(ワシントン)-イエメンにおけるテロリスト容疑者を狙った暗殺作戦で米国政府は、国際法に違反して多くの一般市民を殺害している。ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日、米国政府による暗殺作戦(ターゲット・キリング)に関する報告書を公表し、その実態を明らかにした。こうした暗殺作戦は無人飛行機ドローンを利用して行われることが多い。一般市民の犠牲の結果イエメンの一般市民も作戦に反感を抱くようになっており、「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」に対する米国の取り組みにとってもマイナス効果となっている。
報告書「無人機とアルカイダの狭間で:イエメンでの米政府の暗殺作戦で市民に犠牲者」(全102ページ)は、米国政府がイエメンで行った計6件(2009年の1件、2012年から2013年にかけて5件)の暗殺作戦を検証した報告書。それらの攻撃のうち2件については明白な戦争法違反が犯されており一般市民が無差別に殺害された。残りの4件についても、合法的軍事目標とはいえない人物を標的にした可能性や均衡を逸した文民の死を招いた可能性が浮かび上がってきた。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのテロおよびテロ対策上級調査員で本報告書の著者であるレッタ・タイラーは「米国政府は暗殺の際、可能なあらゆる事前警告措置を取ると約束している。しかし、実際には、イエメンで不法に一般市民を殺害し、軍事目標とするには疑問のある人物を攻撃している」と指摘。「イエメン国民は『アラビア半島のアルカイダ』を恐れている。しかし、米国の暗殺攻撃の結果、『アラビア半島のアルカイダ』と同じくらい米国政府への恐怖感を持つようになったと語っていた。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチはアムネスティ・インターナショナルとの共同記者会見を2013年10月22日に開催し、その席で本報告書「無人機とアルカイダの狭間で」を公表。アムネスティは、パキスタンにおける米国無人機による攻撃についての独自の報告書も発行している。
2012年から13年にかけての約6週間、複数のヒューマン・ライツ・ウォッチ調査員が目撃者、殺害された遺族の家族、弁護士、人権活動家、政府関係者など90人以上から聞取り調査を行った。さらに、使用された弾薬や攻撃現場を撮影したビデオなどの物的証拠も検証。しかし治安上の懸念ゆえ、攻撃を受けた4地域の現場を訪問することはできなかった。
ほとんどの場合米国政府は、暗殺作戦を遂行していることを一般的にしか認めない。米国政府は個々の攻撃への責任を取ることを拒否するとともに、一般市民を含む攻撃による死傷者を明らかにしていないのだ。イエメン政府もほぼ沈黙したままであり、ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査した6件の攻撃に関しては、両政府ともコメントを避けている。
「アラビア半島のアルカイダ」は、2009年のクリスマスにおきたデトロイト行きデルタ航空機爆破テロ未遂事件で犯行声明を出しており、オバマ大統領は同団体を米国国民への重大な脅威のひとつとしている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査した6件の暗殺作戦による死者は82人で、うち少なくとも57人が一般市民だった。そのうちの一件である2012年にイエメン中央部のサラル(Sarar)で米国無人機ドローンを使って行われた攻撃で、一般市民が乗った車両に攻撃が加えられ、文民12人が犠牲となった。驚いて現場に駆けつけた村民たちは、小麦粉と砂糖にまみれ黒焦げになった親族の変わり果てた姿と対面することになった。近くの市場から自宅に小麦粉と砂糖を運んでいた車両が攻撃を受けたのだった。その暗殺作戦の標的とされた地元の「アラビア半島のアルカイダ」指導者は、その車両の付近にはいなかった。
「遺体は炭のように真っ黒で、顔も見分けがつかなくなっていました」と23歳の農民、アフマド・アルサブーリは話る。彼が近付いてみたところ、自分の父親と母親そして10歳の妹の遺体もあるのに気付いたそうだ。「あの時は頭を抱えて泣きました」と彼は話していた。女の子を膝に抱えたままの女性の遺体などもあったという。
