医療機関が「競争」する時代は終わった、日本の医療を救うには「協調」だ

参議院選挙において自民党が圧勝しました。実はこの選挙前、全国医師連盟が混合診療や医学部増設など医療に関する7つの質問を与党である自民党に提出していました。しかし自民党はこの質問に対して、"国民皆保険については今後も堅持すべきである。"と返答するだけで、ほかの質問には返答しませんでした。実質的にほとんど"ゼロ回答"だったのです。
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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

武蔵浦和メディカルセンター

ただともひろ胃腸科肛門科

多田 智裕

2013年8月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

要するに自民党は、選挙前に様々な医療問題を争点化することを避けて選挙に臨んだというわけです。

選挙後、社会保障制度改革国民会議などの議論の様子が各メディアで報道されています。報道では、「医療の岩盤規制にどれだけ切り込むことができるか?」といった論調で「混合診療(保険外併用療法)」の解禁の有無ばかりが注目されているようです。

でも、いくら「保険外併用療法」(実質的に混合診療と同じです)と言いかえたところで、これらが次々と認められれば、医療費の負担額は1桁跳ね上がり、事実上の国民皆保険の崩壊に至るのは目に見えています。

実は、混合診療の解禁とは全く別の第三の道で医療を維持することは可能です。"医療提供体制の再編成"をきっちりと行えばいいのです。

医療機関の統廃合を行うと医療アクセスが制限される場面もあり、多少不便さを感じるケースが出てくるかもしれません。しかし、間違いなく医療機関の質の向上を期待できる施策です。もっと議論がなされてもよいのではないかと、選挙後の今、改めて思います。

●フリーアクセスにより医療機関を競争させることの弊害

日本の病医院の85%以上は民間経営です。税率は一般企業と何ら変わりありませんし、赤字になっても国からの補填などは一切ありません。なおか つ、「フリーアクセス」という、患者がどの医療機関でも自由に選んで受診できる制度によって、各医療機関は患者獲得のため過当競争を強いられています。

日本では、利用者はいつでも好きな病院で診てもらうことが可能です。

実際にこういうことがありました。吐血したということである男性が病院にやって来ました。緊急胃内視鏡を行ったところ胃潰瘍からの出血が確認されたため、近くの対応可能な病院をすぐに受診することを勧めました。するとその男性はこう言うのです。

「僕は○○病院でしか診てもらいたくない。どの病院でも自由に好きなところを受診してよいいはずだろう?それに、その病院で受診するにしても今すぐはいけない、用事を片付けてからでないと受診できないので、夜9時くらいになってしまう」

結果的に、患者さんは大量の出血を起こすこともなく無事だったのですが、このようなフリーアクセスを維持するためには、当番病院だけでなく各病院が消化器内科医師を常に揃えておく必要が出てきます。

そのため、医療機関の分化・連携が進まず、医療機関の再編成も行われず、結果として医療のコスト増大さらには医療の質の低下につながっていることはあまり理解されていないと思うのです。

●民間資本同士では地域内の連携や統廃合はほぼ不可能

例えば、同じ市内に総合病院が4件あり、消化器内科医師が各病院に2人ずついるとしましょう。常勤医師2名では外来+検査業務だけで精一杯で、入院患者の診察も不十分になりがちでしょう。夜間休日の救急対応はほぼ不可能です。

そこで、「消化器内科はここが全部引き受ける」という病院を1カ所決めて、8人の消化器内科医全員がその病院で勤務するとしましょう。すると、検 査数も多くできるようになり、入院患者も十分診察して、夜間休日の救急に対応することも(完全ではないにせよ)可能になります。

つまり、医療提供体制を地域ごとの枠組みで再編成することで、勤務医数は同じでもより多くの医療を提供することが可能になり、みんなにとってよい結果になるのです。

それどころか、このような医療提供体制の改革がしっかりと行われれば、勤務医の数を現状より少なくすることも決して不可能ではないのです。

ところが、フリーアクセスのもとで各医療機関が患者獲得を競い合っている状況下では、その実現は困難です。つまり、地域全体としては望ましい話でも、消化器内科がなくなる病院にとっては患者数が減ってしまうわけで、とても受け入れられる話ではないのです。

もちろん、消化器内科がなくなる病院の近くに住む人たちにとっても、医療アクセスが制限されることになり、反対運動は必至でしょう。

●医療機関の協調を促す新制度を

とはいえ、地域の複数の病医院をグループ化し、医療機器の共有や事務作業・仕入れなどの統合を進めることが、医療資源を効率的に利用するために極めて有効であるのは間違いありません。

ここにさいたま赤十字病院と埼玉小児医療センターが移設し、同じ敷地内で周産期医療及び救急部門の連携を図ることになります。

小児医療センターが公的資本であるため、ここまでの歩み寄りが可能になりましたが、民間病院同士が"同じ敷地内で連携する"ことはなかなか難しいでしょう。

これまでは国の施策として、コストパフォーマンスの高い医療を提供するよう医療機関同士を競わせてきました。それはそれで成功したと言って良いでしょう。

しかしその弊害として、医療機関同士の連携や協調はほとんど検討されませんでした。結果的に医療資源の分散化と質の低下を来しかねない事態になっているのです。

地域の中で複数の病医院がグループを作り、医療機関の連携/統合を含めた協調を可能にする日本の医療崩壊を食い止めるために、そんな新制度が、今一度検討されても良いのではないでしょうか。