昨年の夏に発売されたAKB48の32枚目のシングル「恋するフォーチュンクッキー」は、150万枚を越えるヒット曲となりました。今年の春の選抜高等学校野球大会の入場行進曲にも決まりました。楽曲もさることながら、様々な組織が制作したビデオが人気です。
現在、YouTubeのAKB48公式チャネルには、AKB48[公式]と明記された様々な団体が「恋チュン」を踊るビデオが60本程度存在します。最初に登録されたSTAFF Ver.の再生回数は約900万回に及びます。企業グループの作品も人気です。サマンサタバサグループ・バージョンは、500万回を超えています。他にも、再生回数100万回を超えるバージョンも少なくありません。
通常、高額な制作費や広告費をかけることなく、これだけ観られる動画コンテンツを作成することは、至難の業です。積極的に取り組む企業が続々登場するのも頷けます。動画は、企業だけでなく、英国、米国、タイ、インドネシア、香港等、世界各地のファンバージョン、大学や高校などの学校バージョン、地域の商業施設バージョンなど、様々なバリエーションがあります。
この中で目をひくのが地方自治体バージョンです。神奈川県や鳥取県では、県知事自身も積極的に踊りに参加し、自治体を挙げて制作活動しています。表は、AKB48[公式]に認められた地方自治体が主催あるいは、制作に関与していると思われるコンテンツを一覧にしたものです。
[AKB48公式]でないバージョンもたくさんあります。それが以下の表です。
ともすればお固いイメージのある「お役所」が積極的にこのような活動をするには、どのような理由があったのでしょうか?そして取り組んだ結果はどうだったのでしょうか?
既に、ブームは収束を迎えつつある状況ですが、制作した自治体の当事者の方にお話を伺う機会がありましたので、本稿では、その内容を紹介します。
■恋チュン 丹波市バージョン
兵庫県丹波市は、人口7万人弱。兵庫県の中央東部に位置する町です。この度、丹波市総合政策課の平岡さんにお話を伺いました。平岡さんは「恋チュン丹波市バージョン」を企画し、制作に中心的に携わった方です。
Q:ビデオを制作することになった経緯を教えてください
2012年11月、丹波市Facebookページをオープンしました。以来、ソーシャルネットワークの効果的な活用を模索するなか、1年以内にはネット上のバーチャルな活動とリアルの交流を融合させるようなイベントをやりたいと考えていました。
同じ兵庫県の猪名川町バージョンの評判がよかったこともあり、丹波市でもやってみたら面白そうだと考えました。2013年10月30日、職場で提案をしたところ、他の職員も賛同してくれました。夜になって、冷静になると、色々大変なことに思いを巡らせ、やめておこうかと悩みました。しかし、翌朝の職場では、皆がやる雰囲気で固まっていたので、ふんぎりがつきました。
Q:反対する意見はありませんでしたか?
ほとんどありませんでした。ただ一部には、「二番煎じでやっても効果はないのではないか?」との意見はありました。私はむしろ、何を作るかを様々な方に説明するにも、二番煎じの状況の方が伝わりやすい面もあるとメリットの方を感じていました。実際、市長に、先に公開されていた猪名川町のビデオを見せ、「これの丹波市バージョンを作りたい」と説明できました。市長の反応はというと、「すぐやれ」と即決でした。
Q:ビデオを制作する目的はなんだったのでしょうか?
当初の目的は、市内のPRです。これまで数々の観光用PRビデオをつくってきましたが、たいして見てもらえませんでした。それに比べて「恋するフォーチュン・クッキー」の各バージョンの関心は、十分高いことを認識していました。きっと、これまでのPRビデオより、ずっと多くの方に見てもらえそうだと期待しました。
Q:撮影に使用した機材を教えてください
市職員4名の自前のiPhoneを使用しました。映像の画質を統一するためにiPhone5以上にバージョンを統一しました。
Q:ビデオ制作にあたり配慮したポイントを教えてください
まず、楽曲の使用許諾を関係部署(JASRAC、AKS、キングレコード)に確認しました。
それから、曲全体を約50コマに細分化したのですが、そのコマ割りのバランスを考えました。丹波市は旧6町が合併してできた町です。このうち、40コマで旧6町で概ね均等になるように割り振りました。残りの10コマは、特徴のある団体に割り振りました。彼らが活動している地域を配慮しつつ、なるべくシーンに変化や面白さができるような団体と撮影場所を選びました。
参加者は8ブロックに分け、踊るパートを決定し、その部分を練習してもらいました。撮影は、主に土日の2日間で集中させました。平日しか都合がつかない方は個別で撮影したため、撮影日数は合計で6日くらいでした。皆さん、最初の撮影は緊張されていたので、それぞれの現場で3〜5カットを撮影しました。結果、全体で700カットくらい撮りました。ここから編集して完成させました。
それぞれの現場を取り仕切る撮影チームには、「カメラマン」「音楽担当」に「盛り上げ役」「子供対応」の役割が必要でした。役割を兼務するケースもあり、職員2〜4名でチームを編成して撮影に臨みました。
Q:市民の参加者の様子はいかがでしたか?
