"ピザゲート"発砲事件 陰謀論がリアルの脅威になる

そもそも"ピザゲート"とは何なのか?

米ワシントンのピザ店「コメット・ピンポン」で4日に起きた発砲事件が、波紋を広げている。

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"ピザゲート"というネット上の陰謀論が発端となり、その舞台とされた店に、ライフルと拳銃で武装した男が乗り込んだのだ。

話はそれだけにとどまらない。

事件後の9日に発表された、大統領選への投票者を対象とした世論調査では、全回答者の9%、トランプ氏支持者の14%が"ピザゲート"を信じている、としている。

今回の投票総数1億3700万票に当てはめてみると1200万人、うちトランプ氏支持者の880万人は、この陰謀論を信じているという計算になる。

この余波はトランプ氏周辺にも及び、発砲事件当夜に、なお"ピザゲート"を拡散させるツイートをしていた政権移行チームのメンバーに批判が殺到。チームを外れる事態になった。

このメンバーは、次期政権の国家安全保障担当補佐官、マイケル・フリン氏の息子だ。

そして事件後も、デマニュースサイトなどではこんな主張が飛び交っている。

「発砲事件は政府、既存メディアによる工作だ。ピザゲートを隠蔽しようとしている」

陰謀論は、さらに続く勢いだ。

●「自ら調査するため」

事件の舞台となったピザ店「コメット・ピンポン」は、ホワイトハウスから北西7キロの、コネチカット・アベニューに面した場所にある。

ワシントン首都警察の発表文ニューヨーク・タイムズが公開している刑事告発状によると、4日の日曜日午後2時58分ごろ、店内に銃器を持った男が押し入った、との通報が警察に入る。

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男はノースカロライナ州在住の28歳、エドガー・マディソン・ウェルチ容疑者。米軍用のM1自動小銃と、38口径コルト・リボルバーを所持。店内に向けて自動小銃で数発を発射した、という。

その後午後3時24分ごろ、容疑者は店外に出て警察に投降、逮捕。客らは店外に逃げ、けが人はなかった、という。

●ワシントン・ポストの1面

このけが人もいない発砲事件を、翌日のワシントン・ポストは1面に写真つきで扱い海外メディア次々報じた

メディアが注目したのは、警察の発表のこの部分だ。

逮捕後の聴取で、容疑者は"ピザゲート"(ネット上の架空の陰謀論)を自ら調査するために現場に赴いた、と述べている。

トランプ氏支持派のムーブメント「オルタナ右翼」を中心に、ネット上で流布していた陰謀論"ピザゲート"が、武装した容疑者によるピザ店襲撃という、多くの犠牲者を出しかねない、深刻な事態を招いたことになる。

●「児童虐待のネットワーク」

そもそも"ピザゲート"とは何なのか?

バズフィード・カナダの創刊編集長でファクトチェックの専門家、クレイグ・シルバーマンさんや、BBCトレンディングのチームがその概要をまとめている。

児童の性的虐待と人身売買の国際的な地下ネットワークが存在し、その中心人物がヒラリー・クリントン氏、側近のジョン・ポデスタ選対本部長と親しいジェームズ・アレファンティスさんが経営する「コメット・ピンポン」が拠点となっている――。

こんな陰謀論が10月末ごろから、ツイッターや「4chan」「レディット」といったネット掲示板などに流れ、デマニュースサイトにまとめれらていったようだ。

ひとつのきっかけは10月28日、米連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コミー長官が、クリントン氏の私用メール問題の捜査再開を表明したことだった。

新たに見つかったメールの中に、児童虐待のネットワークの中心人物がクリントン氏であることを示すものがあった――というデマが"ピザゲート"の発端だ。

さらに、ウィキリークスが暴露したポデスタ選対本部長の流出メールの中に、アレファンティスさんとやりとりしたものがあったことから、陰謀論に結びつけられることになる。

アレファンティスさんは、ファッション雑誌「GQ」が2012年に選んだ「ワシントンの有力者50人」で49位にランクインするなど、民主党支持者として、目立つ存在だったことも影響したようだ。

検索キーワードの人気度を見る「グーグル・トレンド」のデータでは、"ピザゲード"は11月半ば以降、急速に関心が高まり、米国内では"TPP"をはるかに上回っている。

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ワシントン・ポストが紹介している、イーロン大学助教、ジョナサン・オルブライトさんの調査では、"ピザゲート"の拡散には、ツイッターボットによる自動送信も後押ししており、米国以外にもチェコやキプロス、ベトナムと広範囲な場所から発信されていた、という。

