キューバ経済は、これまで半世紀以上ほとんど微動だにしてこなかった。そのため、現在と数十年前の写真を比較しても、どちらがどちらか言い当てることは難しい。
この共産主義国家は、少なくとも表面的には、アメリカから初めて経済制裁を受けた1960年以来ほとんど変化してこなかった。2014年12月18日、もうまもなくその制裁も緩和されると、オバマ大統領は声明を出した。しかし、これまでキューバの経済は共産主義政策によって停滞し、世界の中でも孤立してきた。キューバは、過ぎ去った時代の「タイムカプセル」のような存在になっていたのである。
キューバに投資を行った国々もあったが、この国を21世紀へ完全に移行させることはなかった。首都ハバナのインフラ開発も進んでいない。キューバ国民は今でも、主として農業や漁業といった伝統的な商売を営んでいる。多くのキューバが今も使っている1950年代製の自動車は、キューバ文化の象徴となった。
キューバは経済を維持するために、ロシアやベネズエラといった国家からの補助金に頼ってきたが、これもまた減少傾向にある。現在1人あたりのGNP(国民総生産)は、わずか5,890ドルで、アメリカの10分の1。世界ランキングの中では、トルクメニスタンやアフリカのガボン共和国よりも下であると、ウォールストリート・ジャーナルは伝えている。CIAによると、キューバの生活水準は、ソ連崩壊以前よりも下回っているとのことだ。
しかしアメリカとの国交回復により、キューバは世界に追いつくための足がかりを得ることができるかもしれない。そしてきっと、ハバナを走るクラシックカーの数々を懐かしく思うようになる日も、近いかもしれない。
以下の写真から、1960年代以来キューバの経済がほとんど変化していないことがわかる。
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1950年 - キューバの首都ハバナ。狭い通りに車が停まり、日陰を歩く歩行者たち。当時、これらの車は新型だった。現在でも同じ車が走っている。\n
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1950年ごろ - キューバ、オリエンテ州。掘っ立て小屋の外で遊ぶ子供たち。
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1960年ごろ - キューバの砂糖工場で働く労働者たち。かつてキューバは、世界でも有数の砂糖輸出国だったが、砂糖産業のグローバルシェアは1960年代の12%からわずか1%まで落ち込んでいると、 ウォールストリート・ジャーナルは伝えている。
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1969年ごろ - マンサニヨの漁師たち。EDF(環境防衛基金)によると、近年キューバの漁業は乱獲によって悪影響を受けている。
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1980年 - ハバナの通りに停められた、1950年型シボレー。
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1988年 - ハバナの通りで空のボトルを分別する男性たち。
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1988年 - アーネスト・ヘミングウェイも通っていた、ハバナで最も有名なバー、ボデギータ・デル・メディオ。貿易禁止の解除は、キューバ産の蒸留酒、特にラム酒のルネサンスを巻き起こす可能性もあると、 ニューヨーク・ポストは伝えている。
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1993年 - 釣ったばかりの魚を売る、漁師とその妻。以前この夫婦は、楽しみのためだけに魚を獲っていたが、経済危機によって魚を販売しなければならなくなった。
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1994年 - ビニャーレス渓谷の農民と雄牛たち。近年、最新式の農機具が不足するキューバの農業は苦境に陥っていると、テレグラフは伝えている。
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1994年 - キューバの田舎道で自転車に乗る2人。\n
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1994年 - バナナを積み込む農家の人々。
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1995年ごろ - キューバの最重要タバコ・プランテーションの1つであるサンフアン・イ・マルティネスの工場で働く労働者とその娘。
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1997年 - ハバナ郊外の蒸気機関車。
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撮影年不明 - 巨大な葉巻をくわえながら、首都ハバナの葉巻製造メーカーであるパルタガスで働く老女。
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1999年 - ハバナの主要な食料市場の1つであるクアトロ・カミーノスで買い物をする、キューバの人々。当時、旧ソ連からの援助打ち切りとアメリカからの貿易禁止措置を受け、キューバ経済は崩壊寸前だった。
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1999年 - 学校の休暇期間中、ハバナの海岸に集まる数百人のキューバ人たち。交通機関やガソリン不足によって他のビーチに行くことができないため、ハバナ住民の多くは地元の汚染された海へ出かける。
Robert Nickelsberg/Liaison
1999年 - アパートのバルコニーに立つキューバの人々。ハバナ。
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2001年 - 首都ハバナの旧市街地の通りの風景。
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2001年 - ハバナの広場で、鳩に囲まれながら座って何かを読んでいる男性。
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2003年 - ハバナの街角でキャッチボールをするキューバの若者。 Viceによれば、キューバとの関係が正常化することで、アメリカのスポーツリーグにキューバ人アスリートが大量に流入する可能性がある。
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2003年 - ハバナでレンタカーとして利用されている、数十年前のアメリカ車。キューバでは昨年から新車の輸入が可能になったが、高額なため、今でも国の大半がクラシックカーを利用していると、テレグラフは伝えている。
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2006年 - キューバの葉巻製造業者コイーバの工場で、葉巻を吸いながらタバコの葉を巻く労働者。
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2008年 - キューバの食糧配給制度の割当量に従って、市民にパンを配る若いキューバ人女性。
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2009年 - 入口の階段に座る、キューバの女子学生。ハバナ。
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2010年 - ハバナの議会前でバスを待つ女性。
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2011年 - オールドハバナで、貯水トラックのエンジンを確認する男性。
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2011年 - ハバナにあるH・アップマン葉巻工場で、リーダーの話に耳を傾けながら作業する労働者たち。葉巻工場には、伝統的に「リーダー」と呼ばれる人々の存在がある。キューバには150年ほど前から、このリーダーが労働者たちに新聞や小説の読み聞かせを行っている。現在では国内におよそ300人のリーダーがいる。
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2011年 - クラシックカーで高速を走る2人の男性。ソロア。
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2012年 - サンティアゴ・デ・キューバの喧騒に包まれた市街地の人々。
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2012年 - ハバナの通りを走る車。
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2012年 - 旧型シボレーのタイヤを交換する男性たち。ハバナ。
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2013年 - ハバナの卸売市場を去っていく、果物や野菜の販売業者。
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2013年 - 売店に並んだバナナ。キューバは、国の通貨を2種類鋳造している世界唯一の国であり、ラウル・カストロ議長も国家の共産主義経済に悪影響を及ぼす奇妙なシステムであると認めている。
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2013年 - マリエル湾に建設中の港の近くを通る、馬車を運転する男性。\n
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2014年 - 現在でも馬車はキューバの一般的な交通手段である。
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2014年 - ハバナにある高リスクな妊婦のための特別産科病棟で、お腹を抱えながら公衆電話で話す女性。キューバの低出生率は、55年間にわたる社会主義革命の中でも最も注目すべき結果の一つである。
この記事はハフポストUS版に掲載されたものを翻訳しました。
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