知られざる生物の世界は奥深い。海に漂う小さな平板動物は奇妙な生きものである。その平板動物を列島各地の海から採集するのに、筑波大学下田臨海実験センター(静岡県下田市)の中野裕昭(ひろあき)助教が成功し、温帯の海域に広く分布する可能性を示した。謎の多い平板動物に光を当てる発見で、6月19日付の英科学誌Scientific Reportsに発表した。
平板動物は3層に配置されたわずか5種類の細胞数千個からなる直径 0.5~3mmほどの海産動物。消化管や排出系、呼吸器、神経、筋肉もない。海水浴などで探し出すのは不可能だ。自由生活をする動物としては、世界で最も単純な体制(構造)を持つ動物とされ、古くから進化学者の関心を集めてきた。
ゲノム(全遺伝情報)も2006年には解読され、大半の動物が属する左右相称動物に含まれない原始的な動物と判明した。栄養が豊富なら、分裂して増えて、群集にもなる。しかし、有性生殖過程や成熟精子などがまだ確認されておらず、種類も一つの種に分類されているだけで、なお深い謎に包まれている。
野生からの採集は困難で、初めて報告されたのも、オーストリアの水族館の水槽から1883 年に発見された個体だった。世界で2例目の野生環境からの採集は1977年に日本大学下田臨界実験所(下田市)でなされた。その後、国内の数カ所で生息が確認されたが、研究はあまり進んでいなかった。
中野裕昭さんは、平板動物がこれまで報告されていなかった筑波大下田臨海実験センターでいろいろな採集の仕方を試みた。ガラス板(11cm×7cm程度)をアクリル板の箱に入れて、水槽や海に沈めておき、1カ月ほど後に回収すれば、ガラス板に付いてくる平板動物を安定して採集できることを確かめた。また、石や貝殻を周りの海水とともに研究室に持ち帰り、顕微鏡下で観察することでも採集できることも確認した。こうして有効な採集方法をまず確立した。
金沢大学能登臨海実験施設(石川県能登町)、お茶の水女子大学湾岸生物教育研究センター(千葉県館山市)、名古屋大学菅島臨海実験所(三重県鳥羽市)、京都大学瀬戸臨海実験所(和歌山県白浜町)、琉球大学瀬底研究施設(沖縄県本部町)を回り、これらの方法を使ったところ、どこでも採集できた。能登、館山、菅島からは初めての報告となった。
北は日本海側の石川県から、南は沖縄まで採集できた事実からは、人に知られないまま、平板動物が日本の海の広い範囲で生息していることがうかがえる。下田では12月~2月、白浜では12月と、冬でも見つかった。熱帯から亜熱帯の動物とみられていた平板動物に、冬の海でも生存できる耐寒性があったのだ。イギリスやアメリカ北東部の海から採集されていることも加味すると、平板動物は熱帯や亜熱帯だけでなく、世界中の温帯や亜寒帯の海に分布している可能性が強まった。 研究した筑波大の中野裕昭さんは「人間が知らなかっただけで、これまでも平板動物は意外にどの海にもいたのだろう。今回の成果は、その生態や進化、発生の研究を発展させるきっかけになる。平板動物の研究を通して、動物全体の進化を解明していきたい」と話している。
関連リンク
・筑波大学 プレスリリース