成功裏に終わった平昌オリンピックの陰で、悲哀を味わった人たちがいる。競技場建設などのため立ち退きを迫られた人たちだ。
韓国政府は2017年、オリンピックに合わせてチョンソン郡のカリワン山一帯にアルペン競技場を整備した。競技場は12月に完成。2030億ウォン(およそ200億円)をかけ、「森林保護区域」の原生林が伐採され、サッカー場約110個分の自然が失われた。
競技場の周辺整備に伴い、畑と民家があった場所にホテルが建設された。
スガム集落の30世帯の住民らが退去を余儀なくされ、約10世帯が競技場そばに新しい集落を作った。
オリンピック期間中、新集落で住民の声を聞いた。
「どうやって生きていけばいいのか不安」
「ホテルが建っている場所に元の集落がありました。畑が広がり、小さな家がぽつぽつとありました。私たちの家族は、唐辛子、とうもろこし、じゃがいもなどを作って生計を立てていました」
ムン・ヨンファさん(84)は、ホテルとオリンピック施設の方向を眺めながら淡々と話した。
ムンさんは続けた。
「オリンピックで生活が一変しました。開発で畑がなくなってしまいました。ずっと畑仕事をしてきたので畑を触っていないと落ち着きません」
「ホテルや施設がオリンピック後にどうなるのか心配です。放置されないことを信じています。私たちもこれから何をして生きていけばいいのか不安です」
アルペン競技場は、オリンピックで6日間、パラリンピックで2日間使用される。計8日間という短すぎる「寿命」の後、競技場と関連施設が閉鎖されるのか、何かに利用されるのか、具体的な計画は明らかになっていない。
「競技場ができて全てを失いました」
「これまで暮らしてきた土地を取られたのです。気持ちがいいわけがありません。畑を耕して生活していました。今はすることが何もありません」
オム・イクマンさん(64)は、アルペン競技場とホテルが造られたことについて、複雑な胸中を語った。
「立ち退きに伴う政府の補償は、都会に出て部屋を1つ借りることもできないほど、わずかでした。新しい家は借金で建てました。借金は、子どもに引き継ぐことになると思います」
「家は新しくなりましたが、満足することはひとつもありません。心が落ち着けば満足するかもしれませんが、心は不安で一杯なのです」
旧スガム集落は豊富な湧き水で有名だったが、新集落の場所には湧き水が届かない。迂回(うかい)ルートで水を引くため、電気代が以前より高くなったという。
周辺は04年まで4階建て以上の建設が禁止されていた。「オリンピック特区」に指定されたことを受け、20階建て規模のホテル建設が許可された経緯がある。
オムさんは続けた。
「競技場ができて全てを失いました。畑も、湧き水も、ふるさとも。良かったことはひとつもありません」
「オリンピック施設は住民にとって何の意味も持ちません。でも、造った以上、何とか活用してほしいです。競技場は練習コース、ホテルは研修施設などとして活用の道を真剣に探してほしいです」
チョンソン郡ではアルペン競技場に隣接して2つのホテルが建設されていたが、1つはオリンピック開催までに完成しなかった。「オリンピック特区」を悪用した「乱開発」との批判が一部で上がっている。
同様の悲劇はオリンピックのたび世界各地で繰り返されてきた。スガム集落の事例は、2020年の東京にとっても他人事ではない。東京都はオリンピックに合わせた再開発を進めている。北区の十条駅周辺では、18年6月に道路整備工事などが始まる予定で、近隣商店街の立ち退き問題が浮上している。