生活保護女性への「セクハラ」 実は氷山の一角 背景にある行政の"絶対権力"

生活保護と女性へのセクハラ。これは、生活困窮にあえぐ人たちからの相談を受ける支援者が、時々、耳にする話だ。私の取材経験から言っても、今回の事件は「氷山の一角」に過ぎないと断言できる。
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「やれやれ、またもこんなニュースが・・・」。

日頃、生活困窮者の支援活動を行っている人のなかには、このニュースを知って、ため息をついた人が多かっただろう。

私もその一人だ。

生活保護女性にセクハラ、男性職員を免職

茨城県古河市は28日、生活保護受給者の女性にセクハラ行為をしたとして、職員課の30歳代の男性職員を同日付で懲戒免職にしたと発表した。  発表によると、職員は生活保護課に所属していた2012年4月~13年11月、ケースワーカーとして担当した市内の生活保護受給者宅を訪問した際などに、複数の女性にセクハラ行為をしていた。市は女性たちのプライバシー保護などを理由に、具体的な人数や内容を明らかにしていない。  昨年11月、受給者の女性から苦情が寄せられ、市が調査を実施。職員と女性たちへの聞き取り内容が一致したことなどから、セクハラと認定し、今年2月に職員を異動させた。  職員は「私なりのコミュニケーションの取り方だった」などと話しているという。 (2014年3月29日11時47分 読売新聞)

出典:ヨミウリ・オンライン

生活保護と女性へのセクハラ。

これは、生活困窮にあえぐ人たちからの相談を受ける支援者が、時々、耳にする話だ。

私の取材経験から言っても、今回の事件は「氷山の一角」に過ぎないと断言できる。

実際には、生活保護を受けている女性(多くはシングルマザー)と、ケースワーカーと呼ばれる区役所などの生活保護の担当職員の間でこの問題が起きがちだ。

とても古い話で恐縮だが、1987年、私はテレビ記者として札幌で起きた母親餓死事件をきっかけに生活保護の問題を取材するようになった。

●札幌母親餓死事件。

3人の子どもを抱えた39歳のシングルマザー(その頃は、この言葉は一般的でなく、母子家庭の母親、と表現していた)がパートの掛け持ち労働などの末に体調を崩し、生活困窮に陥った。

区役所を訪れて生活保護を助けを求めたが、「まだ若いから働けるだろう」などと言われて申請することもできず、その後、餓死した姿で発見されたのだ。

この事件をきっかけに、生活保護を受けたことがある人や生活保護を受けようとした人たちの「声」をテレビで呼びかけて取材したところ、本当に生活に困った状況で役所の生活保護担当の窓口に行っても、ひどい言葉で追い返された、という体験談が多数集まった。

生活保護の世話になりたくはないが、他に頼るべきものがないために決死の覚悟で役所を訪れた人たち。

そういう人たちに「申請書」を渡さず、「あなたには生活保護は無理」と口頭で言って事実上「追い返す」行政の対応。

それは近年、弁護士や司法書士などの運動の甲斐もあった「水際作戦」として社会問題化している。

1987年当時はこの言葉もなく、支援する団体や弁護士らも数少なく、そうした実態が私の元に集中する形になった。

生活保護を求めて役所に行くと、申請の前に、法律には定めのない「相談」という非公式なプロセスが行われる。

その「相談」は相談室という「密室」で行われる。

そこでのやりとりは、隠し録音でもしない限り、正確なやりとりは外に出てこない。

●生活保護を「申請」するまでのセクハラ

生活に困窮する女性と男性の職員(女性職員が多くなったのは比較的最近のこと)が密室で、向き合う。

シングルマザーなどの女性に対して、区役所などの担当職員が投げつけた言葉は、今の感覚ならば明らかにセクハラと言えるものばかりだ。

■「そんなに生活に困っているんだったら、生活保護など求めなくても金を稼ぐ手段はあるだろう? 実は売れるものがあるだろう?」

■「ソープランドに行けばいいじゃないか。あなたなら結構きれいだから十分にいけるよ」

■「子どものために生きるためになんでもするという姿勢を見せてくれないと。本当に切羽詰まって何でもするというなら、あなたの誠意を行動として私に見せてほしい」

これらの体験談が当時の私の取材メモに残っている。

女性たちが涙ながらに訴えてきた内容だ。

「そこまで人間として扱われないなら...」と、屈辱的な言葉を浴びて二度と役所には行くまいと誓った女性たちも少なくない。

このあたりは拙書「母さんが死んだ~しあわせ幻想の時代に~」(ひとなる書房、初版1990年2月。新装増補版2014年2月)に詳しい。長いこと在庫切れだったが、最近、「あとがき」を追書して、復刊した。注意深く読んでいただければ、寄せられた体験談のなかに多くの「セクハラ」のケースを見つけられるはずだ。

