「オキュラスVR」創業者がクリントン攻撃の"オルタナ右翼"に資金援助する

"オルタナ右翼"とは白人至上主義、反移民、反イスラム、女性蔑視などの傾向を持ち、ネット上で活発に活動するムーブメントだ。

仮想現実(VR)ベンチャーでフェイスブック傘下の「オキュラスVR」共同創業者のパーマー・ラッキーさんが、いわゆる"オルタナ右翼"のグループに資金援助をしていた、と米ネットメディア「デイリー・ビースト」が報じて、騒ぎになっている。

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資金援助先は、特に今回の米大統領選では、共和党候補のドナルド・トランプさんを支持。民主党候補のヒラリー・クリントンさんを中傷する看板を設置したり、ネットでの攻撃を仕掛けたりしていたようだ。

これに対し、「オキュラス」向けVRゲームの開発者たちが反発。

「オキュラス」対応のゲーム開発はしない、と宣言するなどの動きも出始めている。

ラッキーさんは騒動を受けて、資金提供した事実は認めたものの、トランプ支持ではない、と釈明している。

シリコンバレーの億万長者による資金援助と言えば思い出されるのが、同じフェイスブックの社外取締役で、ネット決済の「ペイパル」共同創業者、ピーター・ティールさんによる元プロレスラー、ハルク・ホーガンさんの名誉毀損訴訟への支援だ。

この訴訟によって、訴えられたメディアベンチャー「ゴーカー・メディア」は破産し、買収される事態となった。

しかもティールさんは、トランプ支持を表明している。

シリコンバレーのIT長者たちの金の使い途に、注目が集まっている。

●資産700億の24歳

ラッキーさんは今月、24歳になったばかりだ。2012年にVR用端末などを開発するベンチャー「オキュラスVR」共同創業。2年後の2014年にフェイスブックが20億ドル(2000億円)で買収した

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個人資産は7億ドル(700億円)にのぼると見られている。

ネットメディア「デイリー・ビースト」は22日、そのラッキーさんが、「ニンブル・アメリカ」というNPOに関わり、活動資金を提供している、と指摘した。

「ニンブル・アメリカ」は、ネット掲示板「レディット」の"オルタナ右翼"と呼ばれるトランプ支持者たちのスレッド「r/The_Donald/」のモデレーターらによって、今年6月ごろに設立されたようだ

"オルタナ右翼"とは白人至上主義、反移民、反イスラム、女性蔑視などの傾向を持ち、ネット上で活発に活動するムーブメントだ。

今年8月、トランプ陣営の最高責任者に、保守系サイト「ブライトバート・ニュース」の会長、スティーブン・バノンさんが起用された。

バノンさんは、「ブライトバート・ニュース」が「オルタナ右翼のプラットフォームだ」と話しているという。

「デイリー・ビースト」の記事によると、ラッキーさんは「ニンブル・アメリカ」の設立に関わっており、同サイトには副理事長として記載されていたという(現在は、その名前は削除されているようだ)。

また、ラッキーさんと「r/The_Donald/」のコミュニティをつないだのは、「ブライトバート・ニュース」のエディターで、"オルタナ右翼"の代表的存在であるマイロ・ヤノプルスさんだとも伝えている。

「ニンブル・アメリカ」のサイトの説明によると、ペンシルベニア州ピッツバーグで、クリントンさんの似顔絵とともに、「大物すぎて投獄できない」との文言で、不正行為を匂わす看板を掲示するなどの活動をしているという。

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また、「レディット」などを舞台に、トランプ支持(クリントン批判)のネタ(ミーム)拡散を手がけていたようだ。

「ニンブル・アメリカ」の設立を告知する「r/The_Donald/」への投稿には、こうある。

我々は、米国を無能な指導者が率いてきたと考えている。それによって米国の精神は捨て去られ、全ての米国人は売り払われたのだ。正しい指導者によって、米国は凡庸さとグローバリズムへと向かうその針路を引き戻し、再び偉大な国となるのだ。

