かしこい人のニュース読解法/議論の苦手な人は何ができていないのか

ヒトは「頭の使い方」を覚えると賢くなる生き物だ。かけ算九九しかり、元素記号の語呂合わせしかり、丸暗記してしまうことで思考をスピードアップできる。
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ヒトは「頭の使い方」を覚えると賢くなる生き物だ。

かけ算九九しかり、元素記号の語呂合わせしかり、丸暗記してしまうことで思考をスピードアップできる。理系大学生のサイフは平均的に文系大学生のサイフよりも軽い。なぜなら彼らは数字に強く、「おつりのコインを最小にする計算方法」を身につけているからだ。それに加えて実験とレポートに追われてバイトができないという涙ぐましい事情がある。

私は学生時代に、ちょっとだけ英語ディベートをやっていた。その時に先輩に教えてもらった「ニュースの読み方」が今でも役に立っている。ニュースを読むにはトレーニングが必要で、読み慣れないうちは、「なにが問題なのか分からない」のが最大の問題となる。逆に「読み方のテンプレート」を覚えてしまえば、そのニュースの論点を即座に見抜けるようになる。かしこい人はこうやってニュースを読むのか! と当時は感心した。

今回のエントリーでは、その一部をご紹介したい。

ポイントはできるだけ細かく分解して考えること。複雑な現象を複雑なまま理解できるのは、ごく少数の天才だけだ。ぱんぴーたる私たちは私たちなりの方法で読み解きたい。

       ◆ ◆ ◆

1.いま・過去・未来の三つの側面を考える

ニュースを見たら、まずはこの三つの側面を把握したい。いま現在なにがおこっているのか・その原因は何か・これからどうなっていきそうか。丁寧なニュース記事には、この三つの側面が必ず織り込まれている。

例えば「台風で甚大な被害が出た」というニュース。

甚大な被害の「具体的な内容」が「いま」に相当する。死者や行方不明者は出たのだろうか。道路や橋梁は破壊されているのだろうか。現在進行形でおこっていることをまずはキチンと把握しよう。

その被害は、過去の自然災害に比べてどれぐらいの規模だろうか。また被害を防ぐ手立ては無かったのだろうか。対策があったとしたら、それを怠った「責任者」は誰か。――このように時間をさかのぼるようなニュースの読み方もできる。これがニュースの「過去」の側面だ。

いまと過去が分かれば、そのニュースの八割がたは理解できたと思っていい。それでは最後に、復旧にどれぐらいの時間がかかりそうか、「責任者」には責任能力があるか等々、これからのことに思いを馳せよう。これがニュースの「未来」の側面だ。

この三つの側面に分ける考え方は、ニュースを読むときだけでなく、そのニュースについて誰かと意見交換をする場合にも使える。言葉を交わしながら「自分たちはいま三つの側面のどこについて語っているのか」をつねに意識したい。昨今の「汚染された農作物」にまつわる議論では、この三つがごちゃまぜになったまま語られている場合がまま見られる。

2.立場を変えて考えてみる

その前段階として、そのニュースがあなた自身にとってどんなインパクトがあるかを考えてみよう。例えばある朝、新聞を開いたら「消費税増税」のニュースが目に飛び込んできたとする。財政破綻を免れるには税収アップが不可避だ、と記事には書かれている。さて、消費税が増税されたら、あなたにとっては得だろうか、それとも損だろうか。

あなたがもしも国家公務員ならば、このニュースは「得」になるはずだ。万が一、財政破綻などしようものなら、無慈悲なIMFにより政府の不採算部門はあっという間にリストラされる。国会議員たちが支持率低下を覚悟で増税策を取ったのだから、それだけ財政が逼迫しているということだ。失職するのに比べたら消費税の増税なんて微々たる出費だろう。またあなたが会計士や税理士だったら? 顧客の企業からの相談で、今日は一日中、電話が鳴りっぱなしになりそうだ。報酬をたんまりとかき集められる。

あなた自身へのインパクトを把握したら、次は「自分とは違う立場」のヒトのことを考えてみる。

たとえば自分の10分の1の収入で生活しているヒトのことを考えてみよう。年収250万円の新入社員なら、高校生の立場になって考えてみるのだ。もしも消費税が増税されたら、カラオケに行く回数やファミレスにたむろす回数は減りそうだ。真面目な生徒ならかえって成績があがるかもしれない。

