毎日の生活で、自分とは違う考えを持つ人との関係で悩んだり、苦しんだりする人は多いでしょうか。家庭や職場、学校で、相手の考えていることをどうしても受け入れられなかったり、意見が合わず対立してしまったり…。
「分かり合えないこと」が、社会の「分断」をも生み、日本だけではなく世界中で、人種、宗教、性別、政治的価値観の違いから、対立が起きています。
立場や考えの違う相手を理解する糸口はどこにあるのかーー。ハフポスト日本版は、そんなテーマで10月20日、トークイベントを開催しました。
ゲストは、障がい者として社会で生きることを考えた著書『ママは身長100cm』を書いた伊是名夏子さんと、『紛争地の取材を続けるフォトジャーナリストの安田菜津紀さん。
トークは、「食」という思わぬ共通点を軸に進んでいきました。
「おにぎり」から気付く「あなたと私の違い」
「突然ですが、『ふりかけでおにぎりを作ってください』って言われたら、どうやって作りますか」
伊是名さんは、トークを始めるや否や会場にこんな質問を投げかけた。
「まず白いおにぎりを作って、ふりかけをまぶす。形は丸で、大きさは大体握り拳くらいかな…」と参加者の1人が答えると、会場の奥からは「えっ」という驚きの声が漏れた。
「そうなんです」と、すかさず会場からの反応を受けとめ、話し始めた伊是名さん。
「人によっては、最初にご飯にふりかけを“混ぜ込む”と答える人かもしれませんね。おにぎりといえば“丸”じゃなくて“三角派”とか、必ず海苔を巻くって人も多いんじゃないでしょうか。『おにぎりを作ってください』って質問しただけで、実は100通りもの答えが返ってくるんじゃない?って、思うんです」
日本人ならば誰でも「知っている」おにぎり。しかし、思い浮かべる「おにぎり」は人によって違う。それが意味することは、自分にとっての「普通」や「常識」が、他の人にとってはそうではないということだ。それがたとえ、同じ「日本人」同士でも…。
「自分も相手も“一個”のことを考えているけど想像することが違うってこと、ありますよね。相手に伝わっているだろうと思っていても、実はなかなか理解しあっていない」伊是名さんはそう話す。
「コロッケ」で縮まるシリアとの距離
おにぎりの例が象徴的なように、「食」は人や文化の違いや多様性を映し出す鏡だ。
一方で、安田さんは「“食文化の違い”を楽しむこと」が立場の違う相手を知る扉になるのではないか、と投げかけた。
安田さんがまず参加者に見せたのは、ナマズ出汁を使った「モヒンガ」というミャンマーの麺料理の写真。添えられたひよこ豆の天ぷらやパクチーの色が鮮やかで食欲をそそる。全て安田さんが撮影した写真だ。
実はこの料理、日本に暮らすロヒンギャ難民の女性が作ったものだという。ロヒンギャとは、ミャンマーの北部に暮らすイスラム系少数民族。ミャンマー国内での差別と迫害に苦しめられ、1990年代から多くの人が国外に逃れてきた。
「日本にも、政治的な迫害や紛争、人権侵害から母国から逃れてきた難民が沢山います。読んで字のごとく、難民とは『困難を抱えた人たち』という意味なのですが、『難しい問題』だとか『難しい人たち』と、どこか距離を置かれがちな問題だと感じています。だからこそ、難民の方々のことをどうしたら“隣人”として捉えてもらえるだろうと考えたとき、『難民のことを知ってください』というストレートな記事を投げかけていくだけではなく、違った切り口や間口の広げ方が必要だなって思っていました。そこで私の中で行き着いたのが『食』だったんです」安田さんはそう話す。
11月には『故郷の味は海をこえて: 「難民」として日本に生きる』という「難民と食」をテーマにした本も出す予定の安田さん。「食を通して伝える」という可能性に気付いたのは、昨年の3月に紛争が続くシリアを訪れたときに経験したある出来事だったという。
《(シリア北部で)廃墟に近くなってしまった村の姿が目立つなか、かろうじて日常を保っている村を訪れて、食堂で朝ごはんを頂いたんですね。その時食べたのが、シリアの朝ごはんの定番の一つ、ひよこ豆のコロッケ「ファラーフェル」。
すると、店員さんたちが「どっからきたんだ?」「よかったら食堂のキッチンで、肉も食べるか」という風に、次々に話しかけてきて、おもてなしをして下さりました。
その対応に私、号泣してしまって。食事の場で泣き出したものだから、店員さんたちは「俺たちのコロッケ美味しくなかった?」ってドン引きしていましたけど(笑)
