近年、多くの企業がワークライフバランスを重要視するようになってきました。遠隔地からコミュニケーションしながら仕事をするテレワーク や、一定の定められた時間帯の中で、始業や終業時間を決定するフレックスタイム制 など、さまざまな働き方があります。個人の価値観の多様化やワークライフバランスなど、個人の働き方に対する価値観が多様になってきているなか、企業にとっても雇用環境の整備など柔軟な制度設計が求められています。
厚生労働省では、パートタイム労働者の職場環境の改善を図り、パートタイム労働者の活躍を促進するために、「パートタイム労働者活躍推進企業表彰」が創設されました。そして、平成27年度パートタイム労働者活躍推進企業表彰式典「パートタイム労働者が活躍できる職場づくりシンポジウム」が、平成28年1月20日、都内で開催されました。
今年が第一回目となるパートタイム労働者活躍推進企業表彰式。47社の応募があり、厳正な審査を経て、19社の受賞企業が選出されました。栄えある最優良賞は、株式会社イトーヨーカ堂、特定非営利活動法人ハートフルが受賞されました。
表彰式では、とかしきなおみ厚生労働副大臣からのあいさつや、表彰審査委員会座長である佐藤博樹氏(中央大学大学院戦略経営研究科教授)より、「パートタイム労働者の評価や適正処遇に関する取組」「パートタイム労働者への教育訓練やキャリアアップに関する取組」「パートタイム労働者とのコミュニケーション向上のための取組」「その他パートタイム労働者の活躍推進に向けた取組」という表彰の4つの評価基準の説明などを含む講評がありました。
最優良賞など受賞企業の詳細な取組内容などは、パートタイム労働に関するさまざま情報を発信している「パート労働ポータルサイト 」から閲覧することができます。同サイトでは、平成27年4月1日から施行された新しいパートタイム労働法に関する詳細、パートタイム労働者の雇用管理改善マニュアルや事例集、パートタイム労働者の雇用管理の改善に向けた自社の現状と課題を自主点検できる診断サイト、パートタイム労働者の活躍に向けて自社の取組や今後の目標を宣言できるサイトなどを用意しています。
優良賞受賞企業へのインタビュー
今回のパートタイム労働者活躍推進企業最優良賞を受賞された株式会社イトーヨーカ堂と特定非営利活動法人ハートフルのご担当者に、受賞のコメントをいただきました。
株式会社イトーヨーカ堂勤労厚生部総括マネジャー 田中弘樹様
--まずは、表彰を受けての感想をお願いします。
今回の受賞を社内に伝えると、職場で働いているパートナー社員(編集注:パートタイム労働者をイトーヨーカ堂社内ではパートナー社員と呼称)の方々に純粋に喜んでいただきました。人事担当者としても、社内の人が誇りを持てる制度を評価いただき嬉しい限りです。
--これまで、社内でどのように人事制度などを推し進めてきたのでしょうか。
弊社は、全従業員の約7割を占める3万4100人のパートナー社員、アルバイトも含めると4万人以上がパートタイム労働者となっています。
10年前までは、パートナー社員に対して職場の戦力にできるだけなってもらいたいという一元的な考えしか持っていませんでした。しかしパートナー社員の方々の中には、能力を発揮して責任ある職場に就きたい方から補助的な仕事や接客で満足されている方といった、仕事重視からプライベート重視まで家庭の事情や仕事に対する価値観がそれぞれ違うということが次第にわかってきました。
こうした多様な働き方の価値観と向き合うなかで、登用や役職、ステップアップについてこちらから一方的に評価し登用させようとするのではなく、本人が求めているものや労働時間の制約を踏まえながら、企業として評価や処遇を丁寧に考えていかなければいけないと考えるようになりました。
そこから人事制度の設計を大幅に見直し、ステップアップ選択制度をもとに本人の希望と企業側の意志を踏まえながら登用や評価を推し進める、現場の意向に沿いながら運用の幅を持たせた制度へと変化させました。
当初は、制度を導入したときにステップアップを希望する人とそうでない人を事前に申告してもらうようにしましたが、すべてのパートナー社員がはじめから自身のキャリアを明確に考えているとは限りません。そこで、まず、能力や経験、評価によって会社がステップアップの認定者を決定してから本人に伝えることにし、もし辞退の申し出があった場合は面談を実施するようにしました。それでも固辞される場合はその意思を登録し、その後はステップアップが無いように対応しています。
制度というハード面だけでなく、職場としてのコミュニケーションの場をきちんと設けるというソフト面も踏まえた、現場としての柔軟な運用になるような仕組みとなっていきました。その根底には、現場で働かれている方々によって意味のある制度にしなければならないという想いがありました。面倒かもしれませんが、こうした「手間」をかけながら丁寧に現場とパートナー社員の方々とともにつくりあげていくことが大事だと考えています。
個人の働き方を尊重し、同時に企業として社員それぞれと向き合いながら評価していくことで、パートナー社員の方も企業との関係性において働き方を認めてもらっていることによるモチベーションの向上や職務に対する責任が生まれてきたと感じています。
--企業として、職場で働く正社員やパートタイムの方々をどのように捉えていらっしゃいますか。
弊社ではパートタイム労働者を「パートナー社員」と呼んでいるように、たまたま家庭などの事情で働き方が違うだけで、すべて社員だと考えています。しかしながら、かつては、正社員とパートナー社員を区分けするような風潮がありました。そのため、自分が言うのもおこがましいのでは、という引け目や精神的な壁があったように思えます。そうではなく、職場に関わるすべての人が社員として関わる意識を持ち、自身の力を存分に発揮させてお客様に対して満足のいくサービスを提供する。そのためのそれぞれの役割が違うだけなんだと考えています。