続いて自分の10倍の年収の人のことを考えてみよう。年俸2,500万円の会社社長ならどうだろう。消費税が10%あがったら、そのまま収入が1割減るのと同じだ。250万円が225万円に減るのは痛い。給料一ヶ月ぶん以上の減額だ。それに対して、2,500万円が2,250万円に減ったところで、暮らしの質は大して変わらなさそうだ。消費税の増税は金持ちほどインパクトが小さく、貧乏人ほどダメージが大きくなるようだ。よく言われる「消費税の逆進性」だが、具体的な数字を使って想像してみると肌で理解できる。

ここでは「自分」「貧乏人」「お金持ち」という三つの立場から考えてみた。どういう立場を設定するかは自由だし、いろんなパターンが考えられる。たとえば男女ならどうだろう。同じ25歳なら、男性と女性のどちらのほうが消費税の増税で「困る」かな? 答えは宿題にしちゃおう。ここ、テストに出ます。

◆代表的な「立場」の例◆

・収入――お金持ちと貧乏人のそれぞれにとって、そのニュースはどんな価値を持つだろう。

・年齢――ある年代にとっては「得」になるニュースが、ほかの年代にとっては「損」になるなんてのは良くある話。自分とは違う様々な年齢層になりきってニュースを読もう。

・性別――男女の垣根は少しずつ低くなってきているものの、まだまだ越えがたいほどの高さがある。異性の目にこのニュースはどう映っているだろうか。

・職業――あなたとは違う仕事をしている人のことを考えてみよう。たとえば「大雨」のニュースの価値は、都会のオフィスで働くホワイトカラーと、建設現場のとび職と、田舎の農家ではまったく異なる。

◇国内ニュースではあまり気にしないけれど......

・国籍――たとえば「車上荒らしが頻繁に出没するので注意喚起の看板を立てた」というニュースがあったとする。ニュースには看板の写真が添えられていたけれど、難しい漢字しか並んでいなかった。「この看板を読めない人はどうするの?」という疑問は、外国人の立場になって考えなければ気づけない。

・宗教――ブタ、酒、牛、中絶。このあたりの話題は宗教に直結する。自分が無宗教の場合でも、頭の片隅においておきたい。

こうやって「いろんな立場の人」を想像できるようになれば、コミュニケーションがぐっと簡単になる。会話の基本は相手をおもんぱかることだ。それができないと、「立場の違う人とは天気と野球の話しかできない」というツマラナイ大人になってしまう。

ただ、他の誰かに感情移入できるようになればなるほど「誰の立場になって意見を言うべきか」が分からなくなる。

ずばり言おう。あなたはあなたの利益が最大になる意見を主張するべきだ。みんなが自分の利益を主張すれば、みんなの要求を"そこそこ"満たせる点でバランスするはず。それが民主主義だ。日本ではみんなが空気を読んじゃって自分の本音を言わないから民主制も上手く働かない、のかも。

3.「政策評価のピラミッド」を使ってみる

これが今回のエントリーの目玉。ニュースのなかでも、とくに政治・政策系のものを読み解く便利ツールだ。

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すべての国のすべての政策は、このピラミッドを使って分析できる。この図の下から上に向かって順番に検証していけばいい。

分かりやすいところから説明すれば、「Necessity/必要性」は「その政策が本当に必要かどうかを考えなさい」という意味だ。例えば「消費税の増税」という政策は、そもそも「財政の健全化」という必要性があるから施行される。どんなにすばらしい徴税方法を思いついたとしても、財政が健全ならば必要ない。「いい政策」である第一の条件は、その政策が必要であることだ。

続いて「Feasibility/実現可能性」は、その政策が実現不可能な夢物語ではないかどうかを検証する。たとえば消費税が現在のような間接課税(企業が消費者から集めて国に納税する方法)ではなく、直接課税だったらどうだろう。確定申告のときに各個人が「その一年に消費に使った額」を申告し、そこに税率を掛けて徴税するという方法だったら。そんな徴税方法では、消費税政策はたぶんうまく機能しないだろう。「一年で消費に使った額」を算出するのが大変すぎるし、申告漏れや虚偽申告を見抜くのがとても難しい。どんなに必要性があっても、実現可能性が低い政策はやはり「いい政策」とは言えない。

さらに「Workability/実効性」は効果の有無を検証する。増税政策ならば「税収が増えるか・かえって減収になることはないか」を考える。

一方、「Effectiveness/有効性」は効果の範囲・規模を検証する。増税により税収が増えるとして、その"増え幅"はどれぐらいだろうか。政策によって生じるデメリットを上回るほどの効果を上げられるだろうか。