また、ネットメディア「デイリードット」によると、"ピザゲート"はトルコのエルドアン大統領支持派の間でも拡散している、という。

●脅迫、そしてネット中継

"ピザゲート"の拡散によるリアクションは、今回の発砲事件が初めてではなかったようだ。

すでに11月8日の大統領選投開票日前から、インスタグラムやフェイスブック、ツイッターなどを通じて、数百もの殺害予告などの文言が、アレファンティスさんや店のスタッフに殺到していた、という。

座席120、スタッフ40人を擁するピザ店は、陰謀論の渦中に巻き込まれる。

アレファンティスさんは、FBIや地元首都警察にも相談し、フェイスブックやツイッター、ユーチューブなどのソーシャルメディアにもデマの削除要請を出していた、という。

だが"ピザゲード"の陰謀論は広がるばかり。

11月中旬には、ツイッターのストリーミングアプリ「ペリスコープ」を使って、店内の様子をネット中継する人物まで現れた。

その果てに、今回の発砲事件を迎えることになる。

●「子どもたちを救出する」

ニューヨーク・タイムズが逮捕後の容疑者に面会。インタビュー記事を掲載している。

それによると、ウェルチ容疑者には2人の娘がいる。かつては共和党員だったが、今回の大統領選ではトランプ氏にもクリントン氏にも投票しなかった、という。

"ピザゲート"については人づてに知り、ネットの記事を次から次へと読むようになったようだ。

「事実をいくらかでも明らかにしたい」「罪のない人々が苦しんでいると思うと、胸が痛んだ」

それが動機で、銃器を持っていったのは、捕らわれているはずの子どもたちを、店から救出するためだった、という。

マーチン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の1976年の映画『タクシードライバー』で、武装した主人公が、売春アパートで銃を乱射、少女を救い出すシーンを思わせるような心象風景だ。

だが実際には、ピザ店に捕らわれている子どもは、いなかった。

今回の事件を後悔しているか、との質問には、こう答えている。「状況の対処を間違えたことについては、後悔している」

●政権移行チームからの解任

発砲事件の余波は、トランプ氏周辺にも及んでいる。

フリン氏は、新政権の国家安全保障担当補佐官に指名されたマイケル・T・フリン元国防情報局長の息子。

フリン親子は、この「ピザゲート」をツイッターなどで取り上げてきたことで知られる。

息子のフリン氏は、発砲事件のあった日の夜にも、ツイッターで"ピザゲート"は存在する、と主張していた。

#ピザゲートは、虚偽だと証明されるまで、ニュースとして存在し続ける。左翼は#ポデスタメールと、それにまつわる数多くの"偶然の一致"を忘れてしまったらしい。

このツイートがメディアの注目を集めたことから、即座にダメージコントロールに舵を切ったようだ。

●デマを信じる

米民間調査機関「パブリック・ポリシー・ポーリング」は発砲事件から5日後の12月9日、大統領選の投票者1224人を対象に、6日と7日に実施した世論調査の結果を公表した。

この中に、まさに"ピザゲート"ついての質問があった。

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全体では回答は「思う」が9%、「思わない」72%、「どちらともいえない」12%だった。

これが、トランプ氏に投票したグループでは、「思う」が14%、「思わない」54%、「どちらともいえない」32%。

クリントン氏に投票したグループでは「思わない」が90%にのぼるのと対照的だ。

そして少なくとも、今回の大統領選の投票総数1億3700万票の9%、1234万人、さらにこのうち現在までのトランプ氏の得票総数6280万人の14%、880万人は、発砲事件後も、"ピザゲート"を信じていることになる。

世論調査では、大統領選に関連して流布した、いくつかの著名なデマについても、合わせて質問している。

「思う」32%、「思わない」55%、「どちらともいえない」14%

「(投資家の)ジョージ・ソロス氏がドナルド・トランプ氏への抗議デモ参加者に資金提供をしていると思いますか、思いませんか」

「思う」42%、「思わない」35%、「どちらともいえない」24%

デマの排除の難しさがよくわかる数字だ。

●「発砲事件は偽旗作戦」

発砲事件の後、急速にネットに広まったのが、「ファルスフラッグ(偽旗作戦)」という言葉だ。

「偽旗作戦」とは、ここでは、敵になりすまして行う秘密工作といった意味で使われている。

政府と既存メディアが共謀して、発砲事件をでっち上げ、"ピザゲート"を隠蔽しようとしている―。

今回の発砲事件を、さらに陰謀論へと取り込んでいるのだ。

陰謀論は止まる気配がない。

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■ダン・ギルモア著『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』全文公開中

(2016年12月10日「新聞紙学的」より転載)