自由を求めて「米国へ亡命」する時代から「米国から亡命」する時代へ~迫りくるサイバー時代のファシズム

現在消息不明のスノーデン氏は、前述したようにアイスランドへの亡命を望んでいるが、アイスランドの入国管理当局は現時点で正式な要請は受け取っていないようだ。さらに、ロシア政府が「亡命申請あれば検討する」と受け入れに前向きな姿勢を見せている。
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「米国家安全保障局(NSA)が、数百万人の市民の通話記録やインターネット上の情報をひそかに収集していた」。2013年6月5日、英ガーディアン紙が、衝撃のスクープを発表した。

政府機関による盗聴の是非を判断する「米外国情報監視裁判所」が4月、米通信大手ベライゾン社の利用者数百万人を対象に、通話履歴の収集を認める機密令状を出したと報じたのだ。

※「米当局が市民の通話履歴を極秘収集、テロ対策で数百万人を対象」

(2013年6月7日ロイター http://bit.ly/18Snbjk

ガーディアン紙は、この情報は業務に関係の深い内部関係者からリークされたと伝えていた。この報道に対し、ホワイトハウスのアーネスト報道官は、「NSAは法にもとづき裁判所が認めた情報活動を行っている」と弁明。また、米下院情報特別委員会のロジャース委員長は、「米国内のテロ攻撃を食い止めるための目的で行われるものであり、市民の自由を侵害するものではない」と述べた。

そして、6月9日には、その内部告発者が自ら名乗りを上げたことで、事件はさらに大きな展開を見せている。

暴露したのは、29歳の元CIA技術者で、現在は情報コンサルタント企業ブーズ・アレン・ハミルトン社の従業員であるエドワード・スノーデン氏。ハワイのNSA施設に出向していたが、情報収集を裏付ける関連資料を持って香港に出国した。

※「米政府の情報収集、暴露は元CIA職員 亡命求める」

(2013年6月10日日本経済新聞 http://s.nikkei.com/19eFi5M

スノーデン氏はガーディアン紙とのインタビューで、「政府がプライバシーやインターネットの自由を破壊するのを許せなかった」と語り、「私は自分の身元を隠すつもりはない。自分は何も悪いことをしていないと確信しているからだ」と、メディアへの告発の理由を明らかにした。

一方、NSAは「重大な機密漏洩」だとして、司法省に捜査を依頼。オバマ大統領も、「リークは歓迎しない」と不満を表明し、テロリストなど米国を攻撃しようとする相手に情報を与えてはならない、と語った。

現在、米政府は中国側に身柄引き渡しを要求している。逮捕され起訴されれば、厳罰を科される可能性がある。これに対しスノーデン氏は、「国家の犯罪行為を嫌というほど見てきた。その政府が犯罪として捜査すると言うことは、偽善そのものだ。」と反論し、「アイスランドのような、表現の自由を信じる国(*)に政治亡命を求めたい」と語っている。

(*)アイスランドのような、表現の自由を信じる国:

アイスランド議会は2010年6月、「アイスランド現代メディア法案」を承認。メディアなどに情報を提供・公開した人物を保護し、報道の自由や情報公開を促進する政策に向けた指針の策定を行なっている。これは、ウィキリークス運営者がアイスランドを「世界で最も報道の自由が保障された国」にするための法案づくりを提案したことが出発点。(朝日新聞2010年8月17日【URL】http://bit.ly/11hpash

◇リーク資料に書かれていた、驚愕の内容 ◇

スノーデン氏が暴露した情報は、驚くべきものだ。

スノーデン氏によると、NSAは、2007年に「PRISM(プリズム)」というプログラムを開発し、米国のインターネット企業から随時個人データを集めているという。ガーディアン紙とワシントンポスト紙は、同プログラムの下で、マイクロソフト、グーグル、フェイスブック、アップル、ヤフー、スカイプ、YouTube、PalTalk、AOLといった米インターネット大手企業9社のサーバーから動画や写真、電子メールをNSAが収集していたと報じた。