この「政策評価のピラミッド」は、土台に近づくほど根本的な課題、てっぺんに近づくほど実際的な課題が洗い出される。そもそも不必要な政策ならば、増収額の多寡なんて議論しなくていい。つまり、土台に近い部分に"粗"の目立つ政策ほど「ダメな政策」だと言えるのだ。

最後に「Justification/正当性」について説明すると、その政策が「政府の役割」にかなったものかどうかを問うている。たとえば「高齢者の医療費が高騰している」という問題の解決策として「老人を処刑します」なんて政策を取るのは許されない。正義にもとるからだ。政府の役割・正義に照らしてその政策が妥当かどうかを、この部分で考える。

      ◆

では実際に「消費税の増税」という政策を例にとって、このピラミッドの使い方の実例を紹介しよう。

何はともあれ、まずは「Justification/正当性」だ。税制を決めるのは間違いなく「政府の役割」なので、この部分では問題がなさそうに見える。ただし先述のとおり、消費税には強い逆進性がある。そして「富の再分配」は政府の役割の一つだ。こちらの役割をどれほど重視するかによって結論が変わる。富の再分配を何よりも重視するのなら、消費税という税制そのものが許し難いものになる。逆にまったく考慮しないなら、人頭税のようなさらに逆進性の強い税制だって許される。実際にはそんな両極端な考え方をする人は少なくて、中庸ぐらいに落ち着くだろう。さて、あなたは何パーセントまでなら消費税を許せますか?

続いて「Necessity/必要性」だ。日本の財政破綻が一歩また一歩と近づいているのは事実だ。消費税の増税はすでに論を俟たないと、テレビの「えらい人たち」は言う。だが、もしも財政再建の方法が他にもあるとしたら? リフレやコンパクトシティの実現によって、財政を健全化できるとしたら? 増税するにしても、消費税よりもすぐれた税制があるなら? もしもそんな別解があるなら、消費税増税の必要性は雲散霧消する。増税を支持する人はこの部分を全力で理論武装しなければいけないし、増税反対派の人はここさえ突き崩せば論破できる。ディベートで賛成派・反対派の議論がもっとも白熱するのはこの場所だ。

さらに「Feasibility/実現可能性」。じつは消費税増税の強みは、この部分がしっかりしていることだ。すでに消費税の徴収・申告・納税は堅牢な仕組みにより運営されているし、少し税率が上がったとしても、各企業は問題なく対応できるだろう。消費税の実現可能性の高さは、ほかの代替案よりも頭一つ飛び抜けている。

そして「Workability/実効性」はどうだろう。消費税を上げれば、確かに税収も増えそうだ。しかしどんな税金であれ増税には「景気を冷やす」作用がある。とくに消費税の場合は、あらゆる消費がいっぺんに圧迫されるため景気に多大な影響を与える(たばこ税の増税と比べてみて!)。不景気が続けば、そのぶん税収も得られない。消費税を増税することで、手に入るはずだった税収がかえって失われてしまうかも知れない。この部分では賛成派と反対派で意見が真っ向から対立する。

最後に「Effectiveness/有効性」はどうだろうか。消費税増税の場合、この部分はWorkabilityの話の続きになる。増税により景気が抑制されるのは確かだが、その度合いをあなたはどれぐらいだと見積もるだろうか。景気の失速により大量の失業者が出て、貧困の増大・治安の悪化・社会保障の費用が増加――なんて経路をたどったら、たとえ税収が増えたとしても「財政再建」にはたどり着けない。反対派はこの部分を悲観的に見積もるし、賛成派は楽観的だ。さて、あなたは?

この政策評価のピラミッド。使ってみれば分かるけれど、かなり汎用性が高い。それこそ企業の企画決定から文化祭の出し物にいたるまで、およそすべての「計画を立てて実行するもの」に応用できる。

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今回のエントリーでは、ニュースの読み方を三つ紹介した。

1.いま・過去・未来の三つの側面を考える

2.立場を変えて考えてみる

3.「政策評価のピラミッド」を使ってみる

これらに共通するのは「1つのニュースを様々な側面に分解している」という点だ。そうすることで複雑な出来事がかみ砕かれ、理解しやすくなる。また誰かとニュースについて会話している時に、「相手は/自分は今このニュースのどの部分を語っているのか」が把握しやすくなる。自分たちの語っている「場所」をつねに意識しておけば、噛み合わない議論を避けられるし、話がややこしくなってきた時に議論の交通整理をするのも簡単だ。

つまりニュースをきちんと読める人は、きちんと議論のできる人なのだ。

「日本人は議論が苦手・すぐに空気を読みあってしまう」なんて言われているけれど、脱出したいならまずはニュースをしっかり読みこなせるようになりたい。