「イルカの魔法」
通常僕たちはスピードボートに乗りこみ、ダイビングポイントまで向かうことが多い。その時のダイビングディスティネーションにより、ボートでの移動時間はまちまちであるが、この移動時間をどうやって過ごすかでいつも悩んでしまう。
ものの数分でポイントに到着し、ドボンと海に飛び込むことができれば言うことはないが、30分を超える移動時間となるとさすがに時間を持て余す。船酔いの心配がある人には、ことさら長く感じられるのだろう。
物思いに耽ってみたり、あたりの風景をぼんやり眺めたり、もしくは寝る。それはそれで余暇の少ない僕ら現代人にとっては、ゆっくりできる良き時間なのかもしれないが、船上での快適で楽しい過ごし方というのは、正解が無くなかなかに難しいものだ。
そんな時間にも、誰もが興奮し歓声をあげる瞬間が稀に訪れる。たくさんの背ビレが水面を切るようにボートを包み込む。そうイルカがやってきた瞬間だ。イルカたちはその好奇心の強さからなのか、スピードボートと並走し海面を滑るように泳ぐ。僕たちを歓迎してくれているのか、からかいに来ているのかはイルカに訊いてみないとわからないが、彼らが現れると船上の人々は急に元気になる。写真を撮る人、ボートの縁をリズミカルにたたく人、黄色い声をあげる人。少し気怠かった船上雰囲気は一気に華やかになる。挙げ句の果てには船酔いで完全グロッキーだった人も、いつの間にかそこに混じり歓喜の声を挙げている。なんてすごい影響力だ。
普段僕はイルカに対して特別な思い入れというものがあまり無いのだが、こんなにも人を元気にすることができるというのは、本当にすごいとしか言いようがない。少し嫉妬すらおぼえてしまうほどだ。いつかイルカたちにどうしたら人を元気にさせられるのか、そのへんのコツを教えてもらいたいと思う。彼らは人間にとって本当の魔法使いなのかもしれないですね。
◯ Text by 水中写真家 古見きゅう
東京都出身。本州最南端の町、和歌山県串本にて、ダイビングガイドとして活動したのち写真家として独立。 現在は東京を拠点に国内外の海を飛び回り、独特な視点から海の美しさやユニークな生き物などを切り撮り、 新聞、週刊誌、科学誌など様々な媒体で作品や連載記事などを発表している。著書に海の生き物たちのコミュニケーションをテーマとした写真集「WA!」(小学館)などがある。 2012年には自身初となる海外での個展も開催した。
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