
齋藤:スピーチは徹底的に練習して、感情表現を大きくするよう努力したのでしょうか。
水野:要はどんなやり方でも伝わるかどうかということなのです。もしナチュラルな表現でも聴衆が感動してくれたらいい。
私は昔、訥弁(とつべん)の方の話を聞いたことがありますが、ものすごく感動しました。話を聞いていると、ゆっくりだから次の言葉を想像できるのですが、本人はそれがなかなか出てこない。それでも一所懸命しゃべろうとする。
でも、ずっと聞いていると、話本来の本質が見えてくるのです。必ずしもスラスラしゃべったり、見振りが大きくなくてもいいわけです。その人の本質に感動することが大事なのではないでしょうか。
齋藤:会社でのプレゼンでもペラペラしゃべる必要性はない。はっきりと伝えるべきことを絞り込むことが大切なのでしょうね。
水野:伝えるべきことを伝えるのがプレゼンの基本でしょうね。そのためにはシンプルにすべきなのです。話を複雑にしたら、本来わかることもわからなくなりますね。
齋藤:例えば、社内で意識を共有していくときでも、十カ条を掲げるよりも、三つに絞ったほうが覚えやすいですし、意識も統一しやすいはずです。
■全員で身体を動かすことでチーム力は高まり、成果が生まれる
水野:プレゼンでは日本人がもつ概念と世界に通用する概念には多少違いがあります。日本では両手をきちんとそろえてしゃべりますが、アメリカではポケットに手を入れて歩き回りながらしゃべる。私は何かを伝えるときには、じっと突っ立っているよりは、身体を動かすほうがいいと考えています。
齋藤:私は身体を動かしてから、スピーチすることを学生にも勧めています。
水野:我々もやっていましたね。プレゼンの前にみんなで集まって、ちゃんと運動するのです。口を動かして、声も出す。ジャンプして気持ちを高めました。
齋藤:みんなで身体を動かすとチーム力も高まりますね。
水野:私の祖父(ミズノ創業者の水野利八氏)も人に会う直前に、顔をゴシゴシとこすったといいます。顔の筋肉がゆるみ、顔も血色もよくなるし、おしゃべりもスムーズになるからです。
齋藤:今回の招致活動では、我々も学ぶべきものがたくさんありました。2020年の東京オリンピック開催まであと7年、これから盛り上がっていくのでしょうね。
水野:日本にとっては、オリンピックが終わったときが、本当のスタートです。みんなで大切なものを共有していい社会になってほしい。それがオリンピック開催の本当の目的なのですから。
(執筆・校正:國貞文隆/撮影:谷川真紀子/編集:藤村能光)
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