「恋は奇跡。愛は意思。」コピーライター尾形真理子さんに聞く、言葉のつくりかた

多くの人の心を動かすコピーとは何か。コピーを考える上で、大切にしていることは何かコピーライターの尾形真理子(おがた・まりこ)さんに聞いた。
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「恋は奇跡。愛は意思。」

「会えない日もちゃんと可愛くてごめんなさい。」

「生まれ変わるなら、またわたしでいい。」

新しいシーズンを迎えるたびに話題となるファッションビル「ルミネ」の広告コピー。長年、世代を超えて多くの女性の心に響く、これらの言葉を紡いできたのが、博報堂の尾形真理子(おがた・まりこ)さんだ。

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人気コピーライターとして、資生堂やティファニーなど多くの企業の広告コピーを手がけ、TCC賞、朝日広告賞グランプリなど多くの賞を受賞。1月からは、雑誌『広告』の新編集長に就任し、新しいメディア表現にも挑戦している。

多くの人の心を動かすコピーとは何か。コピーを考える上で、大切にしていることは何か。今回は尾形さんに、これまでの歩みや働きかたについて聞いた。

■言葉の力を実感した、広告のコピーとの出会い

――長年コピーライターとしてご活躍されていますが、そもそもコピーライターになろうと思ったきっかけは?

「ライター」と名がつくものになりたかったんですね。話すことより書くことのほうが、自分にとっては楽だったので、物を書くことを仕事にできたらいいなと思っていました。ライターになれれば、新聞社でも出版社でもよかったんです。特に国語が得意だったわけでもないし、読書感想文が優秀だったわけでもない。本を読むのが好きだったのは、あったかもしれないですね。

大学生のとき、JR東海の『そうだ 京都、行こう。』のポスターを見て、「わあっ」と驚きました。電車を降りたホームに、すごく綺麗な京都の紅葉の写真があって、そのお寺のちょっとした歴史が書いてあって、それをタダで見せてくれることに驚いたんです。見たいと思ったわけじゃないのに、ものすごくクオリティの高いものが、いきなりそこにあった。しかも無料で。「あ、こういうものもあるんだ」と思ったんですね。

テレビは自分で(電源を)つけないと見られないし、新聞は開かないと読めない。だけど広告は、中吊りを見ようとして電車に乗るわけではないのに、そこに飛び込んでくる言葉がある。すごく生活に近いというか、なんか面白いなと感じました。

——生活に近い言葉ということですね。

そうですね。博報堂の入社面接のときに「どういうコピーが好きですか」と聞かれて、『1億使っても、まだ2億』と答えたんです。この3億円の宝くじのコピーに感動したんですよ。

3億円が当たることはみんな知っていますよね。でも「3億当たるから買いなよ」といわれて買うことはない。「1億使っても、まだ2億」は、(金額を)ただ分割しただけなのに、なんかいきなり、うらやましくなったんです。それで、まんまとはじめて宝くじを買っちゃいました。

その後、周りの人たちに聞いてみると、大体みんな「1億は家とか何かに使って、2億は取っておくかな」と答えるんですよ。多分これは日本人独特の感覚なんです。アメリカ人や違う国の人に聞いたら「半分使って、半分貯金」とか、違う割合なのかもしれない。このコピーのために調査をしたわけではないと思うんですが、みんなのリアリティと一致していたんです。

なんかこう、言葉の持つ力というのを実感したんですね。言葉の力を感じる、そんな広告は面白いなと思いました。

■「8年間わからなかった」コピーライターの仕事

——実際にコピーライターは、どんなやりがいを感じましたか? 醍醐味は?

正直、入社してコピーライターという名刺をもらってから、8年くらい経つまでは、コピーが何なのか全くわかってなかったです(笑)。

——え?

