喉が痛んだり、微熱が出たり...「もしかして、コロナかも?」と不安な思いをした人は多いはずだ。
日本はPCR検査数を絞る戦略を取っているうえ、保健所に電話しても繋がらないなどの声も多く上がった。かといって病院などに行けば、そこで感染してしまう可能性も否定できない。
コロナ禍の日本でよく見られた光景だ。
こうした問題に、テクノロジーで挑んだのが中国だ。体調が悪化すれば自宅からスマホで悩みを相談でき、「感染可能性あり」と判断されれば優先的にPCR検査を受けられるシステムを構築した。相談サービスは4カ月でのべ190万人が利用した。
感染爆発を機に進化を遂げ、一気に実戦投入されたオンライン医療の実態を、中国で初のインターネット病院を開設したスタートアップ企業・微医(ウィードクター)が単独インタビューで明かした。
■自前の医療機関を持つプラットフォーム
「ただ今オンラインの医者は1560人です」
微医のスマホアプリには、オンライン問診が可能な医者の名前や肩書き、それに腕組みした写真が次々に表示される。「子供が熱を出した」「突然腹が痛くなった」など、安価で相談を引き受けてくれるシステムだ。
中国でトップレベルの医者を示す「三甲」ランクだと、電話なら29元(約450円)、チャット形式ならば少し安く19元(約290円)で相談できる。オフラインの病院なら、丸一日待っても診察してくれるか分からないような医師の問診を受けられる。
「三甲」ランクは、あえていうなら和牛のA5ランクのようなイメージだ。等級が上がれば値段も高くなる仕組みだ。
「最短で3秒。平均で3分以内に医者から返事が来ますよ」微医の張貴民(ちょう・きみん)副総裁は取材に胸を張る。スマホアプリには「杭州の周さんがチャット問診を利用しました」などの文言が次々にスクロールされ、ユーザーの心理的なハードルを下げている。
中国では広大な国土に対して医療資源が充分ではなく、院内は順番待ちの患者でごった返す光景がおなじみだった。地方と都会の医療レベルの格差も問題視されていた。
微医は、そんな問題を解決するために2010年に設立された。設立当初はオンラインの診療予約サービスだけを提供していたが、2015年に中国初のインターネット病院を設立。今や診療から薬の処方までを一体化してオンラインで手がけている。
人気のオンライン問診システムは、数ある微医のサービスの一つ。「診療、医療保険の適用、処方から薬の配送まで全てをネットで解決するのです」と、現実世界の医療サービスを次々にオンラインに“引っ越し”させている。
今や7200を超える病院と、約24万人の医者と提携関係にある。医者たちはスキマ時間に相談などを請け負う。良い副収入になるためだ。一方で、微医自身もオフラインで12もの医療機関を保有する。「自前」の病院と医者を会社で抱えることで、サービスの向上を図っている。
■優先的にPCR検査を
2015年から始められたオンライン医療システムは、新型コロナを契機に一気に進化し、実戦の場に導入された。
「武漢市が封鎖される前から、これはSARS(重症急性呼吸器症候群)の再現になるかもしれないと考えていました」と張副総裁。新型コロナの流行でオンライン医療が活躍すれば、中国全土で一気に定着する。そんなシナリオを描き、行動に移した。
微医は武漢市が封鎖された1月23日、実に封鎖の2時間後に新型コロナ対策専用のプラットフォームを立ち上げた。医療物資の足りない病院などと製造元をつなぐ機能などを搭載したが、もっとも活躍したのは無料の相談サービスだ。
例えば発熱など、コロナの感染が少しでも疑われた場合、無料でオンラインで医者に相談できるのだ。
「中国じゅうの医者がスマホやパソコンで対応に追われました。医者たちは症状や具体的な移動歴・接触歴を確認し、コロナの可能性が低い場合はアドバイスに留めます」と張さん。微医の力が発揮されるのは「疑いあり」と判断されたケースだ。
「我々は、中国各地の公衆衛生機関のシステムと直接繋がっているのです。感染している可能性が高い患者が相談してきた場合、直接システム経由で政府の関係部門に通知します。するとその患者は、オフラインで優先的にPCR検査を受けられるのです」
このシステムによって、限られた検査キットをより感染可能性の高い患者に回せるようになった、と張さんは胸を張る。微医を通じてどれだけの感染者が見つかったは「公表できません」としたが、「オンラインとオフラインをうまく組み合わせれば、分業が成立することを示しました」と一定の成果があったことを示唆した。
■保険も使えるように
微医などのオンライン医療企業の動きに、中国政府はむしろ後追いで反応した。
微医が対策プラットフォームを立ち上げたおよそ1カ月後の2月26日、武漢市政府は微医のオンラインサービスを対象に医療保険の適用を認めた。
中国では、オンライン医療はそれまで保険適用外。そのため、相談サービスや軽い症状での利用がメインだった。慢性疾患などを抱える人を対象に、医療保険の適用を認めることで、通院による感染リスクを抑える方針に転換したのだ(初診は依然として保険適用外)。
これによって武漢市では、定期的な通院がオンライン医療に取って代わった。薬もネット上で処方され、宅配便が家に届けてくれる。
この流れは武漢市から徐々に広がっていく。張さんによると、天津市や山東省、浙江省などでオンライン医療の保険適用を認める流れが進んでいるという。
■グレー状態で3年も?
