消費税の増税は本当に必要なのか?

増税には、景気を冷ます効果がある。だから、たいていの経済学の教科書には、バブルに陥る危険があるときに増税をしなさいと書いてある。現在の日本経済は、ようやく景気回復のきざしが見えてきた。このタイミングでの消費税の増税は、経済を失速させるリスクが高い。
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 増税には、景気を冷ます効果がある。

 だから、たいていの経済学の教科書には、バブルに陥る危険があるときに増税をしなさいと書いてある。現在の日本経済は、ようやく景気回復のきざしが見えてきた。このタイミングでの消費税の増税は、経済を失速させるリスクが高い。複数の研究機関が増税後のマイナス成長を予想しており、景気失速から回復するには最短でも1四半期はかかるだろうと言われている。

 では、なぜ消費税は増税されるのだろう。

 たしかに日本の財政赤字は深刻だ。しかし、いま増税しないと半年以内に財政破綻するというレベルではない。もうしばらく様子を見て、バブル一歩手前ぐらいまで好景気になってからでもいいはずだ。

 にもかかわらず、なぜこのタイミングで増税するのだろう。

 消費税の増税が必要な理由について考えてみたい。

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 アベノミクスは、「景気をよくするためにすべきこと」を大盛り全部載せでやっているようだ。

 現在の経済学の主流は「ケインズ派」と呼ばれるもので、大ざっぱに言えば「誰もカネを使わないなら政府がカネを使え」と主張している。不況時には家計は消費を控えるし、企業は設備投資にカネを使わない。誰もカネを使わないから不景気が終わらない。だったら政府がカネを使え、多少の財政赤字は気にするな。これがケインズ経済学だ。雑な説明だ。

 歴史上、戦争が始まると好景気になることが知られている。

 これは政府が軍事費に多大なカネを使うからだ。ケインズが現れる以前は、国債を発行してでもカネを使える唯一の正当な理由は戦費だけだった。

 大規模な財政出動は、アベノミクスの柱の一つだ。国家予算の額は増え続けている。

 また2%のインフレ目標を設定した金融政策もアベノミクスの柱の一つだ。これも「景気をよくするためにすべきこと」だとされている。

 インフレとはモノの価格が上がることを言う。これは、逆に言えばカネの価値が下がっているのだ。

 たとえばラーメン1杯が500円の世界では、千円札1枚はラーメン2杯分の価値を持つ。ところがラーメン1杯が800円に値上がりした場合、千円札1枚はラーメン1杯と少しの価値しかない。モノの値段が上がるとは、カネの価値が下がることと同義だ。

 ところで、モノは流通量が増えると価値が落ちる。豊作の年には野菜が安くなることを私たちは近所のスーパーで経験している。価格調整のために畑に埋め戻される野菜の写真を、社会科の教科書で見たことがあるはずだ。

 同じことがカネにも言える。流通している現金の量が増えれば、カネの価値は下がる。つまりインフレになる。

 アベノミクスでは、インフレ目標の設定された金融政策が行われた。これは、流通している現金の量を増やして人工的にインフレを誘発することを意味している。たとえば日本銀行が国債を買い取った場合、その代金として日本円の現金が市中に放出されることになる。いわゆる「買いオペ」だ。現金の流通量を増やす方法には、このほかに公定歩合を下げる、預金準備率を下げる等がある。

 なぜインフレで景気が刺激されるかといえば、カネを保有しているよりも使ったほうがトクになるからだ。

 物価上昇が予想されるなら、企業はできるだけ早めに設備投資を終えようとする。家計は預金を溜め込むよりも、株券などの物価に連動して価値の変わるもので資産を運用するようになる。これにより企業の設備投資はさらに容易になり、景気は上向いていく。

 大規模な財政政策と、インフレ目標を定めた金融政策。この2つだけでもアベノミクスは景気回復に効果が期待できた。

 そして事実、日本経済は好景気になりつつある。

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 景気回復にともない、労働市場は「売り手市場」になりつつある。

 たとえばスターバックスコーヒーは契約社員を正社員化したが、これは将来的に人手不足を予想しているからだろう。同様の動きが他業界にも波及しつつあり、ユニクロはアルバイトの1万6000人を地域限定正社員にすることを決めた。また最近では、すき家のボイコットが話題になっている。すき屋のオペレーションの悪さに腹を立てたアルバイトたちが、2chの呼びかけ等に応じて次々に辞めているらしい。これは次のアルバイトがすぐに見つかるという期待がなければできないことだ。さらに相鉄のストライキがあった。もしも景気が悪く、ストによる業績悪化でクビを切られるかもしれないと考えていたら、この行動には踏み切れなかっただろう。