米国の巡航ミサイルは2009年12月、南部のアルマジャラフ(al-Majalah)村にあるベドウィン族のキャンプを直撃、「アラビア半島のアルカイダ」メンバーと疑われる者14人と一般市民41人を殺害した。この一般市民犠牲者のうち三分の二が女性と子どもだった。この暗殺作戦にはクラスター爆弾も使われた。クラスター爆弾は、一般市民に許されない危険をもたらす無差別攻撃兵器である。
米国の無人機ドローンによる攻撃で2012年8月、「アラビア半島のアルカイダ」メンバーと疑われた者3人が殺害されたが、その際「アラビア半島のアルカイダ」に反対する説教をしていた聖職者とその従兄弟、さらに警察官1人も殺害された。親族によれば、殺害された聖職者は「アラビア半島のアルカイダ」の暴力路線を激しく非難しており、その非難演説の3日後に「アラビア半島のアルカイダ」メンバー容疑者たちが聖職者との会談を求めていたということだ。従兄弟は聖職者を警護するために付き添っていたのだそうだ。
暗殺対象を決定する際に米国政府は、武力紛争時に合法的に攻撃対象とできる戦闘員の定義について過度に弾力的な解釈をしている可能性がある。2012年11月に軍事都市ベイト・アルアフマル(Beit al-Ahmar)を無人機ドローンで攻撃した際、「アラビア半島のアルカイダ」の徴兵要員と疑われた人物を殺害したのがその実例だ。徴兵活動を行っているだけでは、戦争法上の攻撃対象とする十分な根拠になり得ないからである。
この6件の攻撃は、2013年5月にオバマ大統領が公開した暗殺作戦に関する米国の安全指針にも反している。オバマ大統領は、米国の攻撃は「アメリカ国民に差し迫った」脅威もたらす個人に対してのみ行われ、「一般市民を死傷させないのがほぼ確実で」、かつその者の逮捕が実行不可能な場合に限ると述べた。ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査した攻撃は、オバマ大統領が安全指針を公表する前に行われたが、ホワイトハウスはその規則が「既に実施済み」であったかあるいは「実施に向け移行済み」だったと述べている。
2001年9月11日の同時多発テロ以降米国政府は、パキスタン・イエメン・ソマリアで数百件におよぶ暗殺作戦(ターゲット・キリング)を実行。イエメン国内だけでも米国政府は2002年に1件、2009年以降に80件、計81件の暗殺作戦を実行している。複数の団体の調査によればそれらの攻撃で殺害されたのは少なくとも473人にのぼるとみられ、死者の大多数は戦闘員だったものの、一般市民も多く含まれていたと報告されている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはこの6件の攻撃が国際人道法(戦争法)に違反していないかを検証したが、そもそも国際人道法が適用できる場面なのかも必ずしも明確とはいえない。イエメン政府は「アラビア半島のアルカイダ」と戦闘中だが、米国政府はその戦闘の当事者であることは否定しており、アルカイダおよび「アラビア半島のアルカイダ」のような「関連勢力」と、世界的な規模で武装紛争を行っていると主張している。しかしながら、米国とそれらのグループの間の戦闘は、戦争法上の「武力紛争」に該当する「強度」を満たしていないと見える。
戦争モデルが適用されない場合米国政府は、国際人権法上の「法執行」アプローチに従って、アルカイダや「アラビア半島のアルカイダ」などの武装グループに対処する必要がある。国際人権法上では、人命を守るために直接必要であるという厳しく制限された状況下においてのみ、致死力を伴う強制力の行使が認められている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチとアムネスティ・インターナショナルは米国連邦議会に対し、2団体が調査して取りまとめた事例ならびに違法だった可能性が残るその他の攻撃を徹底的に調査するとともに、人権侵害の証拠を入手した場合にはそれを国民に公開するよう求めた。違法な殺人の責任者は、適切に懲戒あるいは訴追されなければならない。
またオバマ政権は、イエメンなどで行われている暗殺作戦について、十分な法律的合理性を提示しなければならない。米国政府がイエメン領土内で攻撃を行う場合、イエメン政府は米国が国際法を順守するよう確保すべきだ。
前出のタイラー上級調査員は「一般市民が犠牲となった暗殺作戦について、米国政府は調査を行うとともに違法行為の責任者の責任を追及しなければならない」と指摘する。「暗殺作戦の合法性および一般市民にもたらす影響について、米国政府はもっとずっと前に検証を開始すべきだったのだ。」
(この記事は、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」のサイトで10月22日に公開された記事の転載です)