オリンパスは「iPhoneにやられた」教訓で医療事業の自前主義を捨てた

「スマートフォンというイノベーションにやられた」
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A man walks behind a logo of Japan's Olympus Corp at the company headquarters in Tokyo April 3, 2012. Japan's Olympus Corp may be able to recover from a $1.7 billion accounting fraud without raising capital, despite interest in an equity alliance from several investors including electronics giant Sony, Hiroyuki Sasa, its nominee president said on Tuesday. REUTERS/Yuriko Nakao (JAPAN - Tags: BUSINESS LOGO)
Yuriko Nakao / Reuters

オリンパスがAI(人工知能)、ICT(情報通信技術)、ロボティクスなどの技術革新を前に自前主義と決別した。その裏にはカメラ事業で直面した「iPhoneショック」のトラウマがあった――。『週刊ダイヤモンド』7月21日号の第1特集「製薬 電機 IT/ 医療産業エリート大争奪戦」の拡大版として、産業のキーマンたちのインタビューを特別連載でお届けする。第1回は国内医療機器最大手オリンパスの小川治男CTO(技術統括役員)に聞く。(聞き手/「週刊ダイヤモンド」編集部 臼井真粧美)

小川治男・オリンパスCTO(技術統括役員) Photo Masato Kato

――オリンパスの昔ながらの一般的イメージはカメラの会社。実際の姿を一言で表現すれば「医療機器メーカーの国内最大手」です。

 2018年3月期売り上げは医療事業(内視鏡、外科、処置具)が6100億円で、映像事業(カメラ、レコーダ)はたった600億円。10年前は医療が3500億円で映像が3200億円。片や2600億円増えて、片や2600億円失いました。

 10年前には映像の営業利益は330億円あって、私は立て直しをした商品戦略本部長として、結構良いボーナスもらいました。まさにその頃、2007年1月だったと記憶しています。米アップルのスティーブ・ジョブズが初代「iPhone」を発表した。これはヤバいと思いました。

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本記事は「ダイヤモンド・オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

――実際、カメラ市場を揺るがすものになりました。一方で医療部門が伸びていきました。

 医療だったらなんでも伸びるということではなく、内視鏡が持つ「早期発見」と「低侵襲治療」(患者の体に対する負担を減らした治療)という2つの価値がニーズにマッチしました。

 日本の医療費は42兆円を超え、その30%以上が入院医療費。開腹手術をすればそれなりの入院期間が必要になりますが、腹腔鏡手術(開腹せずにお腹に穴を小さな空けて器具を挿入する手術)で数日入院、内視鏡治療(口や肛門などから器具を挿入して内科的に患部を切除する治療)ではだいたい即日退院ができて、医療経済性が非常に高い。望まれていることに応えたんです。

 内視鏡はイノベーションの歴史みたいなもので、人間の目ではなかなか見られなかったものを診断できるようにした。さらに処置や治療までできるようにした。モノづくりのイノベーションそのもので、日本企業が得意としたすり合わせといったいわば生産技術のイノベーションの成果です。

 ところが1990年以降にIT(情報通信)技術が発展すると、いつの間にか日本はイノベーションから遅れていきました。米マイクロソフトであったり米アップルであったり、さらに米フェイスブックなどが主役になった。アップルのスティーブ・ジョブズ、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグなど若いカリスマ的経営者が新しいコンセプトを打ち出し、世界を席巻。プロダクト、ビジネスのイノベーションを起こしました。

――生産技術というよりも......。

 スマートフォンというイノベーションにやられた。(初代iPhoneが発表された)当時、うちはコンパクト型がカメラの8割を占め、イケイケ状態で突っ走っていました。「破壊的イノベーション」(既存品より低性能でも使い勝手など新しい価値基準によって顧客支持を得る革新)が起きて、そこから逃れるべく、一眼にシフトしようとしました。でも変化の勢いがとにかくすごくて、縮小して均衡を取るしかなかった。

 これを経験して思うのは、内視鏡にだって、医療にだって同じようなことが起こる可能性があるということ。2016年3月に発表した中期経営計画では、イノベーションのジレンマ(既存技術で成功した大手が改良に目を奪われ、破壊的なイノベーションに立ち遅れること)に陥っていることを課題の一つに挙げました。