 景気が良くなると労働市場は「売り手市場」になり、労働者の待遇が改善される。

 しかし、そうなると困る企業もあるのだ。

 たとえば成熟市場で商売をしており、売上高を伸ばすのが難しい企業だ。好景気による収益増では人件費の増大をまかないきれないと考えている企業は、景気が回復しすぎるのを恐れるだろう。

 また短期の利益よりも事業の継続を重視している企業は、やはり景気回復を喜べない場合があるはずだ。もしも企業が短期的な利益のみを追求するなら、景気は過熱すればするほどよく、その後の賃金増を恐れる必要はない。たとえば急成長中のベンチャー企業なら、好景気で一気に売上げを増やしてバイアウトを狙うという選択もある。しかし短期的成長よりも事業継続を重視する企業には、その選択肢がない。

 さらに、技術革新による効率化の余地が少ない企業も、好景気による賃金増を嫌うはずだ。もしも技術革新によりコスト減が可能なら、たとえ売上げを伸ばしづらく、事業の継続を重視する企業であっても、人件費の増大をそれ以外の部分の効率化で補えるはずだ。それができない企業は、景気の回復しすぎを嫌がるようになるだろう。

 困ったことに、多くの日本企業がこの条件に当てはまる。

 まず日本は人口減少に直面しており、市場規模の拡大が難しい。売上げを伸ばしにくいという条件に多くの企業が当てはまる。また、ほとんどの企業が事業の継続を重要な経営課題にすえている。

 さらに製造業の現場にはトヨタ生産方式が行き渡り、効率化の余地があまり残されていない。反面、無駄が多いとされるホワイトカラーの業務は、社内政治的な理由から改善に時間がかかる。好景気にともなう人件費の増大を、その他の部分の効率化によって補うことができない。

 つまり今のタイミングでの消費税増税は、「好景気になりすぎると困る企業」にとって必要なのだ。

 ノーベル賞を受賞した経済学者ポール・クルーグマンは、好景気よりも穏やかな不況を望む企業がありうることを指摘している。

 私は陰謀論を唱えるつもりはない。日本経済を牛耳る「裏の権力者」がいて消費税の増税を指示した──、なんて言うつもりは毛頭ない。しかし消費税の増税が決まろうとしたとき、全力で反対した企業は無かったという印象を持っている。少なくとも、先述の条件に当てはまる大手企業では、激しい反対意見を表明したところは無かったと記憶している。このことは、クルーグマンの「不景気を歓迎する企業がある」という指摘を裏付けるできごとだと私は考える。

 増税は、間違いなく景気を後退させる。

 どんなに短くとも3ヶ月ほどは「堪え忍ぶ時期」になるだろう。そして3ヶ月は、力のない企業や個人を破産に追い込むには充分な時間だ。増税を価格に転嫁しづらい業種の人々にとっては、厳しい時期になるはずだ。

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 「あなたは、私たちの会社にどんな貢献ができますか?」

 就活や昇進の面談で、こんな質問を受けたことがあるはずだ。

 最近では、個人が企業にどれだけ貢献できるかを問われることが多い。けれど、本来なら逆であるべきだ。その企業で働くことで、個人の人生がどれほど豊かになるかを問うべきだ。なぜなら、「企業」という名の人間はいないからだ。人間でないものの幸福を願うのは、文字どおり非人間的だ。

 仕事は、金銭的な豊さのみならず、社会参加の喜びや、同胞意識の喜び、誰かに認められる喜びなど、様々な豊かさをもたらしてくれるものだ。仕事を通じて誰かの役に立ち、対価を受け取る──。このことに喜びを感じない人はいない。個人の豊さを追求することが、企業の豊さと必ずしも対立するとは限らない。

 個人の幸福追求と、企業の利益追求は、矛盾しない。

 にもかかわらず、企業の利益追求ばかりが重視され、個人の幸福追求がないがしろにされるのは、労働市場が「売り手市場」ではないからだ。労働者の処遇改善にいたるほど景気が回復していないからだ。

 個人の幸福追求と企業の利益追求を同時に実現するには、景気を過熱させるしかない。

 消費税増税の後の不況に備えて、様々な景気刺激策が講じられているらしい。それらが労働市場を「売り手市場」にするほどの好景気をもたらしてくれるのか、それとも景気後退時の企業の損失を補う程度に留まるのか、ぜひ注視しておきたい。

※参考

(2014年3月23日「デマこいてんじゃねえ!」より転載)