最初、コピーライターの先輩について、コピー用紙が「電話帳」の厚さになるほど、たくさんのコピーを書いていたんですけど、そのときは、この仕事のことを全くわかっていなかったですね。

その8年間にも、いろんなことの断片は感じていて、すでに資生堂やルミネの広告も担当していて、こういうインタビューを受けたときは、一丁前に自分の仕事について答えていたんですよ。今振り返ると、頑張ってるんだけど、何を頑張ってるのか周りに見えないし、自分でもわからなかったです。

今だって全部見えているわけでもなくて、この先も変わっていくかもしれないと思いますけど、8年目ぐらいから全部が繋がって「あっ、こういうことだ」とわかった瞬間がありました。今、「コピーライターってどういう仕事ですか?」と聞かれたら、私のなかでは明快で、一言で「矢印を作る仕事だ」と説明できます。

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——矢印、ですか。

例えば、あるミネラルウォーター「A」という新商品が世に出たとします。商品を知らない状態から「飲んでみたい」というトライアルする気持ちになるのか。「水といえばA」みたいなマイブランドになるのか。コピーにもいろんな目的があると思うんですけど、その矢印をいかに作れるか。人を動かす言葉になっているか――というのが広告の役割です。

例えば「今日は晴れてるね」も、別に間違ってはいないですが、それを広告のコピーにするとしたら、「今日は外でランチを食べると気持ちいい日だね」になります。「今日は晴れてるね。じゃあ外でランチ食べると美味しいかもね」というと、人を外に出すモチベーションを作ることができるんです。

——なるほど。

どうやったら人が動いてくれるのか。それは心と体、両方あるんですけど、好きだと思ってもらったり、お店に行ってもらったり、お金を払ってもらったり......ということも含めて、そのベクトルを作るのが、コピーライターの仕事です。「矢印になり得ているか」を自分の中で意識できるようになって、初めてこの仕事の意味がわかりました。

結局、その商品が置かれている状況と、こうなりたいという課題解決の間をつなぐ矢印がイメージできていなければ、どんなにハートフルな言葉を使っても、おそらくそれはただのハートフルな言葉にすぎなくて、広告のコピーにはなり得ないんです。

■梅雨の季節に、おしゃれを謳うコピー

——商品とコピーの間に強い「矢印」が生まれた、具体例があれば教えてください。

以前、ルミネの仕事で、梅雨の季節にファッションを謳ったことがありました。梅雨どきは、濡れた傘を持ちながら洋服を見るとか、蒸し蒸ししているのに試着するとか、ちょっと嫌ですよね。今でこそレインブーツとか、雨の日ファッションもありますが、その頃はまだあまりなくて。雨の日に白いスカートは無理だし、ヒールは履けないし......どちらかというとマイナスの視点しかなかったんです。

働く女性にとって雨がプラスであるなんてことは、いいづらい。でも、その梅雨どきに「おしゃれしようよ」と伝えなければいけない。それが私のミッションだったので、どう解決しようか、すごく悩みました。

——矢印で繋げるのが、難しいですね。

『雨の日もルンルン気分でおしゃれしよう』みたいなコピーを買いても「届かないだろう」と思ったんですね。さすがにそんな都合のいい話じゃないなと。これで女性がおしゃれしたいと思えるなら、ショップ店員さん一人ひとりは、もっと楽に仕事できますよね。

多分、ショップ店員さんは、梅雨に洋服を勧めるときに、もっといろんなことを考えてお客さんにアドバイスしているんじゃないかな、と。そして、実際にお店の売上が上がらないことは、もっとシビアなことだろうと。女性のおしゃれにとって、そのくらい雨は手強かったんです。

そうして、やっと書いたコピーが、これでした。

雨が嫌いだった頃、

わたしはまだ 

誰のことも好きじゃなかった。

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やっぱりアプローチとして、「雨っていいよ、素敵だよ」というのはいいすぎだと思ったんですね。そこからは多分、矢印を作れないと。だから「雨も悪くない」くらいの気持ちになってもらえる矢印を作るのが、正解なんだろうと思いました。

——「雨も悪くない」くらいの矢印を考えて、このコピーが生まれた。

矢印が長過ぎても短過ぎても、人のいる場所をちゃんとわかってないと、矢印になり得ないんですよね。雨を好きになってもらうことはあきらめて、雨が悪くないって思えたら、何か今までとは違う梅雨の捉えかたができるかもしれない。そう考えられたのは、ひとつのきっかけでしたね。

