ノートPCのクラムシェルデザインのルーツを探る

最初の二枚貝形PCはどれか?
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いまでは当たり前の液晶を閉じるタイプのコンピューターデザインの『月刊アスキー』1981年7月号に掲載された「極楽1号」。
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最初の二枚貝形PCはどれか?

 コンピューターの形状デザインのことを、業界では「フォームファクター」(form factor)と呼んでいる。「おもなコンピューターのフォームファクターには、デスクトップ、ラップトップ、ノート、タブレットがある」などといった具合だ(マザーボードの標準化される寸法なども「フォームファクター」と呼んでいるがうまく使い分けられている)。

 とくにノートPCは液晶ディスプレイをパタリと閉じるデザインから「クラムシェルデザイン」(Clamshell=二枚貝の貝殻)と呼ばれることも多い。MacBook AirからThinkPadから液晶ディスプレイとキーボードを装備するノートPCは、ほぼ例外なく「クラムシェル」だといってよい。

 一般に、このクラムシェルデザインの最初は、1982年4月に米GRiD Systems社が発売した「GRiD Compass 1101」だとされる。デザインしたのは、いまや「デザイン思考」などのキーワードで経営分野でも知れ渡ったIDEOの創設者ビル・モグリッジ氏だそうだ(さすがですね)。

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Satoshi Endo

 世界中のモバイルPCユーザーが、毎日、大きな二枚貝のような物体を持ち歩くというのはよく考えると不思議な光景だ。 たぶんいちばん本物の二枚貝に似た形状のノートPCはアップルコンピューターの「iBook G3」だろう。ゲーム機では、1982年の任天堂「ゲーム&ウォッチ マルチスクリーン」はクラムシェルの一種だし登場も早い。映画『エイリアン2』などにもクラムシェルな端末は出てくるから、もう100年くらいはこのデザインは使われそうである。

「極楽1号」という夢のコンピューターがあった

 ところで、このPCのクラムシェルデザインに関して、私には以前から1つひっかかっていることがあった。GRiD Compassより4年ほど前の『月刊アスキー』創刊1周年の1978年7月号に「極楽1号」という理想のコンピューターのスケッチとそのスペックが紹介されている。これが、クラムシェルデザインのコンピューターに関する特許係争において、資料となっていたという話があるからだ。たぶん、耳にされたことがあるという人もいるはず。

 東芝がJ-3100SS Dynabookを発売しようという1989年5月、前述のGRiDを子会社化した米タンディ社が、とくに東芝を標的に特許侵害の訴えを起こした。GRiD Systems社が1982年に申請して、1986年に成立したという「Portable computer」(公開番号US4571456A)という特許がそれで、NECやゼニス、コンパックといったラップトップメーカーに対しても特許侵害だと主張した。これが、まさにクラムシェルデザインを含む内容である。

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Infoworld / Google Books

 「極楽1号」は、当時、月刊アスキーでイラストを描かれていた井上泰彦さんが、みんなの意見をとりまとめて書いたものだそうで、ヒンジの位置はGRiD Compassと異なり、キーボードを覆う形ではないが平面ディスプレイを閉じることのできるデザインである。

 はたして、極楽1号は、この特許や係争に関してどのような形で資料になったのか? たしかに、極楽1号は雑誌の誌面に掲載されたものなので公知の事実となるだろう。そこで、先日、当時のメーカー関係者の方にお会いして聞いてみたのだが、「そういう話をしたかもしれないが、たくさんの資料をやりとりしたはず」という以上のことは聞けなかった。

 この争い、結果的に東芝とタンディの間ではクロスライセンスによる和解という形で決着する。当時の日経新聞でも「米タンディ・東芝、パソコン特許係争で和解」と報じている(1989年09月29日夕刊)。記事では、東芝は、米国でラップトップに関係する特許をいくつも取得しておりそれを武器に争ったとあり、タンディの特許が無効であるとはなっていない。

