電子版でいかに収益をあげるか、情報収集の危うさとメディアの立ち位置 -世界新聞大会報告(下)

コンピューターやスマートフォン、タブレットの画面からニュースを読む私たちの多くは、知らないままいわばプライバシー情報を切り売りしながら、さまざまな言論を読んでいる。それ以外の選択肢はなく、この傾向はますます強まりそうだ。この点が、私には居心地が悪い。
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(食についてのトピックをコラージュした画面 ラ・プレスのサイトより)

本題に入る前に――。

2020年の東京でのオリンピックの開催決定、おめでとうございます。

日本では、原発や震災のことを考えて、「五輪開催どころではない」と考える方がたくさんいらっしゃると思います。おそらく、私も日本に住んでいたら、そう思っていたでしょう。

しかし、2012年にロンドン五輪を観戦してみて、オリンピックは夢を持たせるという部分があることを実感しました。「フィール・グッド・ファクター」(心地よくさせる要素)が最大の貢献と英国でよく言われたものです。ポジティブな気持ちが生まれる、これが大きいと。

個人的には、スポーツとお金が結びついていること、潤沢な資金を持つ大都市でなければ開催できなくなっていることなど、どうもぴんと来ない部分があります――純粋にスポーツを楽しむことはできないのだろうか、と。もっと社会的によい効果を生み出すために大きな方向転換をしてもいいのではないか、と。

それでも、自分たちが自身が前向きに将来への歩を進めるための一つの機会として、日本に住む方が奮起してくれればと強く願っています。

一つのことを(五輪開催)をやるから、別のこと(震災関係でやるべきこと)ができない・・・という風には考えず、全方向で思考・実行されることを願っています。

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<前回の記事>

■ネット閲読に課金したカナダ紙 「グローブ&メール」の戦略

電子版の閲読を有料にするかどうかで、世界中の新聞が悩んでいる。バンコクで6月に開かれた世界新聞大会のセッションの1つ「有料の壁:課金するか、しないか」から、異なる対応を選択したカナダの2紙を紹介したい。

カナダの有力紙「グローブ&メール(Globe and Mail)」は課金を選択した。

同紙は「グローブ」として1844年に創刊。1936年に現在の名前になった。トロントを本拠として約32万部を発行している。ジョン・スタックハウス編集長の話は次のようなものだった。

10年、グローブ&メールはオンライン版の閲読に課金制を導入する方針を決め、12年秋に「グローブ・アンリミテッド」として新しいウェブサイトを開いた。

そこでは、(1)無料記事、(2)一定数が無料で閲読できるメーター制の対象となる記事、(3)プレミアム・コンテンツとして有料の壁の中でのみアクセスできる記事、などを分けた。

月に10本までの記事を無料で閲読でき、これ以上は毎月19・9カナダドルの購読料金を払う(最初の月のみ99セント)。紙の新聞の購読者の場合、週に5日以上の契約であればサイト閲読は無料となり、金、土、あるいは土曜日のみを購読契約している場合、料金は4.99ドルだ。

経済ニュースを強みの一つとするグローブ&メール紙ならではのサービスとして、記事コンテンツだけではなく、利用者が関心を持つ個別の企業のニュースや株価を随時表示する「ダッシュボード」というサービスも作った。

当初の懸念は「有料制で読者がつくか」、そして「有料の壁に入りたがらない書き手をどう説得するか」だった。

現在、電子版の登録者43万4000人のうち、有料読者は8万1000人。約20%である。

名前が知られている記者は自分の記事が課金域にはいることに抵抗があったというが、実際には有料購読者の中でしっかり読まれていることを知って、納得したという。

スタックハウス編集長は、グローブ&メールが課金制導入の過程で学んだ教訓を次のようにあげた。

 