我々は、クズ投稿が威力を持ち、ネタ(ミーム)の魔法が現実の効果があることを実証してきたのだ。

ネットをどう活用しているのかが伺える内容だ。

この「ニンブル・アメリカ」が「r/The_Donald/」で募金集めを開始。募金と同額を匿名の"ほぼ億万長者"が資金提供する、という触れ込みだった。

この匿名の"ほぼ億万長者"が、ラッキーさんだった、と「デイリー・ビースト」は伝えている。

ただ、この募金集めについては、なぜ直接、トランプさんに寄付をしないのか、などと「r/The_Donald/」内で反発の声が出て、うまくはいっていないようだ。

●VR開発者の反発

「デイリー・ビースト」の記事は、VR開発者らに波紋を広げた。

ちょうど2週間後には、「オキュラス」が年1回開催する開発者向けカンファレンス「オキュラス・コネクト」が控えている、というタイミングでもあった。

ネットメディアの「マザーボード」は、VRゲーム開発者らの、「オキュラス」からの撤退声明などを伝えている。

ラチェット&クランク」などのゲームメーカー「インソムニアック・ゲームズ」は、「マザーボード」の取材にこう述べている。

インソムニアック・ゲームズはいかなるヘイトスピーチも非難する。誰にでも政治的見解を表明する権利はあるが、報道されているような行為や見解は、我が社の価値観にそぐわない。

また、「フェズ」「スーパーハイパーキューブ」といったタイトルを持つ「ポリトロン」は、「スーパーハイパーキューブ」のVR版のリリースでは、「オキュラス」には対応しない、との声明を出している。

現在のような不安定で恐ろしい政治状況の中で、ラッキー氏や彼のプラットフォーム(オキュラス)をサポートすることで、この行為を黙認することはできない。

その点から、我々は予定しているスーパーハイパーキューブのVR版リリースで、オキュラス対応はしないことにする。

●1万ドルの資金提供

ラッキーさん自身も早速、フェイスブックで謝罪と釈明をした

私の行動が、オキュラスの評価とそのパートナーにマイナスの影響与えてしまったことを、深く謝罪します。

それによると、ラッキーさんが「ニンブル・アメリカ」に資金提供していたのは事実だとし、その額は1万ドルだった、という。

「ニンブル・アメリカ」の収支報告によると、寄付金の総額は1万ドル超なので、そのほぼ全額をラッキーさんが提供していたことになる。

ラッキーさんは、資金提供の理由について、こう述べている。

(ニンブル・アメリカは)看板をつかって若い有権者とコミュニケーションするという、斬新なアイディア持っていると思ったからだ。

そして、「ニンブル・アメリカ」の創設者という「デイリー・ビースト」の報道は誤りである、とも述べている。

さらに、自らの政治的立場をリバタリアンだとし、これまでも共和党指名候補争いから離脱したランド・ポールさんや、民主・共和のいずれでもない"第3政党"リバタリアン党の大統領候補、ゲーリー・ジョンソンさんへの支援を公言していたし、11月の投票でも、ジョンソンさんに入れるつもりだ、とトランプ支持を否定した。

その上で、「ニンブル・アメリカ」への資金提供は個人の活動で、「オキュラス」を代表するものではない、としている。

●IT長者の金の使い途

VRブームの中で、その代名詞とも言える「オキュラス」の若き創業者と、"オルタナ右翼"との結びつきが関心を呼ぶのは、もう一人のシリコンバレーの億万長者、ピーター・ティールさんの例もあるからだ。

この騒動の発端は、知人女性との〝セックスビデオ〟を「ゴーカー」に公開されたとして、元プロレスラー、ハルク・ホーガンさんが、運営元の「ゴーカー・メディア」を訴えた裁判。

今年3月、フロリダの裁判所の評決は、1億4000万ドル(140億円)という巨額賠償を「ゴーカー・メディア」に命じた。

この裁判は、推定資産27億ドル(2700億円)と言われるティールさんが、過去の報道を巡る確執から、1000万ドル(10億円)もの資金提供をしていた〝操り人形型のスラップ(威嚇)訴訟〟であることが明らかになっている。

その結果、「ゴーカー・メディア」は破産。8月半ばに「ユニビジョン」に身売りをし、「ゴーカー」は閉鎖、名称も「ギズモード・メディア」に変更することになった。

しかも、ティールさんはトランプ支援の立場も明らかにしている。

シリコンバレーのIT長者は、資金力が桁違いなだけに、その使い途には関心が集まるし、政治的色合いが濃い場合には、議論と不安を呼ぶ。

その行き着く先が"オルタナ右翼"の場合は、特に。

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■ダン・ギルモア著『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』全文公開中

(2016年9月24日「新聞紙学的」より転載)