申請という手続きは法律に定められた「権利」であるにもかかわらず、職員の「さじ加減」でなんとでもなる現状から「セクハラ」が起こりやすくなる。

当時、私が取材した女性たちの中には、密室で「関係を持つこと」をほのめかされ、背に腹は替えられないと従わざるえなかった、と涙ながらに話してくれた人もいた。

こうしたセクハラは、実は「水際作戦」が全国各地の役所で蔓延しているから起きる。

生活に困った人がその場で申請書を記入し、条件に該当するかどうかを役所側が後で調査する、という流れになっていればそれは起きないのだ。

申請書を出してしまえば、生活保護の条件を満たしているかは、収入や資産、親族などの扶養の金額などを合算し、保護基準の金額に達しているかどうかでドライに判断される。

役所が定める「保護基準」=「最低限度の生活」に達していないと判断されれば、生活保護を受けることができる。

ところが、実際には申請書をすぐには書かせてもらえない。職員は、まだ働けるはずだとか、援助する人がいるはず、などと「はず」をくり返して、最後には「もう少し考えてから来てほしい」など言って追い返す。

これが水際作戦だ。筆者も実際に何度も取材してみたが、本人がいくら「申請書を書かせてほしい」と言っても、職員は違う話題にすり替えてはぐらかしてしまっていた。

並大抵の努力をしないと申請書にたどりつけないのだ。

しかし、これは行政の手続きとしては明らかにおかしい。手続きに乗らなければいざという時の不服申し立てさえできないのだから。

すべてのケースで、申請書を書く手続きが保障されていれば(イギリスやドイツなど欧州諸国はそういう形になっている)、水際作戦で、「職員の恣意」が入る余地はない。

さて、「水際作戦」は、申請書を書くことができて生活保護を受けるようになった後も続くことになる。

受給していても、「そろそろ生活保護を打ち切った方が良いのでは?」と職員から「辞退」を勧められる。

「世間体も悪いし」「働かないとこれ以上、生活保護は認めない」などと言ってくる。

すでに働いていて収入が「基準額」をかなり下回っていても、「働いているんだから生活保護は廃止する」などと言ってくるのだ。

ここでも本来であれば、生活保護の条件は、収入が基準額を上回っているかどうか、だから、収入などを合算して金額をクールに計算することになる。だが、できるだけ保護費を減らせなどと上司から言われている職員は、クールに計算しても生活保護の支給継続が当然という受給者に「自ら辞退する」ということを求める。

法律上は何の規定もないが、こうしたケースで全国各地で使われているやり方が、「辞退届」を書かせる、という非公式な方法だ。

「私、○○は*月*日をもって生活保護を辞退します」などと書かせて、打ち切ってしまう。

あくまで本人の自主的な意思だという形にする。

それも「密室」で行われる。

●生活保護を受給中のセクハラ

生活保護を受けるようになると、ケースワーカーと呼ばれる担当の職員がついて、時々、家庭訪問をするようになる。

ここでも、たとえば生活保護を受ける女性と、担当職員とが自宅という「密室」で向き合うことになる。

相手が男性職員で、生活保護女性の側に性的な関心があったりすると、今回の古河市の職員のような事件が起こりうる。

かつての私の取材メモにも同じようなケースが記されている。

■「ケースワーカーから身体の関係を求められました」

■「家庭訪問に来た職員にレイプされてしまいました」

■「嫌と言うと生活保護を打ち切られてしまうと思い、言われるがままにしました」

■「月に一度の家庭訪問のたびに『旦那がいないなら身体が寂しいだろう』などと言って身体に触ってきて、最近は特に用事がなくてもやって来ます」

これは女性たちにとって生活保護を受け続けることができるかどうかが、ケースワーカーという職員の「さじ加減」にゆだねられているから起きる。

女性たちは「生殺与奪」のすべてを担当の職員に握られてしまっている。

事実上、職員の側が「絶対的な権力」を持っている。

ここでも「辞退届」という本来は行政の手続き上、定めのない存在が強要され、幅を効かせているからこそ、セクハラ職員のいいなりにならざるえない背景がある。

生活保護を引き続き、継続できるかどうか。

それは本当は「さじ加減」などではなく、収入の計算などでドライに判定されるべきだ。

今でも法律上はそうなっているのに、実態はまったくそうなっていない。

担当職員から辞退届の用紙を示されたら、弁護士にでも相談していない限り、書かざるをえないものだと考えるのが一般の人間だろう。

生活保護を受給する女性たちをセクハラから守る、ごく簡単な方法

それは水際作戦をなくすことだ。

生活保護にかかわる手続き、特に申請、廃止においては、行政の手続きとして「可視化させること」、申請や不服申し立てなどの「手続きを保障」することだ。

それだけで大きく変わる。

「相談」や「辞退」などという曖昧で非公式なプロセスが蔓延するから、職員が受給女性の「絶対権力者」として振る舞うようになる。

職員が恣意的に権力を振りかざすことができないようにすればよいのだ。 

「生活保護女性にセクハラ」。

もうこんなニュースは終わりにしてほしい。

(2014年3月29日「Yahoo!個人」より転載)