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US PATENT

 ちなみにこの特許に関するGoogle Patentのページ(記事冒頭の画像)を見ていくと、「Non-Patent Citations (2)」(特許以外の引用)の項目で、「Gokuraku I, Encyclopedia ASCII, vol. 2, Jul. 1978, pp. 256 258. 」というのが出てくる。「Gokuraku I」というのは、もちろん「極楽1号」のことだろう。『エンサイクロペディア アスキー』というのは、月刊アスキーの主要な記事を再集録した別冊である。これが、審査官により提出されたとあるのも興味深いのではあるが、極楽1号のスケッチが新しかったのは確かなようだ。

 クラムシェルデザインに関しては『スタートレック』のコミュニケーターや『ウルトラセブン』の「ビデオシーバー」があるでしょうという意見もありそうだ。電子機器については、『電卓のデザイン』(太田出版刊)の著者で電卓博物館をやられている大崎眞一郎氏に問い合わせみた。1977年発売のシャープの「EL-8029」は、ペン型の画期的なデザインで液晶部分がヒンジで閉じてテンキーをカバーするようになっていた。小さな機器ならこれ以外にも先行事例はあるかもしれない。

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Osaki Shinichiro / Dentaku-Museum

 とはいえ、コンピューターにクラムシェルを採用しちゃうという発想は、その頃プログラマとして仕事をしはじめた私には思いもよらなかった。感熱紙+カプラの3270互換のポータブル端末なんかもやがて登場して「収入印紙がいらなくなる」といった議論をした記憶はある。しかし、前後関係も不明だがフォームファクターに関して積極的に考える人は少なかった。なにしろ、1978年といえば、前年にApple IIをはじめとするマイコン御三家が発売されてマイコンブーム(当時はパソコンとは言わなかった)がやってきてホヤホヤ、「動くだけで感激」という時代である。

 「極楽1号」といえば、昨年春の日本アンドロイドの会主催のABC Spring 2017 で、スケッチを書いた井上泰彦さんに来ていただいて一緒に登壇してもらった(1983年9月号にタブレット形状の「極楽2号」も書かれている)。このとき、井上さんは後にソニーで開発に関わられたラップトップ型ワークステーション「NEWS 3150」を担いできてくれて「これが極楽1号のなれの果てです」などと言われていたのも印象深い。

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Satoshi Endo

PCの初期の話をIoTがはじまるいま振り返るのも面白い

 さて、なぜ極楽1号のことが気になりだしたのかというと、ここのところ続けてPCの歴史に触れていたからだ。先日は、「価格.comマガジン」でモバイルPCについてインタビューされた。PDA博物館の井上真花さんが聞き手で、1年前のABCの内容をもとに極楽1号についても少しだが触れている。このインタビューでは、アンペール「WS-1」やオラクル「NC」などもう少し触れたいものもあったのだが。

 もう1つは、ここでも触れた「IBM Pesonal Computer Model 5150」(1981年発売の初代IBM PC)の新品未開封品が日本で発掘されて、8月12日(日)にその後継機たちを作った日本IBMの関係者を集めたイベントを開催したからだ。

 世界的に愛されることになるThinkPadを作った関係者たちのトークだが、初代IBM PCの電源投入のほか歴史的なマシンが持ち込まれた。人が持ち運べる形の中にコンピューターをどのように詰め込むか? まさに、フォームファクターのお話だ。

 ところで、クラムシェル(Clamshell)というキーワードで調べていたら、デリカで使われるプラスチックのフタ付きパッケージ容器の歴史が出てくる。それによると、1978年にTomas Jake Lunsford という人物が特許を取得したと書かれている。日本のコンビニでもごく普通に使われているけど、あのパッケージって、そんなに歴史の浅いものなのですかねぇ? 

(2018年8月9日「遠藤諭のプログラミング+日記 」を一部修正して転載)