もちろんそんなわけではなく、そのとき私は「この“感覚”知ってる…」って思ったんです。
戦争が始まる前の、私がまだ大学生だった頃に通っていた、平和だった頃のシリアで味わったおもてなしと一緒だ、と…。あの時も外国から来た私たちを全力で迎えてくれた温かい人たちがいました。紛争の後も、食事の中で見るシリアの温かさは変わっていなかったーー。
食事って、ただ単に身体の栄養を取るためのものではなくて、思い出も一気に呼び起こしてくれるものなんだって気付いたんです》
イベント会場には、広尾にあるシリア料理屋からお茶とお菓子、そして「ファラーフェル」が届いた。子どもたちも美味しそうにファラーフェルを頬張っていた。
「美味しい食べ物を囲みながら『うわ、めっちゃむかつくわ』って言う人って、なかなかいないと思うんですね。難民に限らず、沢山の外国の方が日本で暮らしています。お互いの得意な食事を囲んで、何気ない会話から相手を知ることができるんじゃないかと思っています」
イベントが行われた約10日前の10月9日ごろ、トルコがシリア北部で越境軍事作戦を始めたことが日本でも大きく報道された。シリア北部は、まさに安田さんが訪れた「あの村」がある場所だ。
「シリア料理をぜひ食べてみてください。それだけで、ニュースを見るときのシリアとの心の距離感って全く違ってくると思うんですね。あれだけ美味しい食文化を築いた国がどうしてあんな風になっちゃっているんだろうって…」
たとえ「ツナマヨおにぎり」が許せなくとも…
イベント後半には、ファシリテーターを務めたハフポスト日本版の竹下隆一郎編集長を含めて対談が行われた。
竹下は「理解し合うことの難しさ」を指摘する一方で、「立場の違う相手とも“会話”は続けたい」と語った。会話とは目的のない「おしゃべり」のことだ。
「ハフポストは対話という言葉ではなく、会話という言葉を使っています。『対話』という言葉には、相手のことを説得したり、理解したりすることがゴールにあるように思います。でも現実として『対話』が難しいときもある。だからせめて『会話』をし続けたいと考えています」
竹下は「おにぎり」を例に話を展開する。
「先ほどのおにぎりの話なんですが…僕はおにぎりに“ツナマヨ”って本当に許せないんですよね。なんでご飯にマヨネーズなのか…(笑)たとえば、“ツナマヨネーズ論争”になったら僕は伊是名さんと3時間お話ししても、絶対に説得されないと思うんです(笑)でも、“3時間お話しした”という事実は残る。僕はそれでいいんじゃないかなと思っています」
竹下の「ツナマヨ論争」の例えに、安田さんも「人権」という視点から話を広げた。
「最近、尊敬している法学者さんから言われた『人権とは』という話がすごく腑に落ちていています。
たとえば、竹下さんはツナマヨおにぎりが許せないとおっしゃっていました。でも、私はツナマヨおにぎりをいたく愛しているんですね。だから『竹下許せん!』となる(笑)
でも、そんな竹下さんが、誰かにぶん殴られていたりとか、すごい誹謗中傷されていたりしたとします。そんな時、確かに私はツナマヨおにぎりを認められない竹下さんのことは許せないけれども、『殴ったり、そんな汚い言葉を投げかけるのは違うでしょう』って一歩踏み出さなきゃいけない。それが『人権』なんだそうです。
立場の違う相手を全て好きになったり、全て認めるというのは人間だから難しい部分もあります。でも、いざとなった時に手を差し伸べられたり、一歩行動を踏み出せるかどうかが鍵になるのではないでしょうか」
「分かり合うこと」が難しくても、相手を知り、同じ人間として尊重することはできる。その「知る」という最初の一歩は、「動いてみる」ことではないだろうか。
ネットやテレビで流れてくる情報だけで理解したつもりになるのではなく、みずから足を運んだり、食べたり、会話をしてみたり。そして、動いてみて感じた「美味しい」「楽しい」「きれい」というポジティブな感情を大切にしたい。そんな感情こそ、あらゆる「違い」を超えて、私たち人間が共有できるものかもしれないから。
<会場協力を頂いたMASHING UPからイベントのお知らせ>
2019年11月7日(木)、8日(金)、女性活躍をはじめとしたダイバーシティの推進をめざすビジネスカンファレンス「MASHING UP(マッシングアップ)」の第3回を、東京・渋谷区のTRUNK (HOTEL)にて開催予定