「良いジャーナリズム(そしてブランド)は読者を増やす」

 「コンテンツを増やす(有料化で、利用者の滞在時間や1回ごとのページビューが増加)」

 「編集室をオープン化する(市場調査、デジタル技術者や広告担当者からの依頼に快く応じる、閲読データの分析、検索エンジンに拾ってもらうための工夫、そして編集室、マーケティング、広告、デジタル部門の幹部らが毎日ミーティングし、その日のサイトの最優先事項を決める、など)

 「購読者の動きに対応する計画を立てる(有料読者が減少した場合の対応、サイトのさらなる最適化や無料コンテンツとの組み合わせ方の工夫など)」

 「無料サービスを利用して有料コンテンツを売り込む(無料の動画で利用者を引き込む、無料のソーシャルメディアを利用する、など)

 ホットなニュースを利用する(ニュース発生時、話題性が高い間に速報、分析、関連記事、動画などをタイミングよく出すことで、有料購読に誘導する)

 「有料購読者にインセンティブを提供する(電子本の提供や編集長による著名人インタビューなどのイベントに招待など)」

スタックハウス編集長は、電子版が制作費を負担できるほどの収入を得るのにどれくらいかかると思うかという質問に対し、「3年から5年」との見通しを示した。しかし、現在コンテンツの制作には紙の新聞の制作リソースを使っているので「計算は難しい」という留保もつけた。

■タブレット版無料の仏語紙 画面の斬新さで挑む「ラ・プレス」

カナダのフランス語圏ケベック州モントリオールの「ラ・プレス(La Presse)」はオンラインのタブレット版を無料で提供するサービスを今年4月から始めた。

同紙は129年前に創刊された中流層向けの日刊紙で、週に170万人の読者を持つ。

ギー・クレビエ社長は、紙の新聞の将来が不透明なため「行動を起こさざるを得なくなった」と語った。同社の調査では、1998年から11年の間に新聞の購読者は22%減少した。特に減ったのは24歳から34歳の読者層で54%も減っていた。「編集室の雰囲気は暗かった」

ラ・プレスが目をつけたのはタブレット端末だった。「スマートフォンは普及率が10%に達するまでに7年かかったが、タブレットは2年半」という調査結果に賭けることにした。

タブレット版開発のために4000万ドルを投資し、そのうち200万ドルは読者の嗜好や広告の効率性についての調査に使われた。2400万ドルが技術者の給与、600万ドルがハードウェア、800万ドルがソフトの開発に使われた。

現在、欧米諸国ではタブレット版での記事閲覧を有料にするところが多いが、ラ・プレスは無料に決めた。「ネット上でニュースを無料で閲読する風潮は、これからも変わらないだろう」と判断した結果だ。

今年4月のサービス開始から5週間で20万人の購読者ができた。閲読時間の平均は週日で1日35分、週末は70分という。

会場を驚かせたのは、新聞社のサイトとしてはユニークな画面の新鮮さ、華麗さだった。一つ一つの画面が、写真と記事の組み合わせ方、色づかい、動画の配置などファッション雑誌のようだった。

画面を開くと、ニュース、議論、アート、スポーツなどの項目が左手に出る。左に画面をスワイプすると、紙の新聞で言うところの1面になる。上部にいくつかの選択肢が出て、メインのストーリー(本記)、ニュースの中に出てくる人物に焦点を当てた記事、解説、動画などを選ぶようになっている。一つの事件をマルチメディアを使って多角的に読ませる仕組みだ。

印象的な報道写真を背景にし、右側に解説記事のコラムを埋め込んだ画面では、背景はそのままでコラム内を上下にスワイプさせながら記事を読む。

アートや食、旅行などのトピックを扱うページでは、横長、縦長などの複数の記事がカラフルなパズルの一片のようになって、横長のタブレット画面を構成する。それぞれの記事を触れると、その記事が大きく画面に広がる。

会場内から思わずため息が漏れたのは、英国の人気歌手アデルを扱った画面だった。複数の画面に分割されており、その1つでは歌手の新作アルバムの批評記事を掲載。別の部分に触れると、アデルが歌う動画が始まる。この曲が気に入ったら、アマゾンのサイトに飛んで、アルバムを購入出来るようにもなっていた。ラ・プレスの画面からアマゾンのサイトへの移行が非常にスムーズで、「ため息」のような音が会場内から出たのはこのときだった。

