消費税率が8%に増税されてから1か月が経ちました。消費税が価格に転嫁されており、一人の消費者の実感として、毎日の支払うお金が少し増えた感じがします。消費者として生活に直接影響があるので、少し財布のひもを締める必要があるのかなとも感じています。
さて、このような時に目立つのが「価格を据え置きで頑張っているお店」といった報道です。消費者にとってはお店が企業努力で「値上げしない」と言ってくれたら嬉しいですよね。でもこの種の報道には、大切な視点が抜け落ちているような気がしています。
それは、小規模なお店を営んでいる人も生活者であるという視点です。
懸命にお店を経営して、そこから上がる利益で生活を営んでいるという小規模小売業者の視点に立った時「価格据え置きで頑張っているお店」を好意的に報道することは、消費税を価格に転嫁するという真っ当な行為があまりよくないような印象になりかねない、危険な行為であると考えられます。
■消費税はだれが負担するの?
まず、消費税は誰が負担すべき税金でしょうか?国税局のHPによると以下のように言われています。
消費税は、商品・製品の販売やサービスの提供などの取引に対して広く公平に課税される税で、消費者が負担し事業者が納付します。
このように消費税は消費者が負担すべきものなんですね。(もっとも、税金を取る側の本音は「誰であれ払ってくれればそれでいいよ」と考えているかもしれませんが。)このように消費税は消費者が負担すべきものなんですね。(もっとも、税金を取る側の本音は「誰であれ払ってくれればそれでいいよ」と考えているかもしれませんが。)
そして今回の消費増税には国も『消費税転嫁対策特別措置法』といった法律を用意し、価格転嫁が正常に行えるように配慮をしています。
■消費税を価格に転嫁してくださいという趣旨の法律です
この消費税転嫁対策特別措置法は、消費税の円滑かつ適正な転嫁を確保することを目的としている法律です。
この種の法律でよくあるように、業者間での価格転嫁の拒否(減額・買いたたき等)を禁止しているのですが、消費税との関連での「消費税は当店が負担します」とか、「消費税還元セール」といった表示も禁止しています。このような表示を認めてしまうと、「おたくのお店は消費税を取るのかね?」といった反応をされてしまい消費税を正しく価格に転嫁しにくくなってしまうからなんですね。
もっとも「生活応援セール」といった表示や、たまたま割引率が税率の8%とか増税分の3%となるのは認められていたりとあまり徹底されていません。ただ、国も単に消費税を増税しますよというだけでなく、消費税を消費者に負担してもらうための努力をいろいろしているのですね。
■価格転嫁ができないとどれだけ大変なの?
さて、そうはいっても「たかが3%分しか増税されないんだから、小売店とかの事業者が負担してくれればいいのに...」と考える方もいるかもしれません。しかし、事業を営む上で3%の負担はとてつもなく大きいのです。
以下、中小企業実態基本調査 平成24年確報(平成23年度決算実績)の数値をもとに説明してみます。(法人経営の小売業全体の中から比率を筆者算出)
この資料によると小売業全体では売上総利益率が28.5%、売上高経常利益率が1.5%となっています。小売業全体の傾向からすると、1000万円を売り上げる企業では、売上総利益額が285万円、経常利益額が15万円という経営成績になるという事ですね。
さて、この企業に3%の消費税を負担してもらったらどうなるでしょうか?価格転化を一切しないで自社が負担するケースを考えてみたいと思います。
消費税の仕組み上、商品を仕入れたときに支払った消費税は仮払いしていると考えるので、売上高から仕入分の金額を控除した分に消費税がかかります。そして、簡易課税の考え方によると小売業は売り上げの8割が仕入れであるとみなされるので、売上の2割分に消費税増税分の3%がかかります。この例の場合納付すべき消費税の額は
(1000万×税率※)-(1000万×税率※×みなし仕入れ率)
で計算できます。
計算の結果、消費税は税率が5%のときは10万円、税率が8%のときは16万円となります。この例では増税により6万円を従来より多く納付する必要が出てくるんですね。
※正確には税率そのままで計算せず、国税・地方税を分けて計算しますが、説明の便宜上国税・地方税を一緒にしています。
さて、この6万円を事業者が負担するとしたらどうでしょうか?最初あった経常利益が15万円から9万円まで目減りしますよね。この目減りはどの位の大きさかというと、40%という水準になります。たかが3%の増税と思っていたものが、事業者が得るべき利益の40%を食いつぶしてしまっていることが分かります。
■影響の大きさを踏まえて報道すべき
このように、消費税を価格転嫁できないと事業者は非常に大きな影響を受けます。しかし、今回の増税時に小売業者が価格転嫁をしないケースを好意的に報道している例が見られます。
例えば、2014年4月4日の北海道新聞によると
セールの表現について、国は今回、税の趣旨について「誤認を与える恐れがある」などとして禁止した。だが、「消費税との関連がはっきりしないセールや、たまたま消費税率と一致するセールは禁止されない」(消費者庁)ため、各社に工夫の余地が残った。
「4日限り 冷凍食品全品8%引」。食品スーパーのラルズ(札幌)が3日配布したチラシには、大半の店舗で4日まで行う特売の情報がずらりと並ぶ。8%は新税率と一緒だが、同社は「通常のセールの一環」と説明する。
と報道されています。また、2014年1月7日の朝日新聞オンラインによると
生活雑貨店「無印良品」を展開する良品計画は7日、4月に消費税が8%へ引き上げられた後も、大半の商品について税込みの価格を据え置くと発表した。実質的に増税の3%幅分を値下げする。生産委託先を中国からより工賃の安い東南アジアへ移したり、物流を効率化したりすることで、値下げ分をまかなう。
と報道されています。これなどは2014年1月の報道なので仕方ないのかもしれませんが「実質的に増税の3%分の幅分を値下げする」とはっきりと言ってしまっていますよね。
また、テレビ番組などでも「値上げをしないお店」といった好意的な報道がなされています。
報道では、消費税転嫁対策特別措置法で禁止されている消費税増税と関連している値引きである旨の表現はしないように一定の配慮がなされていますが、もう一歩進めて、「消費税を負担するのは消費者である」旨や「消費税を価格転嫁しないのではなく、出来ないのだ」という事も知っていただけるような報道がなされればと思います。
なによりも、報道は生活者に情報を提供するという大きな社会的な意義があるので、小規模な事業を営んでいる人も生活者であるという視点を忘れないで欲しいと思うのです。
以下の記事も参考にして下さい。
小規模な事業を営んでいる人も生活者であるという視点を持つのならば、消費税を転嫁しないお店を安易に「事業者の努力で安くしていて素晴らしい」と礼賛するのではなく、そのような報道をすることによって消費税を価格転嫁しにくくなるといった影響が出てしまうので配慮が求められるのです。
中小企業診断士 岡崎よしひろ