 うちは内視鏡で70%以上の世界シェアを持っています。このように非常に安定的なビジネス持ってしまうと、イノベーションのジレンマに陥りがちになる。

――事業シフトに成功したからといって永遠に勝ち組というわけではない、と。

 中期計画を作成するときに、技術開発部門の課題を徹底的に議論しました。最も大きな課題は日本企業全般に通じるもので、商品開発部門は収益性にこだわって成長性はまあ短期的になってしまう。逆に研究開発部門は成長性にこだわってイノベーション仕掛けようとするけど収益性までをなかなか見ていない。「死の谷」などと呼ばれるこのギャップを解消しなくてはいけない。

 例えば、内視鏡にAI(人工知能)、ICT(情報通信技術)、ロボティクスなどをどう取り込むか。リスクを排除してオポチュニティをどう増やしていくか。そこを考えた戦略は今までのコースと大きく異なったものになる。これまで事業分野において技術戦略、基盤の技術戦略を作ってきましたが、間をつなぐ機能を強化する戦略がなかった。技術マネジメント、開発プロセス、人材の確保と育成、研究開発資源の適正化という大きな4つの課題について、技術開発と製造をまたいだかたちで進めることが重要であると導き出しました。

――具体的には何をしたんですか。

 技術マネジメントではまず、カメラ、内視鏡、顕微鏡などそれぞれその商品のコアとなる技術は何かを定義して50個くらい出してみた。この技術のシナジーがなかなか起きていないので、ガラガラポンをした。被写体へアクセスする技術群、イメージングやセンシングの技術群、そのデータを認識したり解析する技術群、その結果から治療や処置を行う技術群、最後にレポートにまとめる技術群の5つにグループ分けして戦略を立てました。

 オートフォーカスや手ぶれ補正、4K、3Dなどを活用する前半の3つの技術群に当社は1万6000件のパテント持っている。だからここは自前技術でやっていく。コア技術を強化して参入障壁を構築すると決めました。

 後半3つの技術群はAI、ロボティクス、ICTを活用し、新しい顧客価値を創出するエリアです。アライアンスを強化することでイノベーション・リスクを回避して、チャンスを創出していくことにした。つまり、オープンイノベーションです。

――AI、ロボティクス、ICTでは手を組むということですね。

 うちって自前主義がすごくてAIも自分たちでやってきていました。でも、破壊的イノベーションを前に自前だけでやっていては、とても追いつかない。技術が全部自前である必要性はない。われわれが持つ顧客との接点を生かしてコンセプチュアルなものを作り上げ、そのコンセプトに賛同してくれる先と手を結んでいく。

 例えば医療機関にある内視鏡室って小さな世界に見えるけれども、準備からナビゲーション、診断支援、治療、レポーティング、最後には装置の滅菌消毒などがあって、これ全体で当社は3300億円くらいのビジネスをやっている。一連のシステムの中でこういう技術が使えるよねっていうのを広くアライアンスをして生み出していくのです。

――2017年10月にCTO(技術統括役員)直轄で「イノベーション推進室」を設置しました。新人事制度としてスペシャリスト職(フェロー)の職位を導入し、この推進室に3人の「チーフ・フェロー」を任命。産学連携や他社協業によるオープンイノベーションで革新的な製品やサービスの開発を促進するというものです。具体的に何件動いているんですか。

 10個くらいがフレームとして出来上がってアクションプランを構築しつつあります。

――例えばどんなプロジェクトがありますか。

 外科の中では、ロボティクスの関連の方々との取り組みなどが動き出しています。

――内視鏡治療の支援ロボットはすでに自社で取り組んでいます。手術支援ロボット「ダヴィンチ」のように腹部に穴をあけて器具を挿入する外科的なものは、手を組んでやるんですね。

 エネルギーデバイス(血管封止、切開、止血などの処置を行う手術器具)などは自社で持っていますからその強みをロボティクスメーカーの技術と合体させるわけですね。

 結局のところ当社が何をやろうとしているかと言えば、内視鏡で提供してきた「早期発見」「低侵襲治療」の追求と、それらに続く第三の価値の発見です。

おがわ・はるお/1957年生まれ。82年オリンパス入社。2010年医療技術開発本部長、12年常務、オリンパスイメージング社長、15年技術開発部門長、取締役。16年より専務執行役員、CTO(技術統括役員)

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