画面の使いやすさに加え、聴衆を感心させたのは、広告の工夫だ。ラ・プレス社では、3年間の準備期間中、どんな広告が最も注目を集め、クリックに結ぶつくかなどについて、「徹底的な調査を行った」という。画面のどの部分に視線が行くのか、目の動きも研究した。

例えば、2つの口元を写した写真を掲載。あるメーカーの歯磨き粉を使えば、「輝くような白さになる」ことを宣伝するため、利用者が画面の一部に触ると、一方の口元の歯が真っ白になるようにした。「双方向性が鍵」とクレビエ社長は述べた。

社長は「将来、紙媒体での発行をしなくなっても、十分に収益があがるような質の高い広告を増やしたい」という。質の高い広告を使うことで、広告料を上げるのが戦略だ。今後も無料化を続行するという。

文章で表現しても、十分には感触が伝わりにくいと思うので、アイパッドをお持ちの方は、一度ダウンロードしてみることをおすすめしたい。

■読者データの徹底利用

ウェブサイトを見ていると、自分の年齢、住んでいる地域などに関連した広告が掲載される場合がある。私たちは、こうした現象にもはや驚かなくなった。しかし、メディアが読者について大量の情報を把握しているかを実際に知ったら、おそらく衝撃を受けるだろう。

そんなことを考えさせたのが、4日の世界新聞大会のセッションで、日刊タブロイド紙デーリー・メールを出している英出版社デーリー・メール&ゼネラル・トラストの傘下にあるDMG Mediaのケビン・ビーティーCEOの説明だった。

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(どれほどの情報を収集しているかを示すDMGメディアの説明)

同社のウェブサイト「メール・オンライン(Mail Online)」の月刊ユニークビジターは4600万人で、世界でも有数の新聞サイトになっている。

同サイトは、どの記事にいつどれぐらいのアクセスがあるかをリアルタイムでチェックしている。ある記事が最初に読まれたのはいつか、ページビュー別の記事のランキング、1分毎のページビューを表示し、10分毎のページビューのトレンドを線グラフにして分析する「リアルタイム・アナリティクス」画面を作成している。ページビューを上げるために、ランキングの状況によって、適宜、記事の見出しを変更したり、記事内容を変更している。

同社はサイト利用者についての詳細な個人情報を収集している。例えば、ビーティー氏が紹介した「豊富な顧客データ」の表によれば、利用者の「名前、生年月日、住所、電話番号、電子メールのアドレス、独身か既婚か、収入、持ち家か借家か、職歴、フェイスブックのプロフィール、ツイッターのハンドル名、関心事(例えば映画、ファッション、スポーツ、ニュースなど)、どんなウェブサイトによく行くか、ゲーム好きかどうか、休暇にどこに行ったか、何を買ったか」などの情報を持つ。

メール・オンラインは広範囲でかつ詳細な情報を次のように取得しているという。

(1)ウェブサイトへのコメントを残すときにソーシャルメディアのプロフィールを利用させる、(2)ニュースレターを送るときに個人情報を取得する、(3)スマートフォン、旅行などの商品を無料あるいはディスカウント価格で提供するためのコンテストに参加させる、(4)「フラッシュマーケティング」(割引価格や特典がついたクーポンを期間限定でインターネット上で販売する手法。数十時間の間に集客と販売および見込み顧客の情報収集が行われる)サービス「ワウチャー」(Wowcher)などだ。

■デンマークの試み 利用者データを徹底収集

4日の広告フォーラムのセッションでは、新聞がオンラインサイトを活用して収入増をはかっている具体例が示された。

デンマークのユトランド半島北部(北ユラン地域)を拠点にする複合メディア企業ノアユースケ・メディア(Nordjeske Medier)の出版部門の統括責任者ヘンリク・ブラン氏の説明だ。

