殺害された女性ジャーナリストの取材を15カ国18メディア45人が受け継ぐ

ジャーナリストを殺しても、記事を殺すことはできない。

地中海の小国、マルタで起きた調査報道ジャーナリスト、ダフネ・カルアナ・ガリツィア氏の殺害事件をめぐり、英ガーディアン英ロイター仏ル・モンド米ニューヨーク・タイムズなど15カ国、18のメディアの45人のジャーナリストが17日、その追跡報道を公開し始めた。

パナマ文書」に基づく、マルタのムスカット首相周辺をめぐる疑惑を報じ続けたカルアナ・ガリツィア氏。殺害事件で中断したその取材を、国境を越えたメディア連携で受け継ぐ「ダフネ・プロジェクト」の取り組みだ。

プロジェクトはこんなメッセージを掲げている。

ジャーナリストを殺しても、記事を殺すことはできない。

すでに3人の容疑者が逮捕されているが、殺害事件の背後関係については、明らかにはなっていない。

カルアナ・ガリツィア氏が追及してきた疑惑と殺害事件に接点はあるのか?

調査報道の第二幕が動き出している。

●15カ国、18のメディア、45人のジャーナリスト

「ダフネ・プロジェクト」に参加しているのは、地元のタイムズ・オブ・マルタのほか、英ガーディアン、英ロイター、独ディー・ツァイト西ドイツ放送(WDR)北ドイツ放送(NDR)南ドイツ新聞イタリア調査報道プロジェクト(IRPI)伊ラ・レプブリカ、仏ル・モンド、ラジオ・フランスフランス2仏プレミエ・リーン、ディレクト36(ハンガリー)、ターゲス・アンツァイガー(スイス)、米ニューヨーク・タイムズ、組織犯罪・汚職報道プロジェクト(OCCRP)ラジオ・ニュージーランド(RNZ)

フランスのNPO「国境なき記者団」と「フリーダム・ボイス・ネットワーク」が昨年10月末に立ち上げを発表したプロジェクト「フォービドゥン・ストーリーズ」が、「ダフネ・プロジェクト」のコーディネートを行っている。

「フォービドゥン・ストーリーズ」は、ジャーナリストの逮捕や殺害によって中断してしまった取材を受け継ぎ、そして報道するプロジェクト。

その第1弾として取り組んだのは、昨年殺害されたメキシコの3人ジャーナリストたちが追及していたドラッグカルテルに関する調査報道だ。

そして新たにスタートしたのが、マルタを舞台にした「ダフネ・プロジェクト」だ。

●運転席に仕掛けられた爆弾

ダフネ・カルアナ・ガリツィア氏が殺害されたのは昨年10月16日。

マルタ北部のビドニジャにある自宅から、外出のため自家用車で走り出した直後、運転席の下に仕掛けられていた爆弾が爆発した。

カルアナ・ガリツィア氏はマルタで30年にわたって調査報道ジャーナリストを続けてきた。

特にこの間、注目を集めたのは、「パナマ文書」に関連したマルタのジョゼフ・ムスカット首相周辺の疑惑に対する追及だ。

2016年春に「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」が公開した「パナマ文書」によって、ムスカット政権の首席補佐官、キース・シェンブリ氏と観光相(当時は健康・エネルギー相)、コンラッド・ミッツィ氏は、パナマの法律事務所モサック・フォンセカを通じて設立されたペーパーカンパニーの所有者であることが明らかになっている。

その報道を自身のサイト「ランニング・コメンタリー」でリードしたのが、カルアナ・ガリツィア氏だった。

カルアナ・ガリツィア氏はさらに翌2017年4月、ムスカット首相の妻、ミッシェル氏のペーパーカンパニーへの関与疑惑を指摘。追及を強めていた。

これを受けて、ムスカット首相は同年6月、総選挙に打って出る。結果は与党労働党の勝利に終わった。

だが、カルアナ・ガリツィア氏は追及の手を緩めず、同年10月16日午後2時35分には「ペテン師シェンブリ氏本日出廷、『ペテン師じゃない』と答弁」と題した記事を配信している。

カルアナ・ガリツィア氏が乗った自家用車が爆破されたのは、その23分後。午後2時58分だった。

●黙秘を続ける3容疑者

カルアナ・ガリツィア氏殺害から半年。「ダフネ・プロジェクト」では、カルアナ・ガリツィア氏のもとに寄せられていた68万件にのぼる流出ファイルに関連資料を合わせて、計75万件の文書を共有し、取材を進めているという。

カルアナ・カリツィア氏の息子であり、プログラマーでデータジャーナリストのマシュー氏は、ICIJでやはり「パナマ文書」に携わっていた。

事件当時、マルタの自宅におり、目と鼻の先の爆破現場にかけつけた第一発見者だ。

「ダフネ・プロジェクト」では、参加メディアからのインタビューに応じ、殺害の事件究明を訴えている。

焦点は、誰がカルアナ・ガリツィア氏殺害を指示したか、という問題だ。

30年にわたり、マルタで調査報道に携わってきたカルアナ・ガリツィア氏には、敵も多かった、という。妻の疑惑報道を巡るムスカット首相の提訴を含め、47件の名誉毀損訴訟を抱えていたようだ。

殺害の10日前、欧州評議会がカルアナ・ガリツィア氏から聞き取り調査を行っている。それによると、カルアナ・ガリツィア氏への攻撃は訴訟にとどまらず、自宅への放火、銀行口座の凍結、メディアやネットを通じた誹謗中傷など、様々な形で行われてきた、という。

さらに殺害の数週間前には、脅迫を受けているとして、警察に届けも出していたようだ。

この事件では、ムスカット政権の要請で、米連邦捜査局(FBI)、欧州刑事警察機構(ユーロポール)も捜査協力を行っている。

そして事件から2カ月後の12月、警察は10人を逮捕。うち7人は釈放、ジョージ・デジョルジオ、アルフレッド・デジョルジオの兄弟、ビンセント・ムスカットの3容疑者が、そのままカルアナ・ガリツィア氏殺害容疑で拘留されている。

これまでの調べで、カルアナ・ガリツィア氏の自家用車に設置された爆弾は、携帯電話による遠隔操作で爆発させたとみられている。

また、3容疑者は逮捕前に、使用していた携帯電話をすべて海中に投棄するなど、逮捕の動きを事前につかんでいた形跡もある、という。

ただ、3容疑者とカルアナ・ガリツィア氏との接点はわかっていない。

そして3容疑者とも逮捕以来、一貫して黙秘を続けているようだ。

●取材を受け継ぐ

「フォービドゥン・ストーリーズ」の創設者で、仏プレミエ・リーンのジャーナリスト、ローレン・リシャール氏は、「腐敗した人々への警告:もしジャーナリストを殺害したとしても、誰かがその後を受け継ぐ」と題したガーディアンへの寄稿で、「ダフネ・プロジェクト」の狙いをこう述べている。

連携は、間違いなく、最大の防御だ。10人、20人、30人と、その仕事を受け継ごうとする人々が控えているなら、ジャーナリストを殺すメリットなどどこにある? 独裁者であろうと、ドラッグカルテルのリーダーであろうと、汚職ビジネスマンであろうと、最も恐れるのはその犯罪の暴露だ。ジャーナリストは、腐敗エコシステムの敵だ。だが、その暴露がグローバルに広がり、メッセージが増幅されていくとしたらどうだろう。行く先々で、世界中の報道機関に質問される。隠したいと思っていることは、どんどん拡散していくのだ。

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(2018年4月20日「新聞紙学的」より転載)