グーグル、フェイスブック、アップル各社はそれぞれ声明を発表し、「政府に対して、直接あるいは裏口から自社のサーバーにアクセスする権限は渡していない」として、PRISMへの関与を否定している。しかし、今回リークされた機密資料には、PRISMはインターネット企業のサーバーに直接アクセスして、情報を得ることができると書かれているという。

※TechCrunch 「米国家安全保障局、Google、Apple、Microsoft、Facebook等のサーバーから直接データを収集(ワシントンポスト報道)」 2013年6月7日 http://bit.ly/19Nfkov

さらに驚くべきことに、NSAには「Boundless Informant(無限の情報提供者)」と呼ばれる情報収集ツールが存在し、米国だけではなく世界中の通信記録を集めていたことも判明した。

その数は2013年3月だけで970億件にも上り、イランで140億件、続いてパキスタンが135億件、ヨルダンは127億件、エジプトは76億件、インドは63億件もの機密情報が収集されていたと、ガーディアン紙は報じている。

※ハフィントンポスト 「エドワード・スノーデン氏、機密暴露の理由語る NSAの収集データは970億超」 

2013年6月10日 http://huff.to/1bmP56h

◇米司法省によるメディアへの盗聴事件◇

オバマ政府による秘密裏な情報収集が暴かれたのは、今回が初めてではない。2013年5月には、米司法省が2012年の4月から5月にかけて、米AP通信の記者やデスクの通話記録をひそかに収集していたことが報道された。

司法省はその動機について明らかにしていないが、APによると、同社が2012年5月7日に報じた、「アルカーイダがイエメンで計画したテロを、CIAが未然に防いだ作戦」についての情報源に当局が関心をもっているのではないかと考えられている。

※産経新聞 「【視点】産経新聞論説副委員長・樫山文夫 APの通話録収集」 2013年6月4日 http://bit.ly/ZLg8X1

AP通信は司法省に対し、「秘匿されるべき情報源が暴露される恐れがある。取材活動について、政府に知る権利はない」という内容の抗議書簡を送った。

それに対し、オバマ大統領は5月16日、透明な手続きによる調査を捜査当局に義務付ける「メディア保護法」(*)の整備を約束した。しかし、通話記録の収集に関しては、「安全保障に関わる情報漏れは米国民を危険にさらす」と指摘し、「謝罪しない」との声明を発表している。

※ロイター 2013年5月17日 「AP問題で米大統領『謝罪せず』、メディア保護法整備は支持」

(*)メディア保護法

司法当局による報道機関への介入を制限する法案。当局の調査要請に対し、記者らに情報源の開示を拒否する権限を認める。2009年に上院で提出されたが、成立しないままとなっている。

※日本経済新聞 2013年5月16日「米政権、不祥事収拾急ぐ 通話収集でメディア保護法検討」

◇テロ対策の名目で行われる、個人情報収集と隠蔽◇

米国家安全保障局(NSA)は、国防省の諜報機関で、海外情報通信の収集と分析を主な任務とする。米国中央情報局 (CIA) がスパイなどの人間を使った諜報活動を担当するのに対し、NSAは電子機器を使った情報収集活動とその分析、集積、報告を担当する。

実は、NSAは2005年にもブッシュ大統領の秘密命令の下、令状なしに米国民らをターゲットに、Eメールや電話などの盗視・盗聴活動を3年もの間続けて来たと、2005年12月16日付けのニューヨーク・タイムズ紙で暴露された。

諸外国に関する非常に高度な機密を扱うという性質上、NSAは組織や活動内容、予算については明らかにされていない部分も多く、極めて秘匿性の高い組織なのである。

※ニューヨーク・タイムズ 2005年12月16日「Bush Lets U.S. Spy on Callers Without Courts」

米国政府による自国民に対するスパイ活動は、米国の憲法はもちろん、国内で情報収集活動を行うにあたって裁判所からの令状交付を義務づけた「外国情報監視法(FISA)」にも違反する。一方、2005年には米連邦捜査局(FBI)の公安警察として「連邦捜査局国家保安部(NSB)」が発足され、CIAが禁じられている国内での反体制活動の監視や工作活動が可能となっている。

今回暴露されたPRISMプログラムも、「米国に住む米国民は対象外であり、プログラムは議会および外国情報監視裁判所によって承認されている」と、オバマ大統領は説明している。

しかし、スノーデン氏は、「私が渡さなかった文書の中にも、公開すれば大きな影響を及ぼしたと思われるものがいろいろある」と語っている。もし、このプログラムを通じて、企業から政府に米国民に対する情報提供が行われているとしたら、個人のプライバシー侵害だけではすまされない、プログラムの違法性が問われる事態となる。一方、日本を始め、米国民以外の個人情報が勝手に米国政府に握られているとしたら、プライバシーを巡っての国際問題にもなりかねない。

◇スノーデン氏を擁護する団体も◇

スノーデン氏による今回の行動は、決して衝動的なものではなく、周到に計画された行動であることがわかっている。

スノーデン氏はガーディアン紙だけでなく、ワシントンポスト紙にも情報を提供していたが、その取材には「コードネーム」が使われていた。彼は、ワシントンポストのバートン・ゲルマン記者をBRASSBANNER(真鍮のバナー)と呼び、そして自分自身のことをVerax(ラテン語で「真実を語る者」の意)と名乗っていた。スノーデン氏は自分が冒したリスクを十分認識し、当局がすさまじい人員を配備して彼を捜索するであろうことを認識していたと、ゲルマン記者は記事に書いている。

※Washington Post "Code name 'Verax': Snowden, in exchanges with Post reporter, made clear he knew risks"

出国先に香港を選んだことについても、香港が「言論の自由」を守る場所であることを理由にしている。その香港では、6月10日に「香港外国記者会」が以下の声明を発表した。

※FCC Statement on Edward Snowden

2013年6月10日

NSAの内部告発者エドワード・スノーデン氏は、ガーディアン紙に対し、香港に来る決断について説明する中で、「中国自治領(である香港)は、言論の自由に関する強固な伝統がある」と語った。今回の事件はおそらく、表現の自由や報道の自由に対する香港特別自治区(SAR)政府の責任を強く試されるものになると、香港外国記者会は信じている。

スノーデン氏の正確な居場所はわからない。しかし、もし彼が今も香港に残っていることがわかれば、香港外国記者会は、香港政府が彼の状況をいかに扱うかを注視するつもりである。特に、彼の活動を制限して、メディアによる接触を遮ろうという、ワシントンや北京の当局からの圧力に対して、香港政府がどのように反応するかに注目している。

(英語原文)

10 June 2013

Explaining his decision to come to Hong Kong, NSA whistle-blower Edward Snowden noted to the Guardian that the autonomous Chinese territory "has a strong tradition of free speech". The Foreign Correspondents' Club, Hong Kong, believes that this case is potentially a strong test of the SAR government's commitment to freedom of expression and freedom of the press.

Snowden's exact whereabouts are unknown. But should it prove that he has remained in Hong Kong, the FCC will watch closely how the SAR government handles his case, and in particular how it responds to any pressure from authorities both in Washington and Beijing to restrict his activities or to impede access by the media.

スノーデン氏の母国である米国でも、今回の暴露に対して、彼の行動を擁護する世論が広がっている。政府による個人情報の収集はプライバシーの侵害であり、「スノーデン氏は全面的に赦免されるべきだ」という主張が強まっている。彼を罪に問わないよう米政府に求めるネット署名運動では、1日で34,000以上の署名が集まっている。

※NHK 2013年6月11日 「米 元CIA職員の暴露の功罪巡り議論」 

現在消息不明のスノーデン氏は、前述したようにアイスランドへの亡命を望んでいるが、アイスランドの入国管理当局は現時点で正式な要請は受け取っていないようだ。さらに、ロシア政府が「亡命申請あれば検討する」と受け入れに前向きな姿勢を見せている。

※AFP 2013年6月12日 「米監視プログラム告発者から亡命申請あれば検討」、ロシア政府

過去に軍事機密を引き渡した亡命事件として、1976年9月、ソ連軍将校ヴィクトル・ベレンコが、軍事機密を持ってミグ25戦闘機で日本の函館市に着陸し、米国への亡命を求めた「ミグ25事件」などが思い出される。最近では、2010年6月には、イランの核科学者シャハラム・アミリ氏が、イラン核計画の情報を持って米国に亡命するという事件が起きている。

※読売新聞2010年3月31日「イラン核科学者が米国亡命、CIAの働きかけで」

しかし、今回の事件のように、インターネットによる情報を握って、亡命した件は、過去に例がない。ネット情報が、最新鋭兵器のような重要性を帯びる時代になったこと、そして、「米国へ亡命」するのではなく、「米国から亡命」する時代になってしまったのだということを、今回の件は色濃く象徴している。

◇日本にもNSAを作るよう提言する「ジャパンハンドラー」◇

今回のNSAに関する事件は、日本にどんな影響を及ぼすだろうか。

日本でも、インターネットや通信などのセキュリティー対策の強化や、安全なサイバー空間の実現は、国家戦略として位置づけられている。

第3次アーミテージレポートには、「米国は国家安全保障局(NSA)と共にサイバー対策を運用する一方、日本は同等のレベルを満たしていない。この不均衡を軽減するために、米国と日本は共通の情報保証標準の研究と導入に向けた共同サイバーセキュリティーセンターを設立すべきである。」と書かれている。

※2013/02/03 【IWJブログ】「第3次アーミテージレポート」全文翻訳掲載http://iwj.co.jp/wj/open/archives/56226

そして、日本政府の情報セキュリティー政策会議は、この提言に基づいてセキュリティー対策をまとめ、6月10日に「サイバーセキュリティー戦略」を正式決定した。

【資料URL】 http://bit.ly/14Zkfx2

同戦略は、サイバー空間の環境整備に始まり、サイバー犯罪への対策や、サイバー上の防衛、国際協力といった外交面も含まれる。2015年度を目途として、現在の内閣官房情報セキュリティセンター(NISC)を、「サイバーセキュリティセンター」(仮称)に改組することを謳っている。つまり、米国のNSAと同様の組織が日本にも作られるわけである。

また、サイバー犯罪対策では、日本版NCFTA(National Cyber-Forensics and Training Alliance)という、サイバーパトロール強化組織の創設も織り込まれている。米国のNCFTAは、FBIが中心となり、民間企業や学術機関を交えて、官民間で捜査情報や捜査手法を共有化することを目指している。

さらに、日本政府は6月7日、外交・安全保障政策の司令塔となる国家安全保障会議(日本版NSC)を創設するための関連法案を閣議決定した。これもまた、米国の国家安全保障会議(National Security Council)をモデルにしており、法案が成立すれば、外交や安全保障に関する最高意志決定機関となる。

日本版NSCは、関係省庁からの情報集約機能を強化するのが特徴で、機密情報の漏洩を防ぐため、首相(議長)や関係閣僚から事務スタッフに至るまで守秘義務を課す。政府は、守秘義務違反に罰則規定を設ける「秘密保全法案」を制定し、次期国会で成立させる構えである。

※毎日新聞2013年6月7日「日本版NSC:設置関連法案を国会に 秘密保全法制化焦点」 

このことから、自民党安倍政権が導入しようとしている一連のサイバーセキュリティー政策は、米国主導で進められていることは明らかである。当然それは、米国同様、日本国民のプライバシーも、政府によってさまざまな形で侵害される恐れがあることを意味する。

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(※この記事は2013年6月17日の「IWJ Independent Web Journal」より転載しました)