「職場では男性よりも低い賃金の仕事、家では誰かのためにタダの仕事という二重の労働を担って、毎日十数時間働いている。まるでブラック労働です」
社会学を専門とする明治大学の藤田結子教授は、ワンオペ育児——つまり実質ひとりで家事・育児の大半をこなさざるをえない働く女性たちの現状をこう分析する。
今の日本で働きながら子育てをすることは、なぜこんなにも過酷なのか? 藤田さんに聞いた。
(c)Kaori Sasagawa
ワンオペ育児が苦しいのは母親のせいじゃない
――働きづけの母親たちの実情に迫った著書『ワンオペ育児 わかってほしい休めない日常』、サブタイトルにある「わかってほしい」は誰に向けての言葉でしょうか。
もちろん「すべての人に」というのが本心ですが、その中でも今まさにつらい思いをしながらワンオペ育児をしている女性たちに向けて、という気持ちで書きました。
ワンオペ育児をしている女性たちって、「私の能力が足りないからじゃないか」「自分がダメ母だから」と思ってしまう方が少なくないんです。そうじゃない、社会の構造に問題があるんだ、ということを誰よりもまず当事者たちに伝えたかった。
もうひとつ、これから当事者になる若い世代にも読んでほしいですね。私は大学で授業をしているのですが、今の日本で結婚・出産した場合に何が起きるかを細切れの情報で伝えても、学生にはなかなか理解してもらえないんですね。だからとにかく具体例をたくさん挙げて、誰でも読みやすい内容を目指しました。
とはいえ、一番「わかってほしい」のはやはり男性なんです。でも、彼らはワンオペ育児の実情を進んで知ろうとしないんですよね。だからこそまずは妻が読んで、夫に伝えてもらえればと思いました。
共働き夫婦のつらさは「不平等」感
――共働き家庭は増えていますが、「父親が仕事で帰りが遅い家庭」が多数派です。そのぶん妻に家事・育児の負担がのしかかってしまうのは、仕方がないことなのでしょうか。
夫婦それぞれの1日の総労働時間を調査した興味深いデータがあります。ここでいう「総労働時間」とは、仕事・通勤、家事、育児、すべてを足したものですが、「妻が正社員」「妻がパート」「妻が専業主婦」の3パターンを比較してみると、「妻が正社員」の総労働時間が一番長いんですよ。しかも夫よりも妻の総労働時間のほうが平均すると長い。
「平日における妻と夫の「総労働時間」の比較(妻就業形態別 夫の関与パターン別)」
鈴木富美子「休日における夫の家事・育児への関与は平日の「埋め合わせ」になるのか」『季刊家計経済研究』、2011年 全日型(平日・休日も家事・育児に関与)休日型(休日のみ関与)無関与型(関与しない)
これが「妻がパート」の場合だと、夫婦の総労働時間がほぼ同じになります。男性が外で働いている「総労働時間」と妻の「パートの仕事」「家事」「育児」を足した数字がほぼ等しくなるんですね。
つまり共働き家庭で比較すると、「フルタイム共働きの妻」が、肉体的に一番つらいんです。仕事も家事も育児もワンオペで回さなきゃいけないから、実質的に一日中「働き詰め」になっている。
「仕事で忙しい」ことを理由に家事・育児を担当しようとしない男性は、妻の総労働時間が長く、肉体的にもつらいことを理解できていないんです。
――夫婦間の収入差が関係している部分もありますか?