オンライン医療をめぐる流れは「中国式のイノベーションを体現しています」と張さんは語る。民間企業が政策のグレーゾーンを攻め、後から政府が認めるやり方だ。
そもそも政府がオンライン医療に関する法律を定めたのは2018年。微医がインターネット病院を開いだ3年後だ。微医はそれまでグレー状態で医療サービスを提供していたことになる。日本に限らず、他の国ならほぼ許されないだろう。
「中国には“イノベーションは民間から”というロジックがあります。民間がやって、政府に認められ、コピーされ全国に広まるということです。先に探索的なイノベーションがあり、そこに法律や規則がついていくという形です。
2015年のインターネット病院もその一つです。もっとも、開始当初はかなり慎重でしたけどね。2018年に国が法制化したとき、微医が定めた原則が取り入れられました。我々のイノベーションが国に認められたのです」
この「中国式イノベーション」はコロナ禍でも奏功した。医療保険適用の流れもその一つだ、と張さんは言う。
「コロナが流行る前は、医療のほとんどはオフラインでした。それがコロナの影響で、医者が接触せずにサービスを提供できるオンライン医療が注目された。ユーザーも家から再診を受けられ、薬の購入ができる。医療保険だけが足りない状況だったんです。(保険適用で)民衆の需要と、企業の技術力、そして政策の決定と3者が揃ったのです」
■臨界点、はっきり見える
微医は2020年2月時点で2億人の実名ユーザーを擁する。具体的には非公開だが、コロナ禍でさらに規模を増したという。張さんは、中国のオンライン医療はコロナを契機に成長のレールに乗ったとみている。
「この10年間で、インターネットは色々なものをオンライン化しました。EC(ネット通販)はもちろん、決済もそうです。
中国はここ数年、業種全体のデジタル化を進めています。医療はネットやAIの力でもっとオンライン化が進むでしょう。病院は自分たちでネット病院を開き、医者は自分でオンライン診察室を開きます。
中国のオンライン医療はまだ発展段階です。私は10兆元(約150兆円)規模の市場と予測していますが、まだまだ小さい。ただ爆発するための臨界点はもうすぐそこに、はっきりと見えているんです」
■取材後記:観測気球としての中国オンライン医療
自分も感染したかも、でも保健所に電話をかけてもつながらない、病院に行くのも怖い...
『微医が日本にあったとして、この問題を解決できましたか?』張さんにそんな質問をしてみた。
「オンライン医療が、現実世界の医療に完全に取って代わることは出来ません。けれど、うまく組み合わせれば、現実世界の医療リソースをより効率的に活用できます」明確な回答は避けられたが、やりようはある、というメッセージかもしれない。
もっとも、中国も最初からこうしたシステムが機能していたわけではない。例えば武漢市では、封鎖された1月、診察を待つ人で病院の廊下がごった返す様子が市民ジャーナリストによって報告されている。こうした現状を認めたからこそ、政府の後押しも早かったのだろう。
日本もオンライン医療の解禁には積極的だ。4月に厚労省が出した特例では、医師が認めさえすれば初診でも保険適用ができる。その意味ではむしろ中国より幅広い。
しかし、厚労省の決定は「時限的な特例」に過ぎない。今後も規制緩和状態が続くかどうかは「まだ検討する段階でさえない」(厚労省の担当者)だという。
一方で中国では、コロナを契機に本格的な規制緩和の潮流に乗った。中国政府はAIや5G通信の「新インフラ」を成長エンジンに据える方針だが、医療のデジタル化はぴったりと符合する。微医の張さんも「我々の発展モデルと新インフラは密接な関係にあります。今は地方の医療機関などのデジタル化を進めています」とそれを認める。
この急速な医療のデジタル化で、一番懸念されるのは誤診などの医療ミスだろう。微医では、登録する医師を国の内部データと照合するなどして、診断のクオリティを保っている。しかし、ミスがSNSなどで拡散し、庶民の怒りに火がつけば政府が手のひら返しをする可能性だってある。
医療のデジタル化をどこまで、どのように進めれば良いのか。また、どんなサービスが求められているのか。前進し続ける微医などの中国オンライン医療プラットフォームは、私たちに壮大な社会実験を示し続けているはずだ。
(高橋史弥/ハフポスト日本版)