強いコピーといっても、言葉尻が強いことと、人を動かす力が強いということは、また違いますよね。人の心や体の動きに矢印を作るって、相手のことを捉えてないと作りようがないです。それを捉えるのに、私はかなり時間がかかったタイプなんだと思います。

ルミネという企業が、女の子たちの人生の豊かさや、自分が成長できるきっかけを作りたいっていう志がある企業だからこそ、できた部分もあるのかなと。

■「恋は奇跡。愛は意思。」に込められた2つの要素

——他に、女性に響いた言葉で、印象的なものはありましたか?

矢印の話でいうと、ルミネのターゲット層は、「この洋服いいな、買いたいな」と思ったときに、「刺激」と「励まし」の言葉がないと動かないことに気づきましたね。

刺激と励ましは、ちょっとベクトルが違うものなんですけど、ちゃんと2つが内包されているコピーのほうが反応がいいんですね。それまでは、"刺激寄り"とか、"励まし寄り"とか、わけて考えていたんですけど、今は2つを共存させることをハードルとして設定しています。

今年の春は、「恋は奇跡。愛は意思。」でした。ルミネの広告を見ていただいて、「なるほど、確かに刺激もあるし、どこかで励ましている部分もあるな」と思ってもらえるといいですね。

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■「広告」編集長に就任 新たな挑戦へ

——まだまだ女性のコピーライター少ないですよね。女性だからこそ表現できるコピーがあると思いますか?

すごく女性が少ない職種なので、20代の頃は、女という理由だけで仕事が来ることもありました。若い女性が少ないから、可愛がってもらえるというか、存在だけで希少価値。ずいぶん下駄を履かせてもらっていたと思います。でもそんな時期は、あっという間に終わるから、若いとか、女性だとか、(属性に)関係のないきちんとした「技術」を身につけないとヤバいという危機感がずっとありました。

この話は、本当に難しいです。やっぱり女性は、その女性性と仕事の関係性がまだまだ特別視されてるし、人によって本当に多様なんですね。写真家の蜷川実花さんは、女性であることを世界に向けてポジティブに表現されていますよね。そういう働く女性が増えていくことは素晴らしいことです。一人ひとりの価値観で心地よい距離感がそれぞれにあるのだと思います。

ただ広告の仕事は匿名のもので、私はあくまで裏方のライターです。私は「尾形さんのあのコピーよかったね」と褒められるより、「今回の資生堂のあのコピーいいね」っていわれたほうがうれしいです。それは、仕事としてうまくいっているから。

――1月から雑誌「広告」の新編集長に就任されました。

この雑誌は、かなり古い歴史があって、昔は天野祐吉さんとかも編集長をされていたんですけど、最近は編集長が約2年で変わるんですね。そこに自分の名前が挙がるなんてことは1ミリも想像してなかったので、話を聞いた瞬間に「どうやって断ったらいいのかな」って思いました(笑)。

私、自分の仕事じゃない言葉はTwitterひとつ、つぶやかない。Facebookも友だちのあげたものは読むけど、投稿はしない。ブログも書かない。雑誌を作るなんて考えたこともなかったし、全然今のやっている仕事とも違うし......。でも、こうやって断る理由を考えてくうちに、自分がしている選択は、選んでいるうちに入らないのかなと思ったんです。

旅行に例えると、わかりやすいかもしれないですけど、「行ったことないからモロッコ行ってみたい」って、そう思っている時点で、すでに自分の中でのモロッコのイメージを意識していますよね。そんなときに、思ってもいなかったコロンビアに強制的に行かされる、と。そこにはモロッコとは全然違う発見がありますよね。

ある程度、過去の実績で次の仕事が来るようになると「あのときのコピーがよかったから、また作ってほしい」といわれると、自分にとって思いがけない成長を知ることは、少なくなってしまう。自分で選択できないものにトライしてみるのは、もしかしたら何かが変わるきっかけになるかもしれない、と思いはじめたんですね。なので、「コロンビア、行くか」と(笑)。

(後編に続く

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