そういうケースもありますが、収入が同じくらいのカップルでも妻のほうがやはり家事・育児の分担率が高いというデータが出ています。
共働き世帯では、平日の約8割が妻のワンオペというのが現状です。だから休日に男性側が「育児と家事を手伝う」くらいでは到底埋め合わせにならない。その不公平感こそが共働き夫婦のつらさだと思います。
専業主婦だからこその責任とつらさもある
――専業主婦の家庭はどうでしょうか。
専業主婦の場合は、総労働時間は短いんですね。けれども基本的にすべて「ひとり」でこなさなければならないという責任の重さがある。
正社員やパートの女性は、外で仕事の仲間と話したりできる時間がありますけど、専業主婦だとそういうこともあまりないですよね。だから孤独感が高い。総労働時間は短いけれど、孤独になりやすいんです。
――つらさの種類がそれぞれ違う。
そう、つらさの感じ方が違うんです。みんながそれぞれに種類の違うつらさを抱えている、それが子育て世帯の実情です。
ちなみに、専業主婦やパートタイムで働く女性は、性別役割分業を受け入れている人の割合が多いんです。だから休日だけでも夫が「手伝ってくれる」のなら、夫婦関係はまあまあ満足できる。「しょうがないか」という気持ちの落ちどころがあるんです。
ところが夫婦ともにフルタイム勤務の世帯ではそうはなりません。各種調査を見ても、共働きの妻たちは家事と育児を一手に担わざるをえないから不満や不公平な感覚を覚えている。そのことが夫との関係性を悪化させる原因にもなりやすいですね。
「母親の愛情は子どもの成長に役立つ」日本に根付く価値観
――男性側が家事・育児をしない、できない主な理由はどこにあるのでしょう。
日本の場合は、最大の要因は「長時間労働」です。他国と比較しても、フルタイム勤務の男性の労働時間が日本は長すぎるんです。
ただし、長時間労働が解消されたら家事・育児の分担が一気に進むかというと、おそらくそうはならない。もちろんやる男性はすごく増えるだろうけれども、一部の男性はやらないままだと予測されます。
なぜなら「家事・育児は女性の役割」という性別役割分業の価値観がいまだ日本社会では根強いから。インフラが変わらないと意識が変わらないという意見もありますが、インフラが変わればすぐに意識も変わるわけではありません。
――どんな価値観が根強いですか?
「男性は外で稼いで、女性は家のことをすべきか」という質問を投げると、どの調査を見ても今は「NO」という回答が多数派です。ところが、「母親が愛情をもって子育てをすることが子どもの成長に役立つか」という質問になると、「YES」が圧倒的に多くなる。
子育てにおいては母親の愛情が重要である。その意識が女性当事者に相当"効いて"いるのだと思います。そういった「愛情規範」が根付いてしまっているから、女性たちは子どものこととなると自分が動いてしまうし、男性側もつい「ママがやればいいよね」と思ってしまう。
なぜ時短勤務をとるのは女性ばかりなのか
――時短勤務やパートタイムなど「柔軟な働きかた」を選ぶのも、圧倒的に女性ですね。
時短勤務だって性別役割分業ですよね。現状ではほとんど女性しか取っていないのだから。ただ、女性側にも「夫には稼いでもらいたい」というジェンダー意識がまだ根強く残っているからそうなってしまうケースも多い。
「母親がたったひとりで子育てをするのは不安で孤独で大変なことなんだ」という現象は、実は戦後ずっと言われてきたことなんです。日本でもアメリカでもこれらに関する研究は続けられてきたんですが、状況はまったくといっていいほど変わっていない。「これ去年の話かな?」と思って確認した文献が90年代のものだった、なんてことがしょっちゅうあります。
育児の大変さって当事者にならないと実感できない一方で、当事者になったとしても時間が経つと忘れてしまう。そこがこの問題の難しいところでもあります。
――「ワンオペ育児」という言葉が生まれたことで、過酷な家事育児の状況が可視化されたという面もあります。
大学までは男女平等とされて育ってきたのに、社会に出たとたん女性のほうが不公平な目に遭ってしまう。そのことに対して女性たちが「なんかこれおかしいんじゃない?」と声を上げるようになってきたということですよね。
だから私としては「ワンオペ育児」という言葉が流行ったこと自体はいいことだと思っています。「それまで当たり前とされてきたことが実は問題なんだ」、という認識がようやく社会に広がってきた、ということだと思います。
(取材・文 阿部花恵)