同社は、ニュースサイト、ウェブショップ、モバイルサイト、アプリ、電子ペーパー、マーケティングなどの多数のデータ収集地点から利用者の情報を集め、収入増加に役立てている。

ひとつは「再マーケティング」である。利用者があるサイトを見ていて、そこに出ていた広告が、利用者が移動した先のサイトにも再度出るというやり方だ。クッキー情報(利用者が訪問した回数や前回のアクセス日時など)を利用する。新聞サイト側は、利用者が最初の広告でクリックをしなくても、再度これが掲載されることでクリックした場合に、収入を得ることになる。

また、「対話マーケティング」という手法では、出版社が発行するニュースレターを通じて、利用者と直接的な関係を持つ。ニュースレターの発行部数は6万部で、これは北ユラン地域の人口の1割にあたる。この6万人について、メディア側は性別、年齢、持ち家か借家かなどの詳細な情報を持ち、その特徴に応じた広告を利用者がサイトに来たときに出していく。利用者それぞれに適応した広告を画面に出すと、クリック率が「5~10%上がる」ので、メディア側の収入が増える仕組みだ。

■個人情報の収集についてメディアは説明すべき

英国のDMGメディア社やデンマークのノアユースケ・メディアの例を見ると、ウェブサイトを提供するメディア側が利用者・閲読者の広範囲な個人情報を取得していることが分かる。

メディア側が個人情報の取得に熱心になるのは、ページビューを増やしたい、あるいは利用者にあった広告を出すことでクリック率を上げたりして、ターゲットを絞った広告をプレミアム広告として、より高い広告掲載量を広告主に要求できる利点があるからだ。

また、収入とは別に、ネットニュースには読者の興味に合わせた「個人化」が求められる傾向があり、メディア側のニーズと利用者のニーズが一致したかのように見えるかもしれない。

しかし、私は、メディアからの説明責任が十分に果たされていないように感じる。

ウェブサイトを訪れると、クッキー情報を利用することの許可を求められることがある。私たちの多くは「許可する」を選ぶのではないだろうか。しかし、あるサイトを見ていて、次のサイトに移動したときにも前のサイトの広告が一緒に移動しており、この広告をクリックしたら、1つ前に訪れた新聞社のサイトに収入が入るというデンマークのメディアのような手法について、どれだけの利用者が自覚的に認識しているだろう。

取得される情報の大きさについても懸念を覚える。英国のメール・オンラインのどれだけの読者・利用者が、名前から趣味嗜好までの情報を発行会社が把握していることを、十分に理解しているだろう。

サービスごとに、個人情報の提供は常に同意を求められているはずだが、それでも、収集された情報の総体について想像するのは難しい。

メディア側は、どんな情報を取得しているのかを一度、利用者に開示するべきではないだろうか。

一方、デジタル時代の言論空間で、個人の無記名性が減少しつつあるのではないかとも思う。かつて、新聞は、キオスクやスタンドでふらりと気軽に買えるものであった。買い手は自分の名前や住所などを売り手や作り手に教える必要はなかった。新聞の定期購読・宅配率が日本ほどには高くない多くの国で、紙の新聞の場合は、今でもそうである。

しかし、ネット時代になって状況は変わった。コンピューターやスマートフォン、タブレットの画面からニュースを読む私たちの多くは、知らないままいわばプライバシー情報を切り売りしながら、さまざまな言論を読んでいる。それ以外の選択肢はなく、この傾向はますます強まりそうだ。この点が、私には居心地が悪い。

大会開催と同時期に、元米CIA職員の男性が米国家安全保障局(NSA)による大規模な個人情報収集の実態を暴露する報道が出た。「国家の安全保障のためには、監視されても仕方ない」と考える人がいる一方で、「過度の監視は違法だ」と考える人もいる。

ビッグデータの活用が提唱される中、読者・視聴者の信頼感に基礎を置くメディアの立ち位置はどうなるのだろう。(終)

(この記事は2013年9月8日の「小林恭子の英国メディア・ウオッチ」より転載しました。)