ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井社長が、新聞インタビューに答える形で「世界同一賃金」を導入すると明言した事は日本社会に大きな衝撃をもたらした。
現役世代の会社員はいよいよ来るべきものが来たかと身構えたに違いない。豊かな明日のため、家族の将来のために低賃金で歯を食いしばって働くハングリーな発展途上国の若者との競合に晒されている自分自身の境遇を見せつけられたからである。そして、音を立てて崩れていく、終身雇用、年功序列といった日本型雇用システムの終焉を予感したに違いない。
しかしながらその後一か月半が経過した今は、まるで何事もなかったかの様に日本社会は平静を取り戻し、会社員は以前と変わらぬ生活を続けている。
所詮、柳井社長という個性の強い一経営者の過激な発言に過ぎなかったという事なのか?
私はそうは思わない。日本が今世紀も繁栄の継続を望むのであれば「通商」と海外への「投資」をこれまで以上に促進せねばならない。
一方、世界経済は「グローバル化」と称される労働市場を含んだ「一元化」を加速する。そして、日本企業も生き残りを賭け「グローバル企業」に変身せざるを得ない。
日本のTPP参加や主要国とのFTA締結がこの動きを加速する事はいうまでもない。日本は、「政府」、「企業」そして「国民」がこういった状況を理解し、覚悟を決め、未来に向かって力強い一歩を踏み出すタイミングに来ている訳である。
とはいえ、勤め先が「グローバル企業」に変化する事の必然性は理解出来たとしても、「世界同一賃金」は勘弁して欲しいと考えているとか、「グローバル人材」ではない自分の居場所が何れなくなるのではと、将来に漠然とした不安を感じている人間が多いのも事実である。
それでは、一体如何なる理由、経緯で日本人がかかる状況に追い込まれる事になったのであろうか?或いは、対処を間違えなければこの状況は回避出来たのであろうか?間違いなく1989年のベルリンの壁の崩壊が、我々が現在直面する「グローバル化」の発端であったと思う。
これにより、それ以前は手つかずであった若くて廉価な社会主義、共産主義陣営の労働力が世界の労働市場で使用可能となった。更には、ベルリンの壁と共に東西対立の構図が崩れ去り、発展途上国の労働力が世界市場に流入した。
この結果、日本の製造業は割安な労働力を求めアジアの発展途上国に殺到する事になり、強固なサプライチェーンを構築する事に成功した。一方、副作用は安い労働力を活用出来る様になった事で製品価格が下がり、結果デフレが進行した事。今一つは国内での雇用の喪失である。
私は1989年のベルリンの壁崩壊時は総合商社に勤務しており、駐在先の中東で友人のドイツ大使館に勤務するコマーシャルアタッシュと東西ドイツ統合を祝し乾杯した。その時は、私もドイツ人の友人も廉価な労働力の副作用としての「デフレ」等頭の片隅にもなく、明るい未来以外の何も想像出来なかった。
翌年の1990年に帰国しベトナムを含むアジア市場を担当した。直ぐに市場調査のため現地を訪問したが、一番印象深かったのはベトナム、ホーチミン近郊にあった縫製工場の見学だった。僅か20ドルの月給のために20才前後の目をキラキラ輝かせた女性達が本当に真剣に仕事をしていた。日本から縫製という仕事は消え去ると直感したのは事実である。
当時でも20ドルという月給は安過ぎるのでは?という疑問をもたれる方も多い事と思う。ちなみに、最近縫製工場が多数入居したビルが崩落し1,000人以上が犠牲になるという痛ましい事故があったバングラディッシュの最低月額賃金は今尚38ドルである。
これが、この国が世界のアパレル産業を引きつけている背景なのだ。そして、バングラディッシュが一定の成功を収め、その結果人件費が高騰すれば、更に貧しい国が取って代る事になる。この連鎖は今世紀中継続するはずである。余程の事、つまりは大きな戦争でもない限り21世紀はデフレの時代となる。
その結果、日本の現役世代の賃金は、徐々にではあるがこういった発展途上国の賃金に鞘寄せされる。当事者に取っては好ましい事ではないに決まっている。しかしながら、ベトナムやバングラディッシュの労働者が豊かになるのを邪魔する権利は日本人にはない。
21世紀は貧しい国の労働者であっても努力すれば応分に豊かになれる時代である。一方、日本の様な既に豊かになった国では現役世代は絶えざる賃下げ圧力と失業の不安に身を置かざるを得ない厳しい時代である。
グローバル企業としての必然である「世界同一賃金」の導入を明言したファーストリテイリングの柳井社長を批判したとしても余り実りある結果に至るとは思えない。状況を真摯に受け入れ、生き残りのために何をなすべきかを考え、勇気を持って一歩を踏み出す事こそが必要と思う。