ダンスには、約830名が参加してくださいました。募集活動は、Facebookページだけです。これまで様々な住民公募企画を実施しましたが、なかなか人が集まらず苦労してきました。このため、職員や関係者が動員をかけることが常でしたが、今回はFacebookページでの募集だけで十分でした。Facebookページのユーザー層(25〜34歳が1/3)と企画の関心層がマッチしていたからではないかと思います。
Q:編集作業は苦労されましたか?
編集ソフトを使用して、2日程度で作成しました。
Q:映像の承認(オーソライズ)はどのようにとりましたか?
役所内の手続き的なものは、特にありませんでした。ただ、ビデオ完成お披露目会兼ファイナルカット撮影会を開催しました。ここには、参加者約200名が集まってくれました。撮影したビデオを見てもらうことで、事実上の公開承認をいただきました。イベント自体、とてもいい雰囲気でした。上映されたビデオを見て、感激のあまり、涙を流す人も少なからずらっしゃっいました。公開後、これまでクレームもありません。
Q:やってみての感想をお聞かせください
当初の目的どおり、多くの方に見ていただくことができました。また、12月には、テレビ朝日さんの報道ステーションでも活動を取り上げていただきました。おかげさまで、公開以来、94,000回(2014年2月10日時点)も再生されています。これまでも、市が作成したビデオをYouTubeの丹波市公式チャネルで公開していますが、半年以上経っても、再生回数100件に満たないものもあります。
これに比べれば圧倒的な数字です。寄せられたコメントからも、ご覧になった一般の方からも好感いただけたものと思います。また、昔、丹波市に住んでいた人など、市にゆかりのある人々のコメントも嬉しかったですね。郷愁の想いを強くされたのではないでしょうか。
また、それ以上の成果がありました。ビデオ撮影に関与した方々のマインド変化です。
第一に、市民のマインド変化です。これまで若い人が「まちづくり」に積極的にかかわれる機会は、なかなか提案できていませんでした。今回は、若い人が中心的に参加いただけた、ユニークな機会となりました。地域の魅力アピールに貢献したことを、実感されていると思います。また、予想以上に高齢者の方にも響いたようです。おじいちゃんから「あのビデオは私のパソコンで、どうやってみればいいの?」などといった問い合わせなどが役所に寄せられています。
また、ビデオを見ることで頑張っている市民がたくさんいることなどを知り、励みになった方も大勢いらっしゃるようです。さらに嬉しいことに、丹波市の公開後に神楽(しぐら)地区からは、ビデオをみて、自分たちだけもやってみたいとの要望もあがり、実現されました。特定の地区の方が自発的にPRビデオを作るなど、これまでにないことです。
第二に、市職員のマインド変化です。我々職員にとっても嬉しかったことがあります。市役所が今回の活動に積極的に取り組んだことを評価いただいたり、好感をもっていただけました。職員各人も直接市民の方々と交流することで、より地元への関心・愛着が高まったと思います。
Q:他の自治体で同様な活動を検討する際にアドバイスを願いします
参加された方が、話題にしたくなるような企画にすることが、大切だと思います。ダンスの練習会やお披露目会等のイベントを開催することで、参加している実感を強くして頂けたと思います。メイキング映像、練習風景映像もYouTubeにアップしていますが、それぞれ1万回程度も見ていただけています。また、830人の方が登場するため、一人がビデオに映る時間は2秒ほどになりました。
短時間で切り替わるため、自分が映るタイミングを見逃さないように、シッカリ見てもらえたと思います。あと、踊りが下手な方が面白いと思いますね。自治体の場合、ダンスの完成度の高いビデオより、地域やそこに住む人々の個性というか、「ほっこり感」が伝わるものがいいですよね。
■まとめ
住民にも、自治体職員にも「大好きな地元の発展に貢献したい」という共通の価値観があります。今回、住民も自治体職員も、これに資する企画に「楽しんで、自発的に」参加し、制作プロセスを共に体験しました。そして完成をお互いに共有することで、これまでとは異なる関係性を育めたのではないでしょうか?
お話の中、平岡さんは、何度か「市民と役所の新しい「協働」のあり方に気付いた」とおっしゃいました。恋チュンブームは、時とともに去ってゆきます。しかし、今後の自治体と住民、あるいは住民同士の理解を深める事例として、今後の地域行政にとって、大きな学びとなる取り組みではないでしょうか。
※この記事は2014年2月14日の「in the looop」掲載記事より転載しました。
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