可能な限り働きたくないと思っていた20代、私は多くの文学作品に触れた。日本人だと阿部公房と初期の村上春樹作品が好きだし、ドイツ文学とアメリカ文学が好きだ。
一方で、イギリス文学とフランス文学は肌に合わない。それが言い切れるくらいに読書をしたお陰で、書店員になり、仙台店の店長までやらせてもらっている。
いざ本を扱う仕事をしてみると、「やはり本屋は言葉を売る仕事だなあ」と思うし、「言葉を扱うのはセンスだなあ」とも思う。
センスまで教えることは難しくても、「本屋が売るのは、言葉」だということは伝えたくて、アルバイトの研修期間にはそのことを繰り返している。
さて、言葉を売る仕事をしていると、独特な言語感覚に出会うことがある。
例えば、短歌。相手に意味を伝えるのではなく、五・七・五・七・七のリズムから相手にその言葉の先の意味を想像させる。それが面白い。
今回紹介する『短歌ください』は雑誌(ダ・ヴィンチ)の読者投稿企画から歌人穂村弘さんが短歌の背景にあるであろう状況の解説を加えてくれているので、こちらの乏しい想像力を補填してくれる。
ペガサスは 私にはきっと優しくて あなたのことは殺してくれる
(冬野きりん・女・18歳)
世界が張り裂けて溢れてしまった愛の歌、との評。
愛の歌。愛のうたかぁ...。
総務課の 田中は夢をつかみ次第 戻る予定となっております
(辻井竜一・男・29歳)
ふつうは「夢」をつかんだら戻らないと思うんだけど、「予定」では戻る、というところがいい、との評。
仕事を辞めたいなぁと漠然と思っている方の短歌だと思っていたのが恥ずかしい。
要するに、短歌を考えているのも読者もほとんどが短歌素人さん。
世の中にセンスの良い素人が多いのか、解説が良いのか、はたまた両方か。回を重ねるごとに読者の上達が凄い。みんな真面目。
そこにきて思うのは、言葉のセンスは修練できるのだなあということ。雑談力や伝え方の本を読んで「自分には無理だ」と諦めたかたにこそ触れてもらいたい。空前の俳句ブーム(?)の陰に隠れてはいるが、短歌もなかなかいいですよ。
ちなみに、穂村弘さんはエッセイも面白い。話の面白い人が独り言をずーっと言っている感じ。こんな話の面白い人と雑談できたら人生楽しいだろう。友達になりたい。お勧めは同じ角川文庫から出版されている『蚊がいる』。秀逸です。
連載コラム:本屋さんの「推し本」
本屋さんが好き。
便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。
そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。
誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。
あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。
推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp
今週紹介した本
穂村弘『短歌ください』(角川文庫)
今週の「本屋さん」
金子圭太(かねこ・けいた)さん/くまざわ書店 エスパル仙台店(宮城県仙台市)店長
どんな本屋さん?
今年で開店4年目となる当店は、JR仙台駅直結のエスパル本館3階にあり、新幹線の時間を気にされているお客様がパッと来てパッと買えるよう整理された売場が魅力です。一方で、地元新聞社のブックガイドコーナーや書評を中心とした時事・教養コーナーなど、地元のお客様や知的好奇心の高いお客様に選ばれる店作りもしっかりと心がけています。10年20年と愛され続ける書店を目指して、日々奮闘中です。
(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)