田辺誠さん死去 元社会党委員長、93歳

旧社会党委員長を務めた元衆院議員の田辺誠さんが7月2日夜、前立腺がんのため前橋市内の病院で死去した。93歳だった。
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旧社会党委員長を務めた元衆院議員の田辺誠(たなべ・まこと)さんが7月2日夜、前立腺がんのため前橋市内の病院で死去した。93歳だった。前橋市出身。47NEWSなどが伝えた。

旧社会党右派のリーダー的存在で、安保・自衛隊容認の改革案をまとめるなど現実路線を推進。故金丸信元副総理をはじめ自民党にも幅広い人脈を持ち、1990年には金丸氏と北朝鮮を訪問した。

逓信官吏練習所本科卒。41年から逓信省勤務。全逓群馬地区委員長、群馬地評議長、群馬県議などを経て、60年の衆院選で旧群馬1区から初当選、以来11回当選。

旧社会党委員長、田辺誠氏が死去 現実路線で自民にも人脈 - 47NEWS 2015/07/03 10:28)

保革伯仲時代に党国対委員長を長く務め、当時の自民党国対委員長だった故金丸信氏とパイプを築いた。故飛鳥田一雄委員長の執行部で副委員長となり、1983年、石橋政嗣委員長時代に書記長に就任した

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会談を前に握手する(左から)金丸信自民党元副総理、金日成主席、田辺誠社会党副委員長(北朝鮮・妙香山の招待所)[同行記者団撮影]=1990年09月26日

1991年、土井たか子氏の後を受けて委員長に選出された。1992年には国連平和維持活動(PKO)協力法の成立を阻止するため国会で当時の宮沢内閣と対峙して牛歩戦術や党所属議員の総辞職作戦を取ったが、失敗した。さらに、党内から、金丸氏との親交について批判が高まり、1993年に辞任した。

1996年の衆院選に出馬せず、政界を引退。同年、勲一等旭日大綬章を受章した

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