パキスタンではモンスーン期の豪雨による洪水が続き、「国土の3分の1が冠水」したとされる甚大な被害が出ている。
被災地はどのような様子なのか。国際協力機構(JICA)パキスタン事務所の九野優子(くの・ゆうこ)さんに話を聞いた。
「インダス川に死体が流れてきている」
国連によると、パキスタンでは6月半ば以降、過去30年平均の2.87倍もの降雨量があり、バロチスタン州やシンド州では5倍以上に上った。レーマン気候変動相はAFPの取材に対して「国土の3分の1が冠水した」と話している。9月1日までに1208人の死亡が確認され、被災した人は人口の15%にあたる3300万人にのぼる。
九野さんのもとには、シンド州の現地スタッフの話として「インダス川に死体が流れてきている」という報告も上がってきているという。「政府は行方不明者の人数を発表していません。実際には把握されている以上の方が亡くなっているのではないか」と話す。
被災地では雨が続く中、117万7千の家屋、5000キロの道路と240の橋梁が被害を受け、食料や水、医薬品が不足した状況が続いている。衛生環境の悪化でマラリヤやデング熱、ポリオなどの感染症の蔓延や、家畜や田畑への甚大な被害から今後の食料不足も懸念される。
九野さんは「皺寄せはとりわけ社会的に立場の弱い人たちにいきやすい」と指摘する。既に、JICAが支援してきた貧困層の女性たちへの深刻な被害も報告され始めているという。
JICAは2017年からシンド州北部の農村で女性たちが刺繍などのスキルを生かして現金収入を得られるよう支援するプロジェクトを続けてきたが、彼女たちの多くが被災した。
「コツコツと頑張ってようやく収入を得られるようになった矢先、洪水で家が壊れたり、ミシンなどの機材が被害を受けたりと大打撃を受けてしまって、女性たちは肩を落としています。もともと金融へのアクセスもほとんどない上に、家も生計の手段も失ってしまい、子どもの数も多い。被災後の写真を見て、私もかなり胸が痛いですが、下を向くのではなく、今後どう後押しができるか考えていきたい」
こうしたなか、国連は30日、パキスタンに食料や衛生用品などを支援するため、1億6000万ドル(約220億円)の緊急拠出を各国に呼びかけた。
JICAは緊急援助としてテントとプラスチックシートの提供を行う。8月30日に第1便が現地に到着し、第2便も9月2日に到着予定だ。今後は防災や教育、女性支援など既存の支援の枠組みも利用し、中長期的な復興支援を計画していくという。
大規模洪水「体制を整えてきたが対応できないレベル」
パキスタンは、これまでも多くの洪水に見舞われてきた。2010年に発生した大洪水では2000人近くが死亡し、パキスタン史上最大とされる被害を被った。
これを大きな契機として、JICAはパキスタン政府に協力し、現地の防災支援にさらに力を入れてきた。だが、気象観測の精度を上げるため各地に整備した気象レーダーなども、今度の未曾有の洪水には力が及ばなかった。
九野さんはこう話す。
「集中豪雨など降水のパターンや降水量がこれまでの想定を上回ることが増えています。今回の洪水は、体制を整えてきた中でも対応しきれないくらいの大惨事だったといえると思います」
国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」のレポートは、気候変動の進行にともない、降雨強度の更なる増加や降雨パターンの変化が見込まれると指摘している。
シャバズ・シャリーフ首相は「(洪水による)惨状は気候変動の脅威の深刻さを示すものだ」と自身のTwitterに連続投稿している。
<今日、海外メディアの記者たちにパキスタンの洪水による被害について説明しました。この惨状は気候変動の脅威の深刻さを示すものです。私たちはCO2の排出割合は1%未満であるにも関わらず、世界で8番目に気候危機の影響を受けやすい国です>
<国際社会、特に先進国は、私たちのような発展途上国が気候変動に翻弄されるのを放置すべきではありません。今日は私たちの国で起きたことは、明日には別の国で起きるかもしれません。気候変動の脅威は現実的で、強力で、私たちの目の前にあるのです>