およそ2人に1人ががんになると言われる時代。がんは特別なことではない。それでも、あなたがある日突然、がんだと言われたら?
夢だった自分の店をオープンして約半年での、乳がん発覚。一度は余命宣告までされた伊藤千津子さんが、生きがいである仕事を続けられるのはなぜか。闘病と仕事の経験を生かして、がん患者支援の輪を広げる伊藤さんと、伊藤さんを支える人々に話を聞いた。
■夢だった独立から半年。突然の乳がん発覚と余命宣告。
――ご自分の病気を知ったとき、どう思いましたか?
伊藤さん:がんと告知を受けたときは、手術すればいいと思ったんです。ところがステージ4、脊椎にも転移して手術ができないと言われ、頭が真っ白に。すぐに放射線と抗がん剤治療が始まり、その影響で毎日吐いて、3ヶ月で24kg痩せました。念願のショップオーナーになって約半年、これからというときでしたが、夫には医師から「来年の正月を越せるか......」と余命宣告もあり、仕事のことを考える余裕もなくなっていきました。
■手を握られることで気づいた、自分だけができる "癒し"
――壮絶な闘病のなか、何が支えとなったのですか?
伊藤さん:周囲の支えが一番ですね。病気になって一番辛かったのは、社会から外れる不安と無力感です。ショップのスタッフがお見舞いに来てくれたときは、がんばらなきゃと思えました。でもその反面、夜中にハッと目が覚めて、「明日の朝、私はもう目覚めないんじゃないか」と強烈な孤独感に襲われることが何度もありました。
そんなとき、家族や看護師さんが手を握ってくれると、不思議と安心して眠れて......。ふと、手を握るとか身体に触れるっていうことが、私がしてきた美容の仕事にすごくつながっているって気づいたんです。体調が安定してきてからは、病気の経験と仕事をつなげて、社会で自分にしかできないこと、がん患者を癒す活動をしたいと思えるようになりました。
■患者さんの話に耳を傾け、心も身体も癒していく。
――具体的に、どんな活動を始めたのですか。
伊藤さん:メーク指導やハンドトリートメントのボランティアを始めました。
がん患者って、治療で髪の毛や眉毛が全部抜けるから、家にこもりがちになるんです。でも、ちょっと眉毛を描いてメークをするだけで、外出できるようになります。医師には、眉描いていいですか、口紅塗っていいですかって、なかなか聞けないでしょう。でも、私はがんを経験しているから、「大丈夫だよ」って言えるんです。どんな状況でも、綺麗になりたいという思いは変わらない。メークをした後は、皆さんパッと顔が明るくなります。
――ハンドトリートメントも、病院から毎年依頼がくるほど好評だと聞きました。
伊藤さん:私が治療を受けている東北ろうさい病院の「緩和ケア週間」で、毎年患者さん向けにハンドトリートメントのボランティアをしています。去年は80人近くが来てくれました。ポーラのスタッフ10人で参加したのですが、それでも人手不足なほどで。身体的に心地よくしていくことはもちろんですが、患者さんの話に耳を傾け、頷きながら心をほぐすことも、大切な癒しです。話を聞いてもらうことで、救われることもあるんですよね。皆さん笑顔で帰られ、改めてやりがいを感じました。
――素敵な活動ですね。これからの目標を教えてください。
伊藤さん:自分の経験を生かしながら、がん患者さんはもちろん、もっと多くの人を癒していきたいです。肌と心と体はくっついている。私たちの仕事は、ただ綺麗にするだけではなく、その人の人生丸ごとを癒すもの。病気を経験して、それに気づくことができたんです。これまでは、がん=死というイメージがありましたが、今は治療をして、がんとともに生きる時代。若い世代も巻き込みながら、その手助けをしていきたいです。
伊藤さんの精力的な活動は、周囲の人々にも大きな影響を与えている。伊藤さんと長年一緒に働き、ボランティアに励むショップスタッフ、治療を続けてきた医療者たちは、今何を思うのだろうか。
■伊藤さんに教えてもらった、美容に携わる人間の使命。スタッフたちが今思うこと。
――伊藤さんの入院中は、どんな思いでサポートをしていましたか。
三品さん:伊藤オーナーは仕事が好きってわかっていたので、少しでも安心するかなと思って、入院中もお店の報告をしていました。オーナーはいつも仕事の話を始めるとシャッキとしていて、皆そのパワーを見習いながら、絶対にこの店を潰してはいけないという思いでがんばりました。
――病院でのハンドトリートメントやメーク指導に参加して、ご自身にはどんな変化がありましたか?
小川さん:最初はどのように接していいか戸惑ったときもありましたが、皆さん、施術の前後でガラッと表情が変わるんです。患者さんの笑顔が好きで、今は自信と誇りをもってやっています。
大川内さん:お店のお客さんにもがんの方がいますが、オーナーの経験を身近で見て、ボランティアを経験したことで、身構えずお話を聞くことができました。これからもこの活動を続けていくことが、美容に携わる人間の使命だと思います。
■がん患者が、がん患者を癒す先生にもなれる。医療者が伊藤さんに出会って気づいたこと。
――伊藤さんに病院でのハンドトリートメントを勧めたきっかけは何ですか?
佐藤さん:伊藤さんを励まそうと、お店でエステを受けてみたことがきっかけです。普段は私が医療者、伊藤さんが患者さんですが、「今日、肌の調子どう?」って聞かれた瞬間、その関係が逆転したんです。ケアされるって本当に気持ちいいし、しかも患者であるはずの伊藤さんが、癒す力をもっている。それを病院の患者さんにも伝えたいなって思って。「この人もがんなんだ」って思いながらケアしてもらうのが、一番素敵なこと。皆さん勇気をもらい、心を開いてくれます。
伊藤さんはがん患者であって、がん患者を癒す先生にもなれる。私はそれがすごく誇らしいんです。
――がん患者の就労について、どう思いますか?
丹田さん:伊藤さんのように、仕事を生きがいとしている人や、生活の糧として働きたい人はたくさんいます。医師として、できるだけバックアップしていきたい。一般の方は、がんになると死んでしまうと思っている人が多くて、「病気だからもう仕事なんかできないでしょ?」という声をまだ耳にします。でも、そんなことはない。2人に1人ががんになり、高齢者も働く時代。人事担当、管理職の方はもちろん、がん就労の知識が社会で必須になってくると思います。
(執筆:ハフポストPartner Studio 撮影:西田香織)
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