商品の陳列や発注に関して、パートナー社員も意思決定に参加させているのもその一つです。地域に住まう人であり一消費者でもあるパートナー社員の視点をもとに、みんなでより良いものをつくっていこうとする仕組みを大事にしたいと考えており、企業としてもそうした理念で活動しています。
--今後、力を入れていきたいパートタイム労働者や正社員に向けた職場環境の改善のための取組はありますか。
正社員とパートナー社員のボーダレス化に取り組んでいきたいと考えています。弊社では パートナー社員にも休み方の多様性があったほうが良いと考え、年次有給休暇以外にもさまざまな特別休暇を導入しています。こうした休暇の多様さを設定することで、休みに対する敷居を下げることで、安心して働いてもらう環境づくりができると考えています。同時に、今後は介護に対して企業がどういったサポートができるのか、休暇だけでない違った形も模索できればと考えています。
また月給制と時給制だけではない、多様な働き方と給与制度も考えていきたいです。例えば、準正社員のような月給制の契約社員という形もありますし、正社員であっても転勤がなく特定のエリア内で働くことができるパートタイムにも近い雇用契約のあり方もありえます。新たな労働環境と人事制度のあり方をこれからも模索していきたいと考えています。
--ありがとうございました。
特定非営利活動法人ハートフル事業運営部介護事業担当 桑嶋幸敬様
--まずは受賞の感想をお聞かせください。
率直にびっくりしました。社内で当たり前にやってきたことを評価いただき、嬉しく感じています。
--ハートフルが職場環境の改善の取組に力を入れた背景をお伺いさせてください。
かつては労働集約的で多忙な職場でした。しかし、志の高い職員が離れていったことによって、職場環境を見直すきっかけとなりました。いいサービスを提供し、かつ働いている人が幸せになるために必要な制度をしっかりと作らないといけないと考え、この5年で色々な施策を行ってきました。
--そうした背景を踏まえて、具体的に行っている施策はどういったものでしょうか。
まずは同一労働同一処遇を目指した賃金制度と評価制度です。パートタイムの時給を、正社員の賃金額を時間給計算した額に近づけるようにしました。年二回の正社員登用の機会の提供や、正社員、契約社員、パートタイムすべての職員に対し、同一の評価シートをもとに処遇に反映しています。
また、情報共有に力をいれるために複数の事業所のネット環境を整備し、手順書やマニュアルの共有やメモ欄や勤務表の見える化などを行いました。全職員が連絡や報告事項を日ごとに掲載した伝言板にこまめに書き込みするようになり、情報共有と確認の文化が生まれました。残業ゼロを目指すためにタイムマネジメントを意識するよう互いに声掛けも生まれるようになりました。
さまざまな現場の取組を、各事業所の長が集まる場で適宜確認や共有をしながら施策の周知や現場のフィードバックを行い、責任者レベルの意識の共有に努めました。同時に事業所の長が残業しないなど、長が率先して動くことで現場に浸透させていきました。
--全社員を同等に扱っていらっしゃるなかで、多様な働き方をされている職員の方々に対して日々どのようなケアや制度を設けているのでしょうか。
介護はその人の個性や思いやりが重要な現場です。だからこそ、職員のスキルアップなどを支援するために職場内研修をすべての職員が受講するよう調整し、各人の目標設定や上司との指導やサポート、メンタリングなどこまめな面談を重ねる場を設けています。
多様な休暇制度もハートフルの特徴です。パートタイムも含めて全職員が育児休業や子連れ、最近では孫連れ出勤も推奨しています。年次休暇だけでなくさまざまな特別休暇を設けており、休暇の多さ日本一を自負しています。また、育児や介護、家庭の事情や自己啓発など幅広い事由によって所定の週35時間を週25時間まで短縮できる短時間正社員制度も設けています。
もちろん、休暇や勤務時間の短縮のために代替も必要です。だからこそ、パートタイムの活躍は欠かせません。誰であっても作業が引き継ぎできるよう、情報共有やコミュニケーションに手間をかけています。
--今後、力をいれていきたいパートタイム労働者や正社員に向けた職場環境改善のための取組はありますか。
雇用形態に関わらない処遇制度を強化していきたいです。パートタイムであっても能力の高い人はいます。現状では、パートタイムは現場責任者にはなれても介護事業所の長にはなれませんが、子育てが終わったらすぐに正社員転換制度によって事業所の長になるかもしれません。そうした道筋をつくりキャリアアップできる仕組みを導入するためにも、事業所の長レベルの業務もパートタイムが従事できるようにし、もちろん賃金も時給換算で同一賃金にできるようにしたいと考えています。
また、これまで以上にワークライフバランスにも力をいれていきたいです。ハートフルでは定年がないため、さまざまな年代の方が働いています。だからこそ、それぞれの家庭環境に合わせた休暇制度の拡充を行いながら、誰もが気兼ねなく休め、リフレッシュした気持ちで仕事に取り組めるような環境づくりを心がけていきたいです。
そのためにも、経営視点をきちんと持つ必要もあります。現場の効率化をうまく図り、生産性を向上させることで、収益性の高い事業や新たな事業を展開することができる余裕も生まれてきます。そのためにも、誰もが職場に対して責任と積極性を持って関わってもらうような仕組みづくりが必要だと考えています。
--ありがとうございました。