「サケ弁当」問題で露呈した特定秘密保護法の危うさ

食材の虚偽表示問題を受け、消費者庁が昨年12月に公表したメニュー表示のガイドライン案をめぐり、森雅子消費者担当大臣は7日の閣議後記者会見で、「サーモントラウト(ニジマス)」を使って「サケ弁当」と表示しても必ずしも景品表示法違反にはあたらないとの見解を示した。
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食材の虚偽表示問題を受け、消費者庁が昨年12月に公表したメニュー表示のガイドライン案をめぐり、森雅子消費者担当大臣は7日の閣議後記者会見で、「サーモントラウト(ニジマス)」を使って「サケ弁当」と表示しても必ずしも景品表示法違反にはあたらないとの見解を示した。(2月8日付日経「『サーモントラウト』使っても『サケ弁当』はOK 食材表示案 消費者相が見解」 

昨年12月、消費者庁は、食材の虚偽表示問題を受けて公表した「メニュー・料理等の食品表示に係る景品表示法上の考え方について(案)」の「メニュー表示に関するQ&A」の中では、「サーモントラウト(和名:ニジマス)をサーモンと表示することは問題がある」とされていた。

このガイドラインの考え方に対して、外食業界側から強い反発があり、ニジマスを使用したサケ茶漬け、サケおむすびはどうなのか、という議論に発展していたことが、今回の森大臣の発言でのニジマスを使った「サケ弁当」を容認する発言につながったのであろう。

森担当大臣は、「表示された食材の半値以下のものを使うのは、消費者に著しく優良だと誤認させ不当表示にあたるが、一般的に消費者が認知し、値段が安価で両者の間に差がない場合は違反にならない場合がある」と述べたとのことである。

「表示された食材の半値」というのが、「優良誤認」による不当表示に当たるか否かの基準だということだが、この「半値」というのは、どこで成立しているどういう「価格」に基づいて判断するのであろうか。

「一般的に消費者が認知し、値段が安価で両者の間に差がない」場合には不当表示に当たらない、だから、ニジマスをサケと称するのはOKだというが、サケ弁当に使われている魚がニジマスであることは、少なくとも、私は知らなかった。「一般的に消費者が認知していること」を知らなかったとするとお恥ずかしい話であるが、果たしてそうなのであろうか。

中華料理店などでは、バナメイエビも含め、小型のエビを「シバエビ」と呼んでいたようであり、報道では、「シバエビは仕入れ値が1キロ当たり2500円、バナメイエビは同1400円」とされていた。消費者庁は、バナメイエビを「シバエビ」とメニュー表示するのは、「問題がある」としているが、森大臣が示した見解だと、不当表示には当たらないように思える。

明らかな見解の不統一であり、不適正な法運用と言わざるを得ない。

ガイドラインで示された法適用の基準が、大臣の発言で簡単に変更される、しかも、その論理が明らかに破綻しているというのでは、法執行機関の体をなしていないと言わざるを得ないだろう。

当ブログ【お上にひれ伏す「巨大不祥事」企業】で述べたように、阪急阪神ホテルズの問題を契機に、外食産業から百貨店業界にまで波及する大きな社会問題となった「食材偽装」問題に関して、消費者庁は、マスコミで騒がれた阪急阪神ホテルズの事案に対しては、景表法で排除措置命令を出し、殆ど同様の問題でもマスコミが取り上げなかったプリンスホテルの事案は調査すら行わない、という偏頗な法運用を行った。

偏頗な法適用に対する抵抗もなく、景表法の解釈についての「場当たり的解釈」も意に介することなく、不当表示を含む景表法違反に対して課徴金の導入を検討しているのが、森雅子大臣が担当大臣をつとめる消費者庁である。このような曖昧な基準で、課徴金が課されたり課されなかったりするというのは、事業者にとって余りに不公平であり、法律の運用として到底許されることではない。

そもそも、飲食店等における食材の提供というのは、素材の客観的な属性、成分だけではなく、そのイメージも含めて、消費者に価値をもたすものである。その両面から評価して、消費者に著しい誤認を生じさせ、選択を誤らせる行為は厳格に取り締まる必要があるが、厳密に呼称の正確性を貫くことが、消費者利益を図ることになるものではない。

消費者庁のガイドラインで問題とされた「牛脂注入牛肉」の問題についても同様のことが言える。それが、安価な牛肉に高級和牛の牛脂を注入することで高級牛肉と変わらない味を楽しんでもらうというのは、食材を提供する事業者の一つの「創意工夫」と言える。それを「牛脂注入」と明示させることで、料理のイメージが著しく損されることは否定しがたい。

そのようなことを徹底していけば、高級食材と低級食材の価格差はさらに拡大し、一握りの富裕層以外の多くの庶民は、イメージの悪い料理を、みじめな思いをしながら食べるしかなくなるのである。それが、社会にとって本当に望ましい方向なのであろうか。

「サケ弁当」「サケ茶漬け」などをめぐる議論の混乱の原因は、「食材表示」問題についての消費者庁の考え方自体が誤っていることにある。消費者問題担当大臣として行うべきことは、食材表示問題についての真の消費者利益というのは何なのかを、根本的に考え直すことなのである。

ところが、森担当大臣は、ガイドラインで基準を示したものの、事業者側の反発で、それを徹底することが難しくなると、「表示された食材の半値以下」、「一般的に消費者が認知」、「値段が安価で両者の間に差がない」などという曖昧な基準で、「その場しのぎ」をしようとしているのである。

もう一つの深刻な問題は、弁護士でもある国会議員として、消費者庁担当大臣と特定秘密保護法の特命担当大臣をも兼務する森雅子氏に、法律の運用に関する「場当たり的解釈」についての自覚が全くないように思えることだ。

景表法違反に対する法的措置として課徴金を導入するのであれば、不当表示についても、成立要件を明確化し、恣意的運用を排除することが不可欠である。それは、運用如何によって重大な人権侵害を生じる恐れのある特定秘密保護法案についても強く言えることである。「特定秘密」とは何かについて客観的で恣意性を排除した基準が示され、不当な秘密指定が行われることをどのようにしてチェックするのかについて、有効な方策が講じられなければならない。それを、景表法の不当表示の問題で露呈したような「都合の良い解釈」でごまかされたのでは、たまったものではないのである。

昨年12月に、与党の強行採決で成立した特定秘密保護法は、今後、法律の運用の枠組み作りという重要な段階を迎える。景表法の不当表示の問題で露呈した森担当大臣の「法執行の適正さに対する感覚の鈍さ」は、特定秘密保護法の運用の枠組み作りの「適正さ」に対しても重大な懸念を生じさせるものと言わざるを得ない。

(2013年2月12日の「郷